P.115 ドッペルアビリティ(1)
ゴングの鳴り響くリング上。鼻血で宙を舞うカヌイめがけ、リーシェが地を蹴り飛び上がる。
ゴングと共に両者を包むマザー保護と、ポイントマザーボール。保護があるとはいえ、無防備なカヌイに容赦なし。リーシェの槍先がカヌイをロックオン。口元に笑みを浮かべ、捻りを加えた突きを撃ち放つ――…瞬間、空中のカヌイの目がハっとしたように見開いた。
「…――ん?マザー保護…始まったんか、試合が…」
っと呟き、瞬間的に空中でその身をクルりと回転させる。
ガギィィィンッ!!
空中で激突する両者と響く金属音。この金属音と共に手元にかかる衝撃。開戦の手応えをその身に受け、狂気の笑みを浮かべるリーシェ。
しかしその顔は一瞬にして驚きの表情へと変わる。視界に映るのは、自分の槍と競り合う…自分と同じ槍。開戦の瞬間カヌイは丸腰。ブレイバー型として作り出したにしても……いや、マザーを見透かすカナフィーリンの目から見ても、カヌイの持つ槍はマザーで作られたものではない…実在している、自分と同じ素材を使った黒槍。
「ワタシの…槍…!?」
突然の事に動揺するリーシェ。瞬間、カヌイがリーシェの槍を弾き上げ、胸のマザーボールごとリーシェを蹴り飛ばす。
カヌイの蹴りをまともに受け、リングに転がり落ちるリーシェと共に、空中の炎のカウンターがカヌイの3ポイントを表記する。
「決まったァァ!!カヌイ選手!先手でいきなりの3ポイント!!しかしこれはどういう事だ!?カヌイ選手がその手に作り上げたのは、リシェリーア選手と同じ槍!なぜ!?しかもどこから出したんだぁ!?」
レフェリーの言葉通りの疑問。アヤメはユーネに視線を向けた。
「ユーネさん、あれって…?」
「あれが莢木カヌイの特殊能力、『ドッペルアビリティ』」
「どっ…ぺる?」
「相手の体液や血液などに触れるか、相手の攻撃を受ける事で、マザー属性に能力。装備した武具。腕力に脚力、その戦闘能力を読み取ります。そしてその全てをコピーする」
「ぜ、全部…ですか?」
「相手がどの種族で、どの属性。ファイター型だろうがブレイバー型だろうが、もちろんウィザード型だろうが関係はありません。それが『擬態泥棒』とも呼ばれる莢木カヌイの能力…あの女にコピー出来ない能力は無い、っとも言われています」
小さく舌を打ち、リング上のカヌイを見据えるユーネ。
「キスによる体液。そしてそのキスの挑発で、マザー保護を受ける前にリーシェさんの打撃まで受けています…既にリーシェさんの戦闘能力は、100%相手にバレていますね…」
「…でも、それってモノマネって事ですよね?モノマネだけなら、本物の方が強いに決まってるんじゃ…?」
「その"本物"になるのが莢木カヌイの能力なんですよ」
「え…?まるっきり本物に、って事ですか?」
「そうです。意識以外は完全なる本人になる、それがコピー…しかも本人すら気づいていない潜在能力すら、カヌイが引き出してしまう場合もあります」
「そんな…無茶苦茶な能力ですね、それって…」
「はい…そして真似られた相手は動揺し、対処が遅れる…厄介な能力ですよ。私自身、見事にドツボにはめられましたがね…」
表情を引きつらせ、リングに視線を戻すアヤメとユーネ。
そのリング上では、倒れたリーシェがゆっくりと立ち上がっていた。
「…どういう事かしら?これは…」
カヌイの持つ自分と同じ槍を見つめるリーシェ。するとカヌイは鼻でクスっと笑い、その槍を肩に担ぐ。
「そない難しい事やありまへん。ただあんたの全部、うちに写させてもろただけや」
「…?」
「つ・ま・り・や。今うちは、あんたと同じになったんや」
「あなたとワタシが…同じ?」
「そぉーや。うちはあんたの鏡写しの存在や…あんたの能力全て、うちの能力に写し取ったんや」
「…要は、今ワタシが戦ってるあなたは…ワタシ、って事?」
「よぉやっと理解したようやな…どや?自分と戦えるなんて、おもろいやろ?」
そう言って「アハハハ」と笑い声を上げるカヌイ。その姿を見つめるリーシェもクスっと笑い、手にした槍を構えた。
「それがホントなら…最高ね」
そう言って口元に笑みを浮かべ、地を蹴り一気にカヌイに突っ込んでいく。
「何や折れてへんなぁ?逆にやる気満々や…ま、その方うちは好きやけどっ――…なっ!」
突進から突き出されるリーシェの槍を、身を横に反転させて躱すカヌイ。その反転の勢いそのままに、横殴りに振り抜くカヌイの槍。その槍を、瞬時にリーシェはボールの無い片腕でガードする。
「ええ反応やなぁ…っ!!」
突如カヌイが飛び上がり、リーシェがガードで止めた槍に両足をかけ、ドロップキックのように撃ち出してリーシェを弾き飛ばす。そしてカヌイはすぐさま滞空のまま己の槍を地面に刺し、その槍を軸に回転し、体勢の崩れたリーシェの顔面を蹴り飛ばした。
まるで蹴られたサッカーボールのよう、リーシェの体はリングの隅まで数メートル、勢いよく地面を転がっていく。
「おやおや…何や、頭のマザーボール狙ろうたんやけど…あんたの感覚に任せたら、外してしもたわ」
そう言うカヌイはリングに刺した槍の柄の先に立ち、クスクスと笑いながら倒れたリーシェを見下ろしていた。
「あんた、見た目に反してけったいな娘やなぁ?うちの身体、あんたの血を浴びたくて疼いてきとるわ…とんだ戦闘狂やな?お嬢ちゃん…」
するとカヌイは槍の柄の上で、犬の『おすわり』のように身を屈め、グレーに染まるオーラをまとい始めた。
それに反応するように、倒れたリーシェの体がピクっと波打ち、ゆっくりと起き上がる。
「わかっとるよぉ…リシェリーア=オルセイユ…」
「………」
無言のまま起き上がるリーシェは、脱力したようにだらりと頭と両腕を下げ、ゆらゆらと体を左右に揺らしている。
「今、あんたはうちや…あんたと、あんたの戦いなんや…」
「………」
「この疼く身体…欲望に遠慮は要らへん…お互い、血に濡れ合おうやないか…なぁ?」
カヌイがそう呟き、口元に笑みを浮かべた瞬間…パンッ!っと乾いた音が響き、両者をまとうマザーボールとマザー保護が消えた。加え、空中に浮かんだタイムとポイント表記も消えていた。
「さぁ始めよか?…今から、あんたとあんたで全力の……殺し合いやァァッ!!」
『おすわり』の体勢から、宙返りをするように槍を引き抜き、リーシェに向かい飛びかかるカヌイ。
応えるように頭を上げたリーシェ。その眼光は鋭く、赤い瞳が炎のように光りを帯びていた。
「殺して上げるわ…バラバラにしてねぇッ!!」
瞳に光る赤と同じ、殺気ともとれるオーラ体にまとわせ、リーシェは飛びかかるカヌイに向かい、獣の如く突進していく。




