P.013 継承と誓い(1)
あれから2年の月日が流れた。
初夏の晴天の空…昼下がりの心地良い風が島を吹き抜ける。そんな中、数人の小さな子供達が楽しそうな笑顔で走っていた。
「待ってよぉ~!」
「ほら、急げよ!」
「今日はどんなお話なんだろ?」
「早く行こうぜ!」
「あそこにいるぞ!おーい!!」
男の子が手を振る先には10代半ばの少女が1人。ひしゃくを持ち、家の庭の花に水を撒いているようだ。声に気づいた少女は子供達の方に向き、笑顔で手を振り返す。
「そんなに走ったら転びますよー」
するとその少女に近づく1人の男性。
「相変わらず大人気だな、エルセナは」
「あらシャクル。薪割りは?」
「全部終わったよ」
「はいご苦労様」
笑顔を交わす2人。少しばかり――…いや、だいぶエルセナは大人びた様子。シャクルも少し背が伸び、顔つきも精悍さを増している。
そうしている内に、子供達がエルセナの元にたどり着く。
「エルセナ、今日は何のお話するんだ?」
「聞きたい聞きたーい!」
「早くお話してー!」
「ちょっと待ってね?あと少してお水撒き終わるから」
袖を掴み急かす子供達に、困った表情のエルセナ。するとシャクルはエルセナの肩を叩き、手に持つひしゃくを取った。
「あとは俺がやっとくから行ってこいよ」
「え…いいの?」
「あぁ」
すると子供達が声をそろえて叫ぶ。
「ダメー!!シャクルも一緒に聞くのお話ぃー!」
「あ~ハイハイわかったわかった。じゃあ皆で水撒くか?早く終わして、それから皆でお話聞くぞ」
「はぁーい!」
元気よく手を上げて応える子供達は、全員で桶から水を手ですくい、バシャバシャと水を撒き――…っと言うよりも水のかけ合いで遊び出す。
「ふふっ、シャクルも大人気じゃないの?」
「はいはい。ほら、お前もサボらずにやれってぇーの」
「はぁ~い」
そう言って再び笑みを交わす2人。そうして子供達と皆で水撒きと言う名のかけ合いをした。
子供達の言う『お話』とは?それはエルセナが話す物語の事である。元々本が好きなエルセナ。シャクルから聞いた外の世界を元に、自らもいろいろな物語を書いていたのだ。それを子供達に読み聴かせをしている。子供達もエルセナの物語が大好きなのだ。
「皆ありがとう。お蔭で早く終わったわ」
「じゃあお話して!」
「早くーっ!」
「はいはい、じゃあ向こうの丘でお話しようね」
急かす子供達の頭を優しく撫でるエルセナ。
「わぁ~い!」
「ほらシャクルも行くの~!」
そう言ってシャクルの手を左右に振る女の子。シャクルも優しい笑顔で応え、その手を握る。
◆◆◆――…
数時間が経過し、辺りの日が暮れはじめていた。今日分のお話を聞き終えた子供達は、夕食の時間だと家路につき始める。
「じゃあね~エルセナ!シャクル!また明日ねぇ~!」
手を振り駆け出す子供達。
「あ、だからそんな走ると――…って行っちゃった…」
「ま、元気でいいじゃねぇか。俺らも帰るか」
「そうね」
そうして2人も家に向かい歩き始める。
◆◆◆――…
家に着き、木の玄関扉を開けるシャクルとエルセナ。部屋の奥にはシグがいる。そのシグは1年程前から体調を崩し、ほぼ寝たきりの状態となっていた。枕元にはアグナーが寄り添うように眠っている。
「祖母様、ただい――…あれ?」
「寝てるみたいだな」
シャクルの言葉通り、シグはスヤスヤと寝息を発てている。
「だね。じゃあ私は夕飯作るね」
「あぁ、頼む」
そうエルセナが台所に入ると、シグが目を覚ました。
「ん…おや、帰ってたのかい?」
「あぁ、今帰った。どうだ?体は」
「まぁそうそう悪くはない。じゃがわしもそろそろと言う訳じゃな…」
