P.108 闘技祭開幕(2)
宿屋花の風車の前。シャクルが立ち、空を見上げると、東の空にはボヤっとした光りが見える。おそらくは朝日が顔を出し始めたのだろう。シャクルは夜を通しお祭り騒ぎの続く、宿屋前の通りを見渡す。
「よくもまぁやるわな…ま、平和って感じで悪かねぇけどさ…」
そう呟き宿の中へと入っていくシャクル。するとフロントカウンター前のロビーで、なぜか屈伸運動をしているロンがいた。
「ん?何してんだじいさん」
「お~シャクルか。お主も早いのぉ~。おっはよ~さぁ~ん♪」
「お、おう…朝からテンション高いな…」
「年寄りは朝が強いんじゃ。それに昨日は大当りじゃったから気分がいいんじゃ!」
昨日アラーケとロンを迎えに行くと、どうやらルーレットで2人共大当りをしたようで、合わせて数千万という既に賞金に等しい額を手にしていたのだ。
「ハハ…あんだけ当てりゃ気分はいいだろうよ…」
「お主も朝の散歩に行くか?」
「いやいいよ。つーか迷子なんなよ、じいさん」
「大丈夫じゃよ。宿屋の周り1周してくるだけじゃから」
「そ…それは散歩って言えんのか…」
「ほいじゃいってくるでの~」
そう言って軽いジョギングのように走り出すロン。
「いや、散歩って言うか走ってっし…」
朝食を終え、アヤメ達はまっすぐに闘技場へと向かった。昨日よりも飾りつけが進んだ町並みは、綺麗と言うより、もはやぐちゃぐちゃで何を主張したいかわからない派手さになっていた。…っとは言え、シュバーラッツのお祭りモードはより一層強まっている感じは伝わってくる。さすがは闘技祭当日、っと言った所だろう。
闘技場周辺まで来たアヤメ達だったが、見渡す限り人、ひと、ヒトの波。闘技場を囲むように露店がずらりと並び、大道芸人や本戦の予想屋。出場者のような戦士や一般の人々に溢れていた。
「うわぁ~…すっごい人だねぇ~」
あまりの多さにアヤメはポカーンっと口を開き周囲を見渡す。
「本当にすげぇな…この様子じゃあ観客席ももう埋まってんじゃないか?」
「大丈夫よ。帝国名義でアルシェン姫達の席は取ってあるから。もちろんVIP席よ」
「VIP席?うわぁ~い、やったぁ~!」
「それはつまりバニーガールの膝の上と言う事なのじゃな!?」
「マジか!?じいさんそれはマジなのか!?」
「えぇ!?それって私も!?」
っと騒ぐアヤメとアラーケとロンを冷たい視線で見つめるシャクル。
「…ユーネ」
「へ?」
「あの3バカの面倒頼む。必要とあらば鉄拳制裁有りの方向で」
「…ラジャー…」
すると突然シャクルの袖をリーシェが引く。
「ん?どうした?」
「ほらあそこ。『出場者は急いで集まれ』ですって」
そう言ってリーシェが指差す先に、出場者案内の立て札を掲げたヒューマ族の男が立っていた。
「出場者はあっちか…んじゃ、ちょっと行ってくるわ。ユーネ、3人の事頼んだぜ」
「了解。ま、頑張んなさいよ」
「そうだぞ~!イケメンなおれが応援してんだ、4人でサクっと優勝してきなよ」
「4人で優勝って…どうやってすんだよイケメンさんよぉ」
苦笑い気味にキリが指2本の鼻フックでアラーケの鼻を吊り上げる。そんなアラーケの横で浮かない顔のミネアは深いため息を1つ。
「やっぱり気が進みませんね…使用人風情のわたしが闘技祭出場なんて…」
「大丈夫だってミネア。ミネアは十分怪物級だから」
「アヤメ…それって褒めてないですよね…」
「ミネアちゃんや、リーシェちゃんもポロリ期待しておるぞい」
「しませんから…」
「ワタシの場合は『ゴロリ』があるわ」
「それって首が落ちた音やんっ!」
……っとまぁそんなこんなでシャクル達と別れたアヤメ達は、ユーネの案内で闘技場内へと入っていった。
人波を掻き分け進み、辿り着いた観客席。背もたれの無い繋がったベンチが階段状にあり、巨大な円を描いて1階席、2階席と造っている。その観客席の中心には、綺麗に整えられた正方形の石が敷き詰められたリングが設置されていた。
