修行
あれから3年の月日が流れた。
キツかった。とにかくキツかった。
思い出すだけで涙が出てくる。
昨日ドラゴンと戦い、倒せないまでも互角に戦えたということで、晴れて卒業となった。
ローズはエルフだった。武闘派の。
子どものころは体力が無かったので強い体に憧れ、師匠の下で鍛えているうちにこうなったそうだ。
大剣を振り回し、強力な魔法で敵を蹴散らすローズの姿はまさに勇者。
魔物の返り血を浴びて笑っている彼女を見て、冷や汗が出てきた。
あれ、ローズに魔王倒してもらったほうが良いんじゃ?と思ったりしたが、
彼女は行動制限の呪いをかけられ、この国から出られないらしい。
やっぱり自分が強くなるしかないと思い、修行に励むのであった。
初めのうちは基礎体力が足りないということでひたすら走りこみ。
あの黒ウサギはナナという名前で、ローズがとある山で拾ったという。
親とはぐれて倒れていたところを助け、育ててきたそうだ。
ずっとナナがついてくるのは見張り役か?
まず距離がおかしい。
向こうの山までひたすら走る。走る。走る。魔物に会う。逃げる。逃げる。
日が暮れるまで繰り返す。
更に、この修行中は魔物を倒すことを禁止され、ひたすら逃げることしかできなかった。
何度ヒールをかけたことか…おかげでヒールの熟練度はMAXだ。
走るのに慣れてきたら、重いリュックを背負って走ることになった。
ただ、体から離したら爆発するとか勘弁してほしい。
半年ほど繰り返し体力がついたら、次は剣術の修行だ。
あれ、魔法は?
ローズいわく「魔法を封じられた時のために、戦う術を身につけろ」らしい。
確かに、今の俺では魔法が使えなくなったとたんに一般人だからな。
型を教わり、ひたすら素振り。素振り。素振りの毎日。
半年ほどしてローズと試合をすることになったが、当然ボロ雑巾のように叩き潰された。
ヒールが追いつかないほどのスピードでHPが削られていき、命の危険を感じた。
木刀で良かった…。
その後も1年間ボコボコにされ続けた。
強くなった実感は全く無いのだが、防御技術と回復速度は上がった(と思う)。
ようやく魔法だ。
魔力のコントロールの仕方などを教えてもらえると思ったら、ローズはいきなり魔法を撃ってきた。
焦がされ、凍らされ、切り刻まれ、潰され、毒を受け、麻痺し、定番のボロ雑巾状態だ。
さすがにもう慣れた。
というか、快感になりそうで怖い…。
こんな毎日が続いているうちに、少し魔力の流れを感じられるようになってきた。
変な意味じゃないぞ。
まあ、感じたところで防げないけれど。相変わらずボロ雑巾だけど。
ダメもとで盾をイメージしてみた。できた…けど1発で粉砕された。
属性を変えて試してみると、やはり相性があった。
攻撃時は火→風→土→水→火で有利なようだ。防御時は逆になる。
光と闇には有利・不利は無いらしい。
防御に成功するようになると、時々だが反撃できるようになってきた。
まあローズの肩に乗っているナナのごはんになるだけだが。
そういえば、数ヶ月前に一気に魔力が充実した。
日本と1年の長さが同じなら、ちょうど誕生日のころだった。もう30歳か。
「………確かに今まで女の子には縁がなかったけど、あのウワサは本当だったのか」
orz
初めて会ったあの日のことを思い出す。
「世話になるのはありがたいが、俺はこの世界に来たばかりで無一文なんだ」
「かまわんよ。まあ、そんなに気になるなら体で払ってもらおうか」
と言いながら近づいてくるローズ。
少し期待してドキッとしてしまった俺は悪くないだろう。
当然のごとく「家事をする」という意味だったようだ。
以下、家事の様子だ。
もちろん最初のうちは家事なんてやる余裕は無かったが、慣れとは恐ろしい。
朝と夜にはナナに向けて魔法を放つが、ことごとく食われている。
どうやらこの子は魔力を食べて生きているらしい。
たくさん食べさせてやるとご機嫌になる。
だが、手を抜くと噛み付いてくるから手が抜けない。
修行を始めたころは俺の魔法だけでは足りなくてローズの魔法も食べていたようだが、
最近はナナが満足できるまで魔法を使うことができるようになった。
おなかがいっぱいになると眠くなるようで、その姿に癒される毎日だ。
毎日ご飯をあげているからか俺にも懐いてくれて、
動物好きの俺としてはモフモフを堪能できて大満足。
走りこみの修行中のある日のこと、
俺が油断していたために3頭のウルフに囲まれてしまった。
殺られると思った次の瞬間、隣にいたナナが跳躍し、ウルフの首が飛んだ。
詳しくは見えなかったがナナが切り落としたらしい。
残りの2頭はターゲットをナナに変え、襲い掛かってきた。
口からドラゴンのように炎を吐いたナナ。
2頭のウルフは一瞬で炭になっていた。
ナナさんマジ強いです。
ローズはケタ違いの強さだし、やっぱりここでは俺最弱。
料理スキルは大活躍だ。
ローズは料理が苦手だったため、必然的に俺の仕事となった。
一人暮らしが長かったので、ひと通り料理はできる。
食材や調味料は自分たちで山から調達したり、行商人から買ったりした。
地球とあまり変わらないのでありがたい。
栽培スキルも役に立った。
異世界でも野菜は育つんだな。ちゃんとトマトやキャベツができた。
ただしデカイ。
トマトはサッカーボールくらいの大きさだし、キャベツは直径2メートルくらいに育った。
ローズいわく、栽培スキルに加えて俺の魔力が影響したらしい。
まあ、味はとても美味いので言うことは無い。気にしたら負けだ。
無心で畑を耕していると、田舎にある実家を思い出して落ち着く。
旅立ちの朝。
修行中は寝る前にはHPもMPもゼロに近いのだが、なぜか朝起きると毎日完全回復していた。
俺は気づかなかったが、これはローズの魔法だった。
修行中にナナが俺のそばにいたのも、イザという時には守れるようにとの気遣いだった。
「ありがとうローズ。ありがとうナナ。この恩は忘れない」
「気にするな。私から教わった分、他のやつを助けてやれ。恩返しではなく、『恩送り』というそうだ。尊敬する師匠の受け売りだがな。私も昔は師匠にたくさん世話になったものだ。」
ローズは照れているのか顔が少し赤い。
「分かった。できるだけやってみる。でも、二人への感謝の気持ちは忘れないよ」
「元気でな。時々帰って来いよ」
ナナも顔をすり寄せてきて、何だかさみしそうに見える。
「ああ。本当にありがとう」
「森を抜けてまっすぐ東に行けば街がある。お前の足なら日が落ちる頃までには着けるだろう」
「ローズもナナも元気でな」
そう言って俺は走り出した。
涙が出そうなのを誤魔化すために。
次回、拾います。




