ギルド
重い足取りで町へ戻った俺たちはギルドへ向かった。
悪事をはたらいた盗賊とはいえ人を殺したのだ。
いきなり処刑ということは無いにせよ、何らかの処分は覚悟していた。
「ごめんな、鮎川。俺はしばらく戻れないかもしれない」
「先生は悪くないよ!あの子を助けるために仕方なくやったことだよ。」
ぎゅっと抱きついてくる鮎川。
「私が乱暴されたと思って本気で怒ってくれたんでしょ。私…本当に嬉しかったよ」
そう言ってくれるのは嬉しいが、この世界での殺人の扱いが分からないから不安は残る。
「私は何があっても先生の味方だよ」
手をつなぎ、緊張しながらギルドの扉を開ける。
「あっ、昨日の方ですね。いま呼んできますので、奥の部屋で待っていてください」
受付の女性はそう言って事務所らしき部屋へ入っていった。
俺たちは先に部屋へと向かう。
応接室のような部屋なのだろう。
シンプルながらもきれいな部屋だった。
ソファに腰掛けて待つこと数分。
緊張のため手には汗がにじんでいた。
そこへ一人の男が入ってくる。
歳は30代くらいだろうか。貫禄があり、リーダーという雰囲気だ。
「よう。俺はここのギルドマスターをやっているアランだ」
「俺はヤスヒコ・タカヤマです」
「私はマイ・アユカワです」
「さて、ヤスヒコ。早速だが昨日の件について詳しい話を聞かせて欲しい」
俺は昨日の山小屋での出来事について覚えている範囲で話した。
これを聞いてどう判断されるか…
「事情はわかった。女の子を助けるために盗賊5人を始末したってことだな」
「はい。俺が魔法で殺しました。この場合、どんな罰を受けるのでしょうか?」
「先生は仕方なくやったんです。悪いのはあんなことをした奴らのほうでしょ。お願いします。先生を許してください。お願いします」
鮎川は懸命に頭を下げる。
アランは腕を組んで、俺たちをじっと見ている。
「ひとつだけ確認したい。お前は奴らを殺してどう思った?」
「はじめはこの子が乱暴されていたと思い込み、我を忘れてしまいました。落ち着いて考えれば殺す以外にも選択肢はあったのではないか、と。もちろん殺してしまった罪悪感はあります」
「殺しに快感を覚えたわけじゃねえってことだな?」
「それは絶対無いです」
「よし。結論だ。お前は罰を受ける必要は無い」
「えっ、いいんですか?」
俺は驚いた。正直、軽くても何らかの罰を受けるのは当然だと思っていたからだ。
「ああ。そもそもお前は盗賊の命を重く考えすぎだ。今回の5人は強盗・殺人・強姦の犯人だぞ。確認できなかった以外にも被害者はいるだろう。生かしておいたら更に多くの被害者が出るのは確実だ。」
俺はうなずく。
「それに対してお前は女の子を助けた。そして将来出ていたであろう被害を未然に防いでくれたんだ。そんなヤツに罰を与えるなんて俺にはできねえよ」
「ありがとうございます」
俺はほっとして力が抜けた。
「あと、これはギルドからの礼だ。今回の奴らには懸賞金はかかっていなかったが、うちの冒険者でもないのに解決に協力してもらったからな。受け取ってくれ」
アランは3枚の金貨を机に置いた。
人を殺してお金をもらうのには若干の抵抗があるが、この世界のルールに従うことにする。
「ありがたくいただきます」
「ああ。ところでお前、冒険者ギルドに入らねえか?今回の話を聞くだけでも、それなりの力を持ってることが分かる。しかも悪いヤツじゃなさそうだからな。登録すれば魔石の買取だけじゃなく、クエストや依頼の報酬も出るぞ」
「登録する条件はあるんでしょうか?」
「ああ。名前や歳なんかの聞き取りだけで冒険者見習いになることができる。そこで見習いクエストを受けて10回達成すれば、Eランク冒険者として活動できるな。ランクはE・D・C・B・Aの5段階だ。各ランクのクエスト達成回数や成功率なんかで昇格という形になっている」
