迷子
昨日はいろいろと舞に迷惑をかけてしまったようだ。
意図的に飲んだわけではないが、しばらく酒は控えよう。
さて、今日も舞の修行のため森に来ている。
かなり戦いにも慣れてきたようで、スムーズに発動できるようになっている。
「キャー」
突然、森の奥から子どもの悲鳴が聞こえてきた。
「先生、今の声!」
「ああ、聞こえた。森の奥に人の気配を感じる。行くぞ」
「はいっ」
草木を掻き分けひたすら走る。
場所によっては枝の上を伝った方が早い。
今回はスピード重視のため舞を抱き上げて走っている。
「近いぞ。この先だ」
「先生、あの木の下を見て」
3人の子どもがコボルトに襲われている。
小さな女の子は重傷で、横たわっている体の下に血がじわりとにじんでいる。
男の子は足に攻撃を受けたようで、うずくまって動けない状態だ。
お姉ちゃんらしい子が、2人をかばうように震えながら両手を広げている。
「いやー!誰か助けて!」
「うわーん!痛いよー」
走りながら速度重視でファイヤーボールを放つ。
コボルトは一撃で消えた。
突然の爆発に驚いている子ども達のそばまで駆け寄り、話しかける。
「もう大丈夫だぞ」
「あ、ありがとうございます。ナナ、ナナ、しっかりして」
倒れている女の子の傷を確認する。
両足と背中をナイフで切りつけられている。
特に背中の傷が深く、血が止まらない。
その顔は真っ青で意識も無く、一刻を争う状況であることを示していた。
「舞、すぐにメガヒールを頼む」
「まかせて。『メガヒール』」
少女の全身がまばゆい光に包まれる。
たちどころに傷はふさがり、顔に血の気が戻る。
しばらく安静が必要だが、これで一安心だ。
「うわーん!おじさんありがとう」
「ひっく…怖かったです」
「よしよし、よく頑張ったね。えらいぞ」
泣いている二人の頭を優しくなでてやる。
次は二人の傷の治療だ。
『ヒール』
『ヒール』
「これで怪我は治ったと思うけど、他に痛いところはあるかい?」
「うわ!すごい。ぜんぜん痛くないよ」
「ありがとうございます。大丈夫です」
「名前を聞いてもいいかな?おじさんはヤスヒコっていう名前で、このお姉ちゃんはマイだよ」
「私はエリスっていいます。この子はナナです」
「僕はジョーだよ」
「エリス、ジョー、どうしてこんな森の奥に来たんだい?」
「本当は森の入口で薬草を採ってたんですけど…」
「ごめんなさい…。僕が小鳥を追いかけて森の奥のほうに走っていったから、エリス姉ちゃんもナナも怪我しちゃった…」
「ジョー、森の奥は危ないから入っちゃダメだよって言われなかったかな?」
「言われた…ごめんなさい」
「ちゃんとエリスとナナにもごめんなさいできるね」
「エリス姉ちゃん、僕のせいで怪我させちゃってごめんなさい」
ジョーも森の怖さを分かってくれたようだ。
「ジョー、もうこんな事しちゃダメだよ。ナナが元気になったら、また謝ろうね」
「うん」
「よし、じゃあ街に戻ろう。家まで送ってあげるよ」
「ありがとうございます」
眠っているナナを背負い、街に向けて歩き出す。
エリスとナナの服はボロボロになってしまったので、俺と舞の服を着せている。
この森を抜けるまでは警戒が必要だ。
俺たちはともかく、子ども達をこれ以上怖い目にあわせるわけにはいかない。
魔物が向かってくる気配がしたら、遠距離から魔法で仕留めていく。
「お父さんやお母さんが心配しているだろうから、早く帰って元気な顔を見せてあげようね」
「僕、お父さんやお母さんがいないんだ…」
「私たちは教会の孤児院で暮らしているんです。だから少しでもお手伝いをしたいと思って、薬草を採りに行ったんですけど、逆に心配させちゃいましたね」
エリスはとてもしっかりした子だ。
みんなが怪我をした責任を感じているのかもしれない。
「そうか…えらいな」
「じゃあ、お姉ちゃんと一緒だね。お姉ちゃんもお父さんとお母さんいないんだよ」
「マイ姉ちゃんもそうなの?」
「うん。でも今はヤスヒコ先生がいるからさみしくないよ」
「僕にもマーサ先生がいるよ。お母さんみたいにとっても優しいんだ」
「そっか。後でお姉ちゃんにも紹介してね」
そんな話をしながら街に着いた。
もう日が落ちて、薄暗くなってきている。
孤児院までもう少しのところで、こちらに走ってくる女性がいた。
俺より少し若いくらいだろうか。
「エリス!ジョー!ナナ!心配したわよ」
「マーサ先生!」
二人はマーサさんに駆け寄っていく。
「あら、どうしたの?服が破れているけど」
「あのね…」
二人の説明を聞いて、俺たちに頭を下げるマーサさん。
「危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました。この子たちの世話をしているマーサです。よろしければ家でお茶でもいかがでしょうか?」
「お姉ちゃん、うちにおいでよ。もっとお話しよう」
「では、お言葉に甘えて」
孤児院に着くと、他の子ども達もやってきて囲まれる。
マーサさんの話では1歳~13歳くらいの子が15人いるらしい。
