街の散策
ん…もう朝か。
子犬のマリーのキスで目を覚ます。
お返しにやさしく撫でてやる。
俺たちは朝からラブラブだ。
この世界では時計が無いので、太陽の位置と教会の鐘が時間の目安だ。
1階へ行き、朝食を用意してもらう。
部屋に持ってきてもらった食事はいい匂いで食欲をそそった。
メニューは焼きたてのパンにハムエッグ、そしてサラダというオーソドックスなもの。
昨日マリーに用意してもらったミルクがついていた。
ハムエッグの黄身の部分が赤いので、鶏の卵ではないのかもしれない。
卵なら食べられるかもしれないと、小さく切ってマリーの口元に持っていく。
おいしそうに食べている。指を舐めてくる舌が気持ちいい。
もっともっとと催促してくるので、パンと一緒に食べさせてやる。
「ほら、あーん」
パクリ。モグモグ。ペロペロ。
「おいしいか?」
「わん」
食事を満喫した俺たちは、街を散策することにした。
「食事もおいしかったし、もう一泊しようと思います」
猫耳の女性に伝えると、笑顔で答えてくれた。
「ありがとうございます。料理をほめてもらって、主人も喜びます」
「街の中を見て回りたいのですが、武器屋や防具屋はどの辺りにありますか?」
「それなら、簡単にですが地図を描きますね。少し待ってください」
「お手数かけます」
地図を受け取り、支払いを済ませて宿を出る。
まずは定番の武器屋へ行こうか。
マリーは俺の服の中に入り、胸元からちょこんと顔を出している。
武器屋は冒険者ギルドのそばにあった。
まあ、武器を買うのは冒険者が多いから当然か。
店の中に入ると、所狭しと剣や槍、斧や杖などが並べてある。
それぞれ鑑定スキルを使ってみるが、ローズからもらった剣が一番良いものだった。
防具屋は武器屋の隣にあった。
こちらは鎧や盾などの装備品が半分、シャツやズボンなどの洋服が半分といったところだ。
素肌に鎧をつけるわけではないから、シャツなども置いているということか。
こちらでは靴を買うことにした。
革のブーツに鉄板が仕込んである、いわゆる安全靴だ。
価格は3000ゴールド。今履いている靴は200ゴールドで売れた。
2800ゴールドを支払い、その場で装備していく。
盾は今のところ必要ない。
魔物は一撃で倒せるしな。
魔法具に興味があり、装飾品の店に向かった。
魔力の込められた指輪や腕輪がショーケースの中に並んでいた。
通常のアクセサリーも扱っているが、こちらがメインのようだ。
赤い宝石が火属性、青い宝石が水属性など、込められた魔力によって宝石の色が違う。
大きな宝石ほどたくさんの魔力を込めることができるらしい。
マリーは目を輝かせてショーケースを見ている。
魔力が分かるのだろうか。それともキラキラが珍しいからか。
残念ながらお値段も高めで、今の手持ちでは買えない。
今日は見るだけだ。
マリーが残念そうな顔をしているのがわかる。
「また今度連れてきてやるからな」
道具屋ではポーション類が多数品揃えしてあった。
見た目はビン入りのジュースだ。
色によって効果が違うようだ。
ポーションは青、MPポーションは赤、状態異常解除は黄色だ。
等級はラベルの豪華さで区別する。
ビンの詰め替えなどの不正が横行しそうだが、魔法で封印がしてあり、
そういったことはできないようになっている。
非常に分かりやすい。
体力回復はヒールがあるので、赤の中級MPポーションを3本買っておいた。
3本で6000ゴールド。中級は3割回復できる。
ちなみに初級は1割、上級は5割、最上級は全回復だ。
ポーション類は割合での回復なので、MP量の多い俺にはありがたい。
これで50ポイント回復とかだったら、俺の場合回復が追いつかないだろう。
上級と最上級のポーションは置いていなかった。
数が少なく、価格も高いので取り扱う店は少ないそうだ。
お昼を知らせる教会の鐘が鳴り、お腹もすいてきたので昼食にする。
近くにあった定食屋に入り、焼き魚定食を注文した。
マリーのためにミルクも注文した。
魚の焼ける良い匂いがしてきて、テーブルに料理が並ぶが、
当然のようにパンが付いてくる。
アジのような魚の塩焼き自体は懐かしくておいしいのだが、
魚の塩焼きには白いご飯がほしいと思うのは俺だけではないだろう。
栽培スキルがあっても肝心の種が無ければ育てられないので、もどかしい。
もし種が見つかったら、本気で田んぼを作ってしまう勢いだ。
午後はどこを見ようかな。
そんなことを考えていると、久しぶりにあの声が頭の中に響いてきた。
『やあ、久しぶりだね~』
本当に久しぶりだな。修行中は全く出てこなかったのに。
『あんなに強いヒトがそばにいれば、命の危険は無いだろうからね~』
確かに。ボロ雑巾にされても、後でちゃんと回復してくれたからな。
ところで、急に出てきたりして、何かあったのか?
『実は、君の知り合いがこっちの世界に来たらしいんだ』
なんだって!いったい誰だ?
『鮎川舞ちゃんだよ』
3年前に俺が担任だった子だ。
おい、鮎川はどこにいるんだ?大丈夫なのか?
『詳しくは僕にも分からないんだ。
昨日その街のあたりに転移させたんだけど、細かい座標までは指定できないからね』
魔物とかに襲われたりしたらどうするんだ!くそっ、無事でいてくれよ。
俺は駆け出していた。
ヤツが何か言おうとしているが耳に入ってこない。
マリーも俺の服を引っ張っているが、今はそれどころではない。
多くの情報が集まりそうな冒険者ギルドに情報を探しに行く。
もしかしたらという、かすかな希望を込めて。
だが、入手できたのは悪い情報だった。
昨日、西の森の中で盗賊に馬車が襲われ、仲間を殺された商人からの情報だ。
その商人が、たまたま近くにいた若い少女をさらっていった盗賊を見たという。
ギルドが突き止めていたアジトの場所を聞いた俺は、すぐに走り出した。
マリーに気を使っている場合ではないので全速力だ。
俺の頭の中では最悪の状況も浮かんでしまった。
ここは日本に比べると、若い女性に対して厳しい世界だ。
魔物に加えて盗賊もいる。警察も無い。
自分の身は自分で守るしかない。
悪いことを考えないように、歯を食いしばって走る。
彼女はクラスでも特に俺に懐いてくれていた。
あの屈託の無い笑顔を思い出す。
「必ず助けてやるからな。待ってろよ、鮎川」
奴らのアジトまであと少しだ。




