P.010 出会い(1)
時を遡る事1000年――…
外界の大地アースランド、英国領内海域のとある島。その砂浜には、赤い軍服を着た銀髪の少年…当時17歳のシャクルが倒れていた。
シャクルはゆっくりと目を覚ますも、日差しが眩しくその目をはっきりと開けられない。体には全く力が入らず、起き上がる事も出来ない。目視出来ぬが、体中酷い傷を負っているようだ……その事だけは感覚ではっきりとわかった。
当時のシャクルは英国海軍の戦闘部隊に所属していた。当時の海は『海賊』と呼ばれるならず者達にあふれていた。海上の平和を守るのが海兵部隊。軍隊には13歳になれば入隊出来るもので、シャクルもその歳から海兵として働いている。しかしシャクルには海兵としての誇りなどは持ち合わせていなかった。ただ父親が海軍幹部であったが為に、海兵の道を行かざるを得ないだけだった。
仕方なくの日々を送る中…ある日任務に出撃したのだが、戦闘中に敵船の砲撃がシャクルの乗る船を直撃。船は大破し海に投げ出されたのだ。
いったいどれだけの時間海を漂っていただろう…気がつけば、この砂浜に……
寝そべる砂浜の上、目覚めてから徐々に体の感覚が無くなっていく。やはりこのまま死ぬのか――…っと覚悟を決め、眠りに入るように心を落ち着かせていった。
すると頭の上の方に何やら気配が……辛うじて動かせた首を回し、その気配に視線を向けると、ぼんやりとだが人影が確認出来た。目を凝らすも視界がかすれ、はっきりとは確認が出来ない。
「あ、あの~…大丈夫ですか?」
若さを感じる女の声がする。答えようにも声が出せず、目を開けている事すら辛く体力的にも限界だった。重くまぶたがゆっくりと閉じられ、シャクルの頭がガクっと落ちた。
「たっ、大変!!早く手当てしないと!」
急いで駆け寄る声の主。
◆◆◆――…
シャクルは再び目を覚ます。今度はベットの上。一瞬生きているのかどうかもわからない状態だったが、額に当たる冷たい感覚。この感覚からか、生きている事は辛うじて理解出来た。
その正体は冷く濡れたタオル。視線を辺りに向けると、歪な長方形に削られた石を積み造られた小さな一室。そして誰かが治療をしてくれたようで、体の至る所に包帯が巻かれている。その体を起こそうとするが、痛みと残る脱力感で起きる事が出来ない。
するとシャクルの耳に、コツコツっと歩いてくる足音が……こちらに向かってきているようだ。部屋に1つある扉の無い出入口に視線を向けていると、桶を持った1人の少女が姿を見せた。その少女はシャクルと目が合うと、笑顔で駆け寄ってくる。
「あ!目が覚めたんですね?」
見上げた顔。長い黒髪のポニーテールを揺らす、10代前半を思わせる幼い顔立ちに、丸くクリっとした目が印象的なアヤメと瓜二つの顔を持つ少女。服装は今でいう巫女のような白い着物に橙色の袴。当時の世界――…っと言うよりむしろ、英国では見ない服装だ。
シャクルは絞り出した声で「君は?」と尋ねると、少女は笑顔で答える。
「私ですか?私は【エルセナ=ミリアード】です」
【エルセナ】と名乗る少女はベッド脇の台に桶を置き、シャクルの額からタオルを取り桶に入れる。するとチャポンっと音がし、中には水が入っていた事がわかった。
「海岸で倒れていたんですよ、貴方。もう本当に驚きました…でも無事なようでよかったです」
「ありがとう…助けてくれて」
「いえ、当然の事ですよ。でも貴方をここまで運ぶの大変だったんですよ」
冷たく絞られたタオルが再び額に乗せられた。
「君が1人で運んだのか?」
「えぇ。頑張りましたよ」
「すまない…重かったろ?」
「すっごく重かったですよ~」
っと笑顔を見せるエルセナ。
