再会
注意:
やや残酷な表現があります。
森の中、ようやく見つけた小屋。
おそらく本拠地というよりは一時的な隠れ家というところか。
頭は冷静であろうとするのに、体が言うことを聞かない感じだ。
一刻も早く助けなければ、と体は動こうとする。
冷静に行動しなければ、と頭が制止する。
アジトらしき建物の中には複数の気配がある。
相手のレベルは不明だが、この程度なら制圧可能だろう。
最悪、鮎川を連れて逃げる。
彼女だけは何があっても助けるんだ。
落ち着いてやれば大丈夫だ。
もしかしたら、マリーには見せたくない光景があるかもしれないが。
俺はドアを蹴破り突入する。
むわっとオスの臭いがする。
「うっ」
臭いに顔をしかめる。
部屋の中には盗賊らしき男が5人。
「なんだてめえは?」
「ここに入って生きて帰れると思うなよ!」
その後ろには…裸の少女が両手を縄で縛られ、床に転がされていた。
顔も体も傷だらけで、自分の血と男の白い体液で汚され、ピクリとも動かない。
「ひゃっはっはっ、さっきまでいい声で鳴いてたんだがなぁ」
俺の頭の中は真っ白になった。
一人の男が殴りかかってくる。右頬を殴られた。
「鮎川…」
頭の中が黒く染まる。
俺は怒りに任せて魔法を使っていた。
こいつらは許せない。許せるわけがない。
力の加減ができず、腕を、足を魔法で吹き飛ばしていく。
魔力を込めて手を振る。
火魔法で顔や体を焼かれて苦しんでいる男。
あたりには肉が焦げた匂いがこもる。
「ひいっ、何だこいつ」
血を噴き出しながら悲鳴を上げて逃げ惑う男たち。
「逃がさん!」
更に風魔法で切り刻む。
「ぎゃああ」
「ぐふっ」
5人の男は絶命した。
俺はそれに気づかず、魔法を放つ。放つ。放つ。
倒すべき相手がいなくなったことで、はっと我に返る。
部屋の中は血の海だ…
俺は何てことをしてしまったのか。
人を殺した。魔法で殺した。俺のこの手で、殺した。
俺に力が無かったせいで、鮎川を守れなかった。
「鮎川…」
俺はよろよろと少女に近寄り、脈を確認してみる。
生きている!
俺は力の限りヒールをかけ続ける。
きつく縛られていた縄をほどいてやる。
体中の傷が回復したところで顔を見ると、鮎川ではなかった。
髪で隠れていたため見えなかったが、
どうやら獣人らしく猫耳が少し動くのが見えた。
ほっとしたら力が抜けて、涙が出てきた。
少女は俺に気づいたようで、体を抱えて震え、泣いていた。
「い、いや!来ないで!もういやぁ…お母さん、助けて…」
「大丈夫。君に危害を加える気は無いから安心して」
アイテムボックスから水とタオル、予備の俺の服を渡して着替えてもらう。
「うっ、ぐすっ、ありがとうございます。でも、私、あいつらに汚されて…、
このまま死んでしまったほうが、ひっく、良いんじゃ…」
「君を助けたのは俺が勝手にやったことだ。でも、君の命が助かったことに意味はあると思う。
とても辛いだろうが、俺は君に生きて欲しい」
「あ、あり、ありがとう…ぐすっ…ございます…」
「落ち着いたら街まで送るからね」
少女を抱え、俺は街まで走った。
手短に事情を説明したところ、一時ギルドで保護してもらい、
彼女の村まで送ってくれることになった。
俺は後で詳しい事情を聞かれるようだ
「助けていただいたご恩は忘れません」
「しばらく、ゆっくり休むといいよ。元気が出たら、また歩き出せばいいさ」
道中、必要なものもあるだろうからと彼女に銀貨を数枚渡して別れを告げ、
改めて近くの森の中を探す。
日が暮れるまで森を走り続けたが見つからない。
彼女の気配もつかめない。
「ちくしょう!鮎川…どこにいるんだ」
無力な自分に怒りがこみあげてくる。力任せに地面を殴りつける。
「鮎川あああ!」
地面に倒れこんだ俺に、マリーも心配そうに体をすりよせてくる。
俺の涙がマリーを濡らす。
マリーが俺にキスをしてきた。
突然、
マリーが白い光に包まれる。
まぶしくて目を閉じると、次の瞬間、目の前には女の子がいた。
背は140cmくらい、肩より少し長い黒髪、少し見た目は変わったが、
目や雰囲気は昔と変わっていない。
「あ、あゆ、かわ?」
「先生…先生、先生!」
泣きながら抱きついてくる鮎川を強く抱きしめる。
俺も涙を流して喜ぶ。
「鮎川!鮎川が無事で良かった。本当に良かった」
「あっ、先生、あんまり強くされるとちょっと恥ずかしいかな」
そう言われ、あらためて見ると彼女は裸だった。
「す、すまん。今、俺の服を出すから着てくれ」
俺は後ろを向くと、着替えが終わるのを待った。
衣擦れの音が生々しい。
「着替えたよ。ふふっ、やっぱり先生の服は大きいね。それに先生の匂い。
なんだか先生に包まれているみたいで嬉しいな」
ぶかぶかの服に身を包んだ鮎川は幸せそうだ。
「じゃあ、街へ行こう。歩けるか?そういえば靴が無かったな」
「ねえ、先生。お姫様抱っこで連れて行って」
「えっ、いや、それは…」
「お願い」
