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告白

鮎川が風呂から出てくる。今日はちゃんと部屋着に着替えているようだ。

「先生、お風呂空いたよ」

「ああ」

照れくさくて背中を向けて座っていると、その背中に温もりを感じた。

鮎川の背中の感触とともに、ふわりと石鹸の香りが広がる。

「気にしないでって言うのも無理だと思うけど、あんな奴らのことで悩まないで。先生が助けてなかったら、あの子は死んでたかもしれない。最後までいたぶられて殺されるか、自殺するか。そんな子を助けたんだよ。もっと胸を張っていいと思う」

俺が落ち込んでると思って励ましてくれているようだ。

その真剣な気持ちが嬉しい。

「ありがとう。俺は鮎川に何度も救われてるよ。今も、昔もね」

「昔って、私そんな大したことをした覚えは無いけどな」

俺は鮎川の正面に移動し、話を続ける。

昔話だ。

「鮎川が3年生の春、俺はあの学校で先生としてスタートしたんだけど、実はあんまり休みも取れずに働いてたんだ。毎日の授業の準備はもちろんだけど、授業以外にも仕事は山ほどあったからね。小さな学校だったし、体育主任だと地域の運動会やスポーツ大会なんかで準備や片付けにてんてこ舞いだったな。そんなある日、大きな失敗をしちゃってね。他の先生たちに助けてもらって何とかその場は乗り越えたけど、自信を無くして先生を辞めようかと考えていたんだ」

「そこまで悩んでたんだ…知らなかった」

「そりゃ、子どもの前では元気にしなきゃと思って隠していたからね。でも、ある日の放課後に、教室で一人で仕事をしてたら鮎川が来て、微笑みながら頭をなでてくれたんだ。いいこ、いいこってな」

「えーっ、覚えてないよー」

「小さい子をあやすみたいな雰囲気だったけど、その優しさに励まされて教師を続けようって決めたんだ。もしかしたら無意識に俺の心が弱ってるのを感じて励ましてくれたのかもな」

「先生の手助けができたならとっても嬉しいけど…何だか照れちゃうね」

そのときの鮎川のように頭をなでてやると、えへへとうれしそうに微笑んでいた。

「もっとなでて」

何だかいいムードだ。

そんな鮎川を素直にかわいいと思う。

年の差?

元教え子?