「ハハ…でも助かったよ…本当にありがとう…」
表情を緩ませ答えるシャクル。するとエルセナはベッドの横に置かれていた背もたれの無い丸太の椅子に座り、シャクルの顔をまじまじと見つめる。
「いったい何があったんですか?あんな所で倒れてて。こんなに怪我までして」
「ちょっと海で事件に遭ってね。船が壊れたのさ…海兵部隊の人間なんだ、俺は」
「かいへい?ぶたい?」
「海兵を知らないのか?」
「…兵と言う事は、兵隊さんなんですね?」
「まぁ…そんなとこかな」
するとエルセナはシャクルに勢いよく顔を近づけてくる。
「兵隊さんと言う事はお城から来たんですか?」
「お…お城?」
「はいお城です!どんなお城なんですか?やっぱり大きいんですよね?」
ひと言ひと言顔を近づけてくるエルセナに、シャクルは動かせる首を若干引かせる。
「い、いや、俺は海兵であって、お城の兵隊ではないんだが…」
「え?違うんですか?」
「あ、あぁ…」
するとエルセナは目をぱちくりさせ、ゆっくりと椅子に戻る。
「でもその海兵って、海の兵隊って事ですよね?海にお城がある訳ではないんですか?」
「まぁそういう事かな……君は外の世界を知らないのかい?」
「はい、あまり。島から出た事もないので、本とかでしか外の世界は知らないんです」
「外から人が来る事は?」
その問いにエルセナは首を横に振る。
「だから貴方は、私が初めて会った外国の方です」
「外国って…言葉が通じるんだ、同じ英国国民とかじゃないのか?俺達は」
このシャクルの言葉に、いまいちピンときていない表情のエルセナ。しばらく首を傾げていたが、ハっとしたように立ち上がる。
「あっ、すみません。つい話し込んでしまって…体、辛くないですか?」
「いや、大丈夫。辛くはないよ…さっきよりもずいぶんと楽かな」
その言葉にホっとした表情のエルセナ。
「ならよかったです。…あ、そうだ。貴方のお名前まだ聞いてませんでした。教えてくれますか?」
「シャクルだ。シャクル=ファイント」
「シャクル…さん、ですか。いい名前ですね」
そう言って笑顔で椅子に戻るエルセナ。
「あの、もしよろしければですけど…もっとお話ししませんか?」
「え…」
「迷惑ですか?」
「いや…大丈夫だよ。じゃあもっと話そうか」
「はい、是非!あの私、外の世界の話しが聞きたいです!」
◆◆◆――…
それから2時間くらいはエルセナと話しをしただろう。まぁ話したと言うより、ほとんどがエルセナからの質問攻め。どんな建造物があり、どんな乗り物があり、どんな人々がどんな生活をしているか……幾つか事実と合ってるものもあったが、本のお話などの空想が混ざる所も多少あった。
「あら?もう日が…」
窓から覗く日の光りが暮れ始め、辺りは夕焼け空に変わっていた。
すると――…
「エルセナ!!どこにおるんじゃ!?」
突然部屋の外から老婆の声が。瞬間、エルセナが体をビクッとさせ立ち上がる。そして出入口に振り返り、
「はい!!ここです祖母様!」
そう叫ぶ。
「ば、祖母様?」
「はい。私の祖母です」
振り向くエルセナの顔が強張っていく。すると再び褐のある声が室内に響いた。
「ここにおったのか!」
再びビクつくエルセナの体。
「ごっ、ごめんなさぁ~い!!」
「全く!祈りの時か――…おや?目が覚めたのかい?小僧」
部屋に入って来たのは、1人の腰の曲がった白髪の老婆。気の強そうなオーラが滲み出ている顔つきで、格好もエルセナとよく似た巫女の服装である。
「…は、はい。お蔭で助かりました。ありがとうござ――…い?」
エルセナの家族であろう為、とりあえずお礼を…っと言いかけた所。老婆に見られる異変に気づくシャクルの表情は、驚きで一瞬にして強張った。