「わかった。しっかりつかまってろよ」
「やったあ」
俺は鮎川を抱いて街まで走った。
何だか必要以上に密着されている気がするが。
黒猫亭に向かい、部屋をもう一つ頼もうと思ったのだがあいにく満室だった。
朝予約しておいた1部屋は確保できていたので、とりあえず昨日の部屋に向かう。
「じゃあ、この部屋は鮎川が使いな。俺は朝まで酒場にでも行ってくるよ」
「何で?大丈夫だよ。一緒の部屋でも」
「だが…」
「あれ、もしかして先生、私を襲っちゃいそうなの?」
「ば、馬鹿言うな!俺は保護者として…」
「保護者なら一緒の部屋でも大丈夫だよね」
「うっ…お前がいいなら、俺は、まあ…」
「やったあ」
結局二人で泊まることになった。
幸い、料理は二人分用意してもらえた。
鮎川と向かい合って料理を食べるが、何だか落ち着かない。
「ねえ、先生。今日はあーんとかしてくれないの?」
「ごほっ!な、何でそんなことを」
「昨日はあーんしてくれたのになー」
「もしかして子犬だった時の記憶はあるのか?」
「うーん、ナイショ。じゃあ、私があーんしてあげる。はい、あーん」
そう言ってフォークで肉を俺の口元に持ってくる。
照れながら食べる。
「何だか先生がカワイイ…」
などと言われてしまった。
今、鮎川は風呂に入っている
お湯の音が聞こえてくるのが精神衛生上よろしくない。
気を抜いたら想像してしまう。
さっき抱きしめたときの感触…
背はあまり変わっていないが、何だかあちこち柔らかい。
風呂あがりの彼女は何だか色気があり、くらっとしてしまう。
落ち着け、俺。
がんばれ、理性。
鮎川と地球の話をした。
彼女は入院した俺の見舞いに何度も来てくれたらしい。
「先生が入院したって聞いて、本当に心配したんだよ」
「そうか。心配かけたな。ところで、父さんや母さんは元気だったか?」
「うん。いつ目を覚ましてもいいようにって準備してたよ。
「そうか…父さんや母さんにも心配かけてしまっているな」
「鮎川はどうしてここに?」
「実は私も事故にあったの。意識不明で入院してるんだって。
そうしたらジョーカーみたいな人に『異世界に先生がいる』って教えられて」
「こんな世界に女の子が一人で来たら危ないだろう」
「一人じゃないよ。先生がいるんだもん」
「俺に出会うまでに魔物に襲われたり、事件に巻き込まれたらどうするんだ」
「それは私も心配だったけど、ジョーカーさんに話したら子犬の姿にしてくれたの。
ちゃんと強くしてもらったんだよ。怪我しちゃったけどさ」
「まったく、それならもっと早く教えてくれたら心配しなくて済んだのに」
『君が最後まで話を聞かなかったんじゃないか~』
「出たな、ジョーカー」
「えっ、ジョーカーさんと話してるの?」
「あれ、鮎川には声が聞こえないのか?」
『これは君だけの能力なのさ~。確かにもっと早く教えてあげられればよかったけど、
僕も忙しかったんだよ~』
「子犬にすること無かっただろ。鮎川と無事再会できたから良かったものの…」
『君もこの世界に来て長いんだから、15歳の女の子が一人で旅をしていたら、
どうなるか分かるだろ。彼女の貞操を守るためさ』
今日起こった盗賊の例も、決して珍しいことではない。
そうならないように配慮してくれたってことか。
「ああ、気遣い感謝してるよ。ありがとう」
『君が彼女のことを想ってキスすると元の姿に戻るように設定しておいたよ~』
「どこかで聞いた話だな」
『じゃあ、二人とも、がんばってね~』
「ジョーカーが『無事に会えて良かったね』って言い残して消えたよ」
「あたしもお礼言いたかったな」
「今度出てきたら伝えればいいさ」
「そうだね」
しばしの沈黙。
「今日は疲れただろ。そろそろ寝なさい」
「うん。今日も一緒に寝てくれるの?」
「な、何言ってるんだ。女の子がそんなこと…それに、二人だと狭いだろ」
「じゃあ、広いベッドなら一緒に寝てくれるんだね」
「う…」
「先生、今日はやっぱり一緒に寝て欲しいな。何だか今頃怖くなっちゃった…」
鮎川は俺の服を指でつまみ、震えていた。
「わかったよ。大丈夫。俺がついてるから、安心して寝なさい」
「今日の女の子、もしかしたら私があの男たちに捕まっていたかもしれないんだよね…」
「…この世界は危険と隣合わせだからな。日本とは違うんだ」
ベッドに横になる。二人で寝るには少し狭いので、鮎川との距離が近い。
「先生が本気で探してくれたこと、嬉しかった」
「俺の大事な教え子だ。当たり前だろ」
「ありがと。ちゃんと覚えててくれたんだね」
「忘れないよ。特にお前は印象に残ってるしな」
「うれしい」
「やっぱりお前は、笑顔が一番かわいいよ」
俺は無意識に頭をなでていた。
「えへへ、先生の手、安心するなあ…」
俺の体をぎゅっと抱きしめ、眠ったようだ。
やわらかな感触を意識してしまい、俺は眠れない。
まあ、鮎川の寝顔をゆっくり見ているのも悪くないか。
結局、俺が寝たのは明け方だった。