「なるほど」
「今、受けてくれるなら特例でEランクからスタート可能だ。お前ならその資格はあるだろう」
俺は鮎川と顔を見合わせる。
鮎川はうなずく。
「アランさん、よろしくお願いします」
「よし、決まりだな。ヤスヒコ、がんばってくれよ」
アランと握手する。
何かを思い出したように俺に質問してくる。
「ひょっとして昨日ブラッディスライムの魔石を持ち込んだのはお前か?」
「はい。そうですよ」
「おいおい、ブラッディスライムはランクDの魔物だぞ。見習いクラスじゃ数十人でかかっても倒せねえ」
「きっと運がものすごく良かったんですよ。ははは…」
「…まあ、そういうことにしておいてやろう。試しに俺と戦ってみるか?」
「遠慮しときます」
「ははっ、いつでも受けてやるぜ。じゃあ、さっそく登録するから待ってろよ。そうだ、何ならお嬢ちゃんも冒険者登録するか?お前のパーティーメンバーとしてなら同ランクで登録できるぜ」
「はい。お願いします」
そう言って事務所へ戻っていく。
受付の女性がやってきて、登録をしてくれた。
「私はギルド職員のレオナといいます。これからよろしくお願いしますね」
『ヤスヒコ・タカヤマ 30歳』
『マイ・アユカワ 15歳』
レオナさんの手が白く輝き、2つのタグが宙に浮く。
目の前で俺たちの情報が書き込まれていく。
光がおさまり、青いタグが目の前に置かれた。
「こちらがお二人の冒険者タグになります。失くさないように注意してくださいね」
細いチェーンで首からさげておく。
「では、クエストの受け方を説明させていただきます。壁に貼ってあるクエストの中から受けたいクエストの紙を持ってきてください。受付でタグを確認し、受付完了です。達成規準は魔物討伐なら魔石を、対人クエストなら依頼者が持っている完了報告書を受付に持ってきてください。報酬をお支払いします」
「なるほど。わかりました」
「何か質問などあればお答えしますが」
いい機会なので、先ほどの石板について聞いてみる。
「今日、ウルフを倒したらこんなものを落としたのですが、これは何でしょうか?」
「これは召喚カードですね。まれに魔石の代わりに落とすのです。手に持って魔力を注ぐと、一定時間味方として魔物を召喚することができます。基となる魔物の強さと注ぐ魔力量で召喚獣の強さが変わります。魔力を注げば何度も使えるので、持っていると便利です。また、珍しいものなので高く売却することもできますよ」
「へえ、確かに便利ですね。今度試してみます」
「他に質問が無いようでしたら、これで冒険者登録は完了です。がんばってくださいね」
「ありがとうございます」
受付で魔石を売却して、少し早いが黒猫亭に向かう。
精神的に疲れたので、クエストは明日によう。
「お帰りなさい」
「今日もお世話になります」
「お部屋はツイン1部屋でいいですか?」
「はい」
鮎川が即答する。
うん。俺が我慢すればいいんだ…
昨日よりひとまわり広い部屋に案内され、早速ベッドに倒れこむ俺。
「よかったね、先生」
「ああ、ほっとしたら力が抜けたよ」
「今日は晩ごはんまで時間あるから、先にお風呂に入っちゃうね。覗いちゃダメだよ」
「しないって。俺は寝てるよ」
「わかってる。先生はそんなことしないよね」
ちょっと残念そうな鮎川だが、うん、気のせいだと思うことにしよう。
風呂場からはシャワーの水音が響く。
ダメだと思いつつ想像してしまう。
こんな状態で寝れるかー!と心の中で叫ぶ。
たった2日間一緒に過ごしただけで、完全に意識してしまっている自分がいる。
教え子ではなく、一人の異性として。
俺は鮎川のことが…