視線の向く先…老婆の肩には不思議な生き物が乗っていた。体調は20cm程のカバのような容姿の生き物で、体は茶色。頭から尻尾までは、指先分くらいの小石が馬のたてがみのように連なっており、尻尾は木の枝になっている。
「何じゃ小僧。精霊を見たのは初めてか?」
「せ…せいれい…?」
「知らんようじゃな。まぁ今はそれよりも…エルセナ」
「は、はい?」
「『はい?』じゃないわい!何をしておる!今すぐ寺院に行って参れぇ!!」
「はぁい!!」
背筋をピンっと伸ばし返事をするエルセナは、急いで駆け出し部屋を飛び出していく。…だが、出入口からエルセナはひょこっと顔だけを覗かせ、
「じゃあ、また後で…」
っとシャクルに笑いかける。すると再び老婆の声が響く。
「早く行かんか!!」
「はぁい!!ごめんなさぁ~い!!」
慌てたように再び駆け出していったエルセナの後を、ポカーンっと見送ったシャクル。その視界に残る老婆は深いため息を1つ。
「全く…これでは先が思いやられるわい」
「あ、あの…」
「何じゃ?」
「その…"精霊"とはいったい何の事ですか?それに寺院、お祈りとは…?」
「今はまだ知らずともよい。お主は傷を癒す事だけ考えよ」
そう言って老婆も部屋を出ようとシャクルに背を向けるも、すぐさま振り返る。
「おっと、せめて名前だけでも聞いておこう。わしの名は【シグ】じゃ。そしてこの肩の奴が【アグナー】という」
「俺はシャクル=ファイントです」
「シャクル=ファイントか…まぁゆっくりしていけ」
「あ、はい…ありがとうございます…」
【シグ】と名乗った老婆はそのまま部屋を出た。シャクルはしばらく呆然と静まる部屋の天井を見つめていた。
◆◆◆――…
数時間が経ち、辺りの日が落ちて夜になった頃……
「――…クルさん…シャクルさん…」
いつの間にか寝ていたシャクルは、己を呼ぶ声に目を覚ます。すると目の前にはエルセナがいた。
「ご飯持ってきました。食べられますか?」
「あ…すまない……うっ!」
体を起こそうとするが、やはり力が入らずに痛むだけ。
「あ、どうぞそのままで。私が食べさせて上げますから」
そう言ってお椀に入ったお粥をすくう。息を「フーフー」っと吹きかけ、お粥を冷ます。そして「はいどうぞ」っとスプーンをシャクルの口元へ運んでくれた。少々照れもあったが、ゆっくり口を開くと、エルセナは優しく口内にお粥を流してくれた。
「どう…ですか?」
「あぁ、とっても美味しいよ」
「本当ですか?よかったぁ~」
「君が作ったのか?」
「はい。こう見えて料理は大得意なんですよ、私」
「確かに得意だろうね。こんな美味しいお粥を作れるんだから」
「も~シャクルさんお上手なんだから~!も~!いっぱいありますからドンドン食べて下さいね♪」
照れすぎだろ、っと言いたくなるくらい真っ赤な顔で照れまくるエルセナ。嬉しそうな笑顔で湯気のたちのぼるスプーンをシャクルの口元へ……
「あ、ちょっ――…」
「待って」の為に開いた口へ、容赦なく熱々のお粥が流し込まれた。
「あっ、熱ッ!!ッ…うぐっ!」
思わず叫び、波打つ体にはしる激痛。
「いやーっ!大丈夫ですか!?ごめんなさぁ~い!!」
慌てるエルセナは咄嗟に傷ついた腕を掴む。
「ぐっ…!!」
「ふわぁ~っ!ごめんなさい!!」
当時13歳だったエルセナ。歳の割にはしっかり者にも見えるが、時折見せる無邪気な笑顔と、少しばかりおっちょこちょいな所は心の癒しともなった。
このエルセナとの時間が、シャクルにとっては楽しくも、輝いてみえた…本当に救われたのだ。身も心も、その笑顔に。
シャクル17歳。エルセナ13歳。
これが"もう1つのきっかけ"…そして"現世に繋がる"運命の出会いであったのだ。




