P.100 2つの誤解(3)
外はもう夜だろう。だが洞窟内の町の景色は変わらない。街灯の役目のマザー結晶が照らす広場には、外れにある灯りの届いていない、石のベンチに座るキリの姿があった。
周囲には人影は無い。静かな空気だ。眠気からくる大きなあくびを1つし、10メートル以上先、微かに見える岩肌の天井を見つめた。
「…ったく、良い子は寝る時間だっつうの…」
そう呟くと共に聞こえてくる足音。近づいてくる足音に向くキリの視線…その先にいたのはカムラ。
「育ちが悪いくせに、良い子気取りか?キリ」
「こんな時間に呼び出す兄貴も、やっぱ育ちが悪いじゃねぇのかよ」
「それもそうだな」
そう答えて笑うと、カムラはキリの隣に腰かけた。
「んで、お姫さんの検査はどうなんだ?」
「もう少しで終わるよ。あとは結果を待つだけだ。彼女達はもう隊の支部で休んでもらっている」
「そっか」
「まぁアヤメさんのロスブリア上陸は大丈夫そうだ」
「なら次はロスブリアか…兄貴は来るのか?オレらと一緒に」
「いや、やめておくよ。霊召士に精霊…マザー根源の地ロスブリア…興味のそそられる事ばかりだが、興味本意で関わっていいようなものじゃない。戦う力も無いなら尚更だ」
するとカムラは、懐から黒い鉄製の鍵を2つ取り出し、キリに差し出した。
「…これ…双塔ゴルブルの鍵…」
「サカンドラでは『貸してくれ』と言ったが、お前に預けるよ、キリ」
「ハハ、なら天空都市の土産物でも考えとくとするか」
座る姿勢のまま、グっと背伸びをするキリ。それから大きく息を吐き、誰もいない広場の中央を見つめる。
「…オレを呼び出したのは、鍵を渡すのが目的じゃねぇんだろ…?」
「…あぁ」
「ハマナの事だろ?」
「あぁ」
「それならもういいだろ…だからといって別に兄貴をどうこう思ってるとかねぇから、弁解しなくても――…」
「誰もわた――…オレ自身の弁解じゃない。お前のハマナに対する誤解を解こうと思ってな」
「はぁ?オレが…ハマナに対する誤解?」
するとカムラは再び懐に手を入れ、1枚の封筒をキリに渡す。キリは「何だ?」っと言う表情で封筒を受け取った。
手にした封筒は少しの厚みがあり、中には便箋が何枚かあるように思えた。
「手紙か?これ」
「そうだ。ハマナからの手紙だ」
「っ!?」
「5~6年前に来た、最初で最後の手紙さ…オレの言葉だけじゃ、絶対にお前は信用してくれないだろうからな」
「…読んでもいいのか?」
カムラは無言で頷いた。キリはしばらく封筒を見つめ、ゆっくりと中から便箋を取り出した。便箋は長い1枚の紙がつづら折りになったものだった。
『~ カムラ へ ~
久しぶりだね、元気してる?
ワタシはあいかわらず元気過ぎるくらいだよ。キリもあいかわらず、イカつい顔して元気してるよー。』
「イカついって…あの女ぁ~…」
ちょっとイラっとした様子で手紙を読み進めていくキリ。
『いろいろ話したい事はあるけど、手紙じゃあね…今度絶対帰って来なさいよ~!そしたら飲みよ飲み!飲めないとは言わせないんだからね、そん時は。
でも、カムラがサカンドラを出ていってからもう10年か…長いようだけど、あっという間だったかも。
ねぇキリ?あの日の事…覚えてる?ワタシの19歳の誕生日。婚約の織物、キリに渡しに行った日の事』
「オレに…!?兄貴にじゃ…」
「いいから読んでやれ。最後まで…」
『カムラが戻って来ないのは…やっぱりワタシのせいなのかな?ワタシが…「キリに織物渡す」って言ったからかな?
ごめんね。ワタシがそう言った日、カムラがワタシに言おうとしてた事…知らなかった。後からキリに聞いたんだ…ごめんね。
キリから聞いた事だけど、カムラの気持ちは嬉しかった。小さい頃からずっと一緒だったし、カムラの事は本当に大好き。
でもね、やっぱりワタシはキリの事が1番好きなんだ。今も昔も…』
手紙はまだ続いていたがキリは読むのをやめ、大きく息を吐き、天井を見上げた。
「本当に…ハマナの字だなこれは…」
「おいおい、オレが書いたとでも思ったのか?」
「最初はな……けど…本物だ…」
「キリ、お前の言う通りだったな」
「何がだよ?」
「オレは逃げたんだ…ハマナと…お前から」
そう言うとカムラは立ち上がり、グっと背伸びをする。
「ハマナの誕生日の数日前、想いを伝えに行ったが…先に言われてしまった…『キリに織物を渡したい』ってな」
「………」
「『顔会わせればケンカばかりしてたけど、自分の為じゃなく、誰かの為に在ろうとするキリが好きだ。王としての器だけじゃない、何より自分の気持ちがキリを選んだ』ってな…」
「嘘だろ…」
「嘘ではない。ハマナの本当の気持ち…本当は知っていたからこそ、余計に辛かった…だからオレは逃げた。お前が織物をもらうのを見れず…逃げたんだ。ハマナから『1番最初に祝ってほしい』っと言われ、了承したくせにな」
カムラは見上げた視線を地面に落とし、深いため息を1つ。
「小さい頃から…結婚してからもアイツ、『アンタなんか大っ嫌い』とか『カムラみたいに……カムラみたいに…』ってばっか言ってたじゃねぇか…」
「よく言うだろ?ケンカするほど仲がいいって…あれは本当だな」
「…にしちゃあ言い過ぎなんだよ、アイツ…」
「手紙の最後の1文、読んでやってくれ…」
キリは再び手紙を手にし、最後の1文に視線を向けた。
『もしワタシがカムラより先に天国に旅立っちゃったらさ、キリに伝えてほしいんだ。「ありがとう、幸せだったよ。素直になれなくてごめんね」って』
「…あのバカ……オレが先に逝っちまうかもしれなかったろうが…」
「キリ…オレからも『ありがとう』と『すまなかった』と言わせてくれ」
「いいって…兄貴もハマナも、オレの大事な家族だ。今も昔も、気持ちは変わらねぇ」
キリはゆっくりと立ち上がり、カムラの背中を軽く叩く。
「兄貴…ハマナのブロ――…」
言葉を切るようにキリの目の前に差し出された1つのブローチ。これにはお互いに少し驚いたような表情になり、一拍おいて互いに笑い出す。
「ハっ、さすが兄弟だな?兄貴」
「そうだな。こういう時だけは、考えは同じなんだな」
笑い合う中、カムラの手からブローチを受け取るキリ。
「やっぱりコレはオレが持つ。ハマナの為に」
「あぁ…手紙も――…」
「いや、手紙は兄貴に送られたもんだ。持ってろよ」
「そうか…」
「これなら3人…いつも一緒って事だからよ…」
「あぁ、一緒だ…」
カムラが頷くと、2人は無言のまま互いに拳を合わせ、すれ違うように別方向へと歩いていった。