こちらの世界では15歳で一人前とみなされるため、15歳になるとここを出て独立するそうだ。
部屋に案内された俺たちはマーサさんと話をしている。
入口には子ども達が集まっている気配がする。
「改めて、三人を助けていただき本当にありがとうございました。特にナナは大怪我をしていたのに、それも治療していただけたそうで」
「いえ、俺たちも偶然子どもの悲鳴を聞いて駆けつけただけです。目の前で泣いている子どもを放っておけませんよ。彼女は回復魔法が得意なので、あのくらいの怪我なら治せます」
片手で舞の頭をなでながら話す。
「ありがとうございます。お礼をしたいのは山々なのですが、あまりお金が無いので満足のいく額をお支払い出来るかどうか…」
「いえ、お金は結構です。これだけの子ども達を養っていくのは大変でしょうし、そのお金は子ども達のために使ってください。その気持ちだけ頂いておきますよ」
「では、せめて食事だけでも一緒にいかがでしょうか?ジョーもお話できるのを楽しみにしていますし」
「先生、私もジョー君やエリスちゃんと話したいな」
「わかったよ。マーサさん、ありがたく頂きます」
食事をごちそうになった。
今日の献立はシチューだった。
肉は少なめだが、じっくり煮込まれていておいしかった。
こうして大人数で食事していると、学校の給食を思い出す。
にぎやかな笑い声、競うようにおかわりをする男の子たち…懐かしさがこみあげてくる。
ナナも目を覚まし、お礼を言ってくれた。
「おじちゃん、助けてくれてありがとう。魔物に襲われた時は本当に怖かったの」
「どういたしまして。ナナを治してくれたのはマイお姉ちゃんだよ」
「マイお姉ちゃん、治してくれてありがとう」
「もう痛くない?」
「大丈夫。もう走ったり出来るよ」
「ナナ、魔物から守りきれなくてごめんね」
「エリス姉のせいじゃないよ。ジョー、今度やったら許さないからね」
「ごめん、ナナ」
ナナとジョーは7歳、エリスは12歳だそうだ。
うーん、エリスは舞と同い年くらいに見える。
大きな子たちにも聞いてみる
「きみたちはもう働いてるの?」
「そうだよ。10歳くらいからは畑仕事の手伝いをやってるんだ」
「少しだけどお金がもらえるからがんばってるよ」
「本当はお店の手伝いとかもしたいんだけど、私たち計算が出来ないから雇ってもらえないの」
「計算か。ちなみにマーサさん、みんな学校はどうしてるんですか?」
「本当は行かせてあげたいんですけど、学費を払えないので…」
「そうですか…」
そんな時、小さな子達と遊んでいた舞が話に加わってきた。
「ねえ先生、この子たちに簡単な計算や文字を教えてあげたらどうかな?ほら、寺子屋みたいに」
「なるほど、寺子屋か。舞、手伝ってくれるかい?」
「もちろん!」
「マーサさん、3日に1回くらいでよければ、私たちが簡単な計算などを教えましょうか?」
「いいんですか?でも、助けていただいた上、そんな事までお願いするわけには…」
「実は私にもメリットがあるんです。私は遠い街で教師をやっていたのですが、事情があって3年ほど離れることになってしまって。いずれは教師の仕事に戻るつもりなので、子ども達に教える感覚を忘れないようにしたいんですよ」
「先生は私に計算や読み書きを教えてくれたので、私もお手伝いできますから」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「では3日後に始めましょうか」
「みんな、ヤスヒコさんとマイさんが計算を教えてくれるそうよ」
「ほんとに?」
「やったー。私、お店で働けるかなあ」
「でも、僕たちは畑の手伝いがあるし…」
「大丈夫。君たちには手伝いが終わった夕方から教えてあげるからね」
「ありがとうございます」
少し長居をしてしまった。
きっかけは魔物だったが、みんな無事だったし、こういうつながりもできて良かったと思う。
「また遊びに来てねー」
「助けてくれてありがとう」
手を振る子ども達に向かって手を振り返す。
舞は両手をぶんぶん振っている。
「またねー」
宿に戻って、今日の夕食は少なめで頼んだ。
いつものボリュームでは俺でも食べきれないからな。
「あー可愛かった。日本を思い出しちゃったよ」
「確かに。俺は3年ぶりだからな」
「先生、無理やり教えさせるみたいになっちゃってごめんね」
「いいよ。俺もあの子達に何かしたいと思ってたんだ」
「私、先生がいるからさみしくないよ。この世界でもね」
「どうしたんだ?いきなり」
「ふふっ、何でもない。これで先生が授業をやってる姿を見放題だね」
「舞が望むならいつでも個人授業をしてあげるよ。勉強でも、それ以外でもね」
そう言って頬にキスをして、頭をなでる。
二人っきりになると恥ずかしさが強いのか、モジモジしている舞。
「えっ、でもまだ心の準備とか出来てないし…その時は優しく教えてね」
「もちろん。手取り足取り教えてあげる」
とか言ってる俺もそんなに知ってるわけじゃないけどね。
ま、もうしばらく待ちますか。