それがどうした。

この気持ちは、もう隠しきれない。

「鮎川、大事な話がある」

「えっ、何?」

自分とは一回り以上離れた女の子。

自分が教えていた女の子。

緊張しながら自分の想いを伝えようとして口を開く。

鮎川の両肩に手を置き、じっと目を見つめる。

「俺は、お前が…」

コンコン

「はひっ!」

突然のノックの音に驚き、俺は変な声を上げてしまった。

心臓がバクバクいっている。


「夕飯の準備ができましたよー」

扉を開けて奥さんが料理を運んでくる。

どんなタイミングだと心の中で思ったが、奥さんが悪いわけではない。

準備ができたところで、冷める前に食事にしよう。そうしよう。

「いただきます」

「ねえ、先生。さっきのって」

「鮎川も食べないと、料理が冷めちゃうぞ」

「さっきのってやっぱり愛の告白?」

「うっ」

「ねえ、さっきの続き、言ってほしいな…」

そう言われ、俺は立ち上がり、鮎川の肩をぐっと掴む。

鮎川も立ち上がり、俺の目を見上げてくる

「俺は鮎川のことが好きだ。付き合ってほしい」

「うれしい。うれしいよ。先生。本当に私でいいの?」

鮎川の目が潤んでいる

「ああ。お前がいいんだ」

俺は鮎川をぎゅっと抱きしめた。


ずっとそうしていたい気分だったが、食事も大事だということで、席に着く。

「いただきます」

「いただきます。あー、何だか胸がいっぱいだよー」

手足をばたばたさせている姿も微笑ましい。

「これで堂々とできるね。はい先生、あーんして」

「昨日もすごい堂々としていたと思うが」

照れながら俺は口をあける

「私にもお願い。そのポテトがいいな。あーん」

フォークで彼女の口元にポテトを近づけてやる。

うん、他人から見たら立派なバカップルだ。

やっぱり爆発しろとか思われるんだろうか。

そんなやりとりをしながら食事を終えた。

「私も料理は得意なんだからね。今度作ってあげるよ」

「ああ、楽しみにしてる」

「先生は甘いもの好きだったよね」

「よく覚えてるな。酒は苦手だけど甘いものは大好物だよ」

「えへへ、好きな人のことだもん。忘れないよ」

彼女は小さな子どものように、椅子に座っている俺の上に腰をおろしてきた。

俺の手を取り、自分のお腹にまわす。

「なあ、いつから俺のことを意識し始めたんだ?」

「うーん、初めて担任してくれた3年生の時は、どっちかというと『お父さん』だったんだよ。でも6年生で2回目の担任をしてくれた時に、『男の人』として憧れちゃったんだ」

「すごく懐いてくれたのは嬉しかったけどな」

「憧れが好きに変わったのは夏だよ。プールで足がつっちゃった時に助けてくれたことがあったよね」

「あの時は慌てたぞ。運動神経のいいお前がいきなり溺れたんだからな」

「怖い!どうしよう!ってなってた時に、先生がとびこんで助けてくれたんだよ。大きな手やがっしりした体にドキドキしちゃった。でも、告白しても先生を困らせるのは分かってたから、胸の奥にしまっておいたんだ」

「そうか。そんなに想ってくれていたんだな」

「一緒にいたかったからお手伝いもしたし、ほめて欲しくて勉強もがんばったんだよ」

「ありがとう」

背中から抱きしめる腕に力が入る。

腕の中にすっぽりとおさまってしまう小さな女の子。

「うん。だから先生が入院したって聞いた時は本当に頭の中が真っ白になったよ。すぐに病院に行ったし、その後何度も何度もお見舞いに行ったんだからね」

「ごめん。心配かけたな」

「まさかこんな世界で修行していたとは思わなかったけどね」

「俺も、お前までこの世界に来るとは思わなかったよ」

「えへへ、先生に会えるって分かったら、自分でも止められなくって」

この笑顔を、この幸せを守りたい。

俺は改めてそう決意した。


俺も風呂に入り、さっぱりしたところで寝る準備をする。

ベッドの上では鮎川がビクッとして、赤い顔で慌てている。

「あ、あのね、先生のことは好きなんだけど、そういうことをするのはまだちょっと怖いの。はじめてはすごく痛いって聞くし…」

鮎川の頭ををわしゃわしゃしてやる。

「きゃっ」

「俺のことをケダモノか何かと勘違いしているのか?俺が嫌がるお前に無理やり手を出すとでも?」

「そうは思わないけど、やっぱり男の人って…したいんでしょ?」

「鮎川とならもちろんしたいよ。でもな、無理やりお前の体を手に入れても、心を俺のものにはできないから。俺は体も心も欲しいんだ。欲張りだろ?」

そのセリフを聞いて、鮎川はさらに真っ赤になってしまった。

「えっち」

「俺は待ってるよ。鮎川が俺に抱かれてもいいと思えるまで」

「ありがとう」


ちゅっ


軽く触れるだけのキス。

「先生、今日も一緒に寝ようね」

「それは怖くないのか?」

「だって、先生と寝ると落ち着くんだもん。それに、無理やり手を出さないって約束してくれたし」

「わかったよ。おいで」

「やったー」

俺のベッドにもぐりこんでくる鮎川を迎え、今日も理性をフル稼働させる。

もう腕の中ですやすやと眠っている。

俺は息子が暴走モードにならぬように注意しつつ眠りについた。




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