既に超満員の観客席の一角。20人程は入れるテーブル付きで座席に布が敷かれた席。そのVIP席の最前列にアヤメ達の姿はあった。
「ほへ~…中も中ですごい人…」
再びポカーンっと口を開き周囲を見渡すアヤメ。アラーケとロンは、そのVIP席内にドリンクを運んでいるバニーガールに夢中。
「お待たせしました、周囲に異常はありませんでした」
一応周囲の警戒を終えたユーネが戻り、アヤメの隣に座る。
「あ、おかえりなさい。ところでユーネさんは時間大丈夫なんですか?」
「一応夕方の便で発つので、それまでは大丈夫です。まぁ夕方には決勝戦までいってるでしょうから、この闘技祭の間はご一緒出来るはずです」
「夕方には終わるんですか?あんなにいっぱい人がいたのに」
「いろいろルールがあるので、今まで決勝が夜になった事はありません。…あ、今からそのルール説明があると思いますよ」
そう言ってリングを指差すユーネ。アヤメ達も追ってリングを見ると、カジノのディーラーのような服装にド派手な蝶ネクタイ姿。グリーンの髪をビシっとオールバックに決めたカナフィーリン族の男が1人、リング中央に立っている。
すると観客席から上がる歓声の中、男は手にしている野球ボールサイズの黄緑色の水晶玉を口元に運ぶ。
「さぁ始まるぞぉ!5年に1度の闘技祭が!!」
「オオォォォォォッ!!!!」
男の声はまるでマイクを通したかのように会場に響き渡る。そして応える周囲の歓声はまるで雄叫びのよう。
「な、何で声が…!?」
「姫は知らないんですか?これはシュバーラッツが独自で開発した風のマザーを使った技術なんですよ。風に乗せて声を運んでいるんです」
「ほへぇ~、すご~い」
感心するアヤメを他所に、男…おそらく彼がレフェリー的な進行役なのだろう。その彼のアナウンスは続く。
「そして本日、この闘技祭を見守る我らが皇帝陛下!ザウラン様だぁぁ!!」
男の手が観覧席の一部、ちょうどアヤメ達の対面に位置する席を差す。するともう1つのVIP席のように一角だけ隔離された空間に、豪華な椅子が3つ。その中心の椅子から立ち上がり、周囲に手を振る小柄な老人が1人。金の装飾がついた赤く長い帽子を被り、同じようなマントに身を包む白い髭を生やした老人。
「あれが皇帝か…おれ初めて見た」
「でしょうね。私達帝国部隊でも滅多に御目にかかれないからね」
「へぇ~…ってうげぇ!」
皇帝ザウランの横を何気に見たアヤメの表情が突如引きつった。ザウランの隣に座っていたのは、旅立つ前のランティ城の舞踏会で会った、元婚約者のファランが座っていた。
「ん?どったのアヤメちゃん」
「…な、何でもない…」
「あ、ファラン様との婚や――…」
っとユーネが言いかけた所、アヤメがキっとユーネを睨む。
「あ…いえ…ごめんなさい…」
黙り込むユーネから険しい表情のままファランを一度睨み、視線をザウラン、そしてそのまた隣の人物に視線を向けた。
そこにいたのは肩までの金の髪に、顔を覆うような白銀の仮面をした人物がいた。
「ユーネさん…皇帝の左隣のあの人は…?」
「あの御方は皇帝の第一の御子息の【カウラン】様です…って、アルシェン姫はお会いした事あるはずですけど?ファラン様との婚や――…」
「ッ!!」
っと再びユーネを睨むアヤメ。そして再び黙り込むユーネ……アヤメは再度【カウラン】と称された人物を見ると、彼はどこか不機嫌そうな様子で足を組み、リングではなく足元に視線を向けている。
「数年前に顔に火傷をおってしまって…それからずっと仮面をつけていらっしゃるんです」
「何か…怖い…」
「確かにあの仮面は怖いですが、カウラン様は優しくていい方ですよ」
「………」
しばらく無言でカウランを見つめるアヤメ。なぜだろうか…彼からは不思議な違和感を感じる。それが何かはわからない。モヤモヤしたものが胸に感じられたのだ。
しかしそんなアヤメのとは裏腹に闘技場内の歓声はより強まっていく。その中心ではレフェリーの説明が続いていた。
「それでは今から今大会のルール説明をさせて頂きます!」