「そんな事言わずに長生きしてくれよ、バアさん」
軽い笑みでシグの布団を直す。
「シャクル」
「ん?何だ?」
「お前さんが島に残ってくれて本当によかった…ありがとう」
「何だよ、急に気持ち悪いなぁ~、バアさんがしおらしくお礼言うだなんてよ。明日はエルセナの15歳の誕生日なんだろ?一緒にお祝いしなきゃな」
「そうじゃ、明日でエルセナは本物の霊召士となる…"継承の儀式"を受け…」
そう呟きエルセナを見つめた。その視線は少し寂しくも、不安も混じる視線だった。
「エルセナだってもう子供じゃないんだ。心配いらないさ」
「そんな事で片付けばいいんじゃが…」
「え…?」
すると再び目を閉じるシグ。
「もう少し寝る…飯が出来たら起こしてくれ…」
「あ、あぁ…」
そんな事…?他に何かあるのか?っとも返したくなる言葉だ。ただ精霊の力が得て、以前聞いたパイプ役となるだけじゃないのか…?シャクルも静かにエルセナを見つめた。
◆◆◆――…
翌日となり、エルセナは15歳を迎えた。遂にエルセナも精霊を継承し、一人前の霊召士へとなる時が来たのだ。
継承の儀式は寺院で執り行われる。中では祭壇を前に膝を付き、祈りを捧げるエルセナとシグ。一応シャクルも、肩にアグナーを乗せて寺院の中にいた。足腰が弱くなったシグの支えをする為にだ。しかし「離れていろ」と言われたので、寺院の片隅で見守るシャクル。
昼下がりに始まった儀式だったが、既に数時間が経過していた。時折あくびをするシャクルはちょっと飽き気味。しばらく見ていると、辺りを囲む女神像が突然様々な色に光り出した。するとシグがエルセナの名を静かに呟く。小さく頷き立ち上がるエルセナ。
祭壇には5段の小さな階段があり、エルセナは1歩ずつゆっくりとその階段を上る。頂上に着いたエルセナは、祭壇の上にある手の平サイズで、心臓の鼓動のように青白い光りを放つ水晶玉に触れ、ゆっくりとまぶたを閉じた。
「我、ミリアードの血筋の者なり。名をエルセナ…今ここに新たな誓いをたてし者。応えよ…世界樹の主レリスよ」
その言葉に応えるように、水晶玉はよりいっそう強い光りを放つ。
あまりの強い光りに咄嗟に目を覆うシャクル。だがその光りはすぐに治まり、目もすぐに開く事が出来た。周囲を確認すると、エルセナの目の前には、大きさ30センチ程のユニコーンのような一角を持つ人間…いや妖精のように背中に小さな羽を持つ精霊…そう、あのナックがいたのだ。
「君が宿主なんだね?ボクはナック。…光の精霊だよ」
無事に済んだ儀式に安堵の表情を浮かべるシャクル。労いの言葉でも…っと祭壇へ歩み寄るが、突然シグが頭を抱えて蹲る。その姿に思わず足を止めた。
「どうしたバアさん!?」
慌てて駆け寄り覗き込むと、シグは小刻みに震えているではないか。すぐさまアグナーがシグへと飛び移る。
「嘘じゃろ…嘘じゃ…嘘じゃ…」
シグの呟く言葉…それは何度も何度も繰り返された。
「おいバアさん?どうしたんだよ…」
しかし蹲るだけのシグ。シャクルはエルセナとナックの方を見ると、2人は黙ったまま向き合っている。
…空気が若干冷たい。
「ボクが継承された意味…わかるかい?」
そう小さく言うナック。エルセナは1度頷き、そっと手を伸ばす。
「おいで…ナック…」
そう言って笑顔を見せると、ナックの表情も徐々に笑顔に変わる。
「強いね…君は…」
差し出された手の平に乗り、笑顔を見せるナック。するとゆっくりと振り返るエルセナ。
「祖母様…」
「エルセナ…お前…」
「大丈夫。覚悟はもう決まってるから…」
そう言って笑顔を見せる。しかしその笑顔には少しの曇りが見えた……




