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物語の主人公3

 妹紅は魔理沙を背負い、人間の里まで下りて、妹紅の知り合いである里の医者のもとを訪れていた。


 たいして大きくない家だが、治療を受ける人が来ることを前提としているのか、土間から直接入る事ができる場所に畳の部屋があった。治療を受ける人はここに招かれる。


 十畳分くらいの部屋には全く飾り気がなく、土間に続く(ふすま)と、縁側に続く(ふすま)とがあるだけで、ほかに何もない。


 傷の手当てをうけ、痛みでうなっていた魔理沙だったが、今はひかれた布団に横になり、静かに眠りに着いていた。


「悪かったね。こんな遅くに」


 妹紅は柱に寄りかかり、魔理沙の様子を看ている医者にわびる。


「なぁに、あんたの願いなら受けないわけにはいかねぇよ。あんたは里のためにようしてくれとる。ワシがあんたの手伝いができるとしたらこれくらいさね」


 かなり年はとっていたが、里には少ない、医療の心得がある人物だった。髪も真っ白であり、顔も深いシワが目立った。


「そう言ってくれるとありがたいよ。実際助かってる」


 妹紅は、微笑みながら言葉を返す。


「治療も一段落したみたいだし、今日はもう休んでよ。後は私が見てるから」


「あんたは寝なくて大丈夫かい?」


「私の事は気にしないで。基本、私はほとんど寝ないで過ごすから」


「そうかい? なら先に休ませてもらうよ。もしこの子の容態が急変するような事があったら、叩き起こしてくれても構わないから」


 妹紅は微笑みながらうなずき、おやすみなさいと、挨拶をした。


 医者の老人が部屋を出た後、妹紅は縁側の(ふすま)を開け、空を見上げた。


 空に雲はなく、十六夜の月と、幾億もの星がハッキリと見える。


 妹紅は(ふすま)の縁に寄り掛かる様にして座った。左足が縁側、右足が和室という形である。


 片膝をあげて、空をただ眺めていた妹紅だったが、ふと、魔理沙の方へと視線をずらす。


「そういえば、名前も聞かずじまいだったな……」


 妹紅は一人呟いた。寝ている魔理沙は勿論、それに答えることはなかった。


――――――――――――――――――――――


 空も白み始め、誰に教わったのか、鶏が朝の訪れを告げる鳴き声をあげている。


 妹紅は相変わらず(ふすま)に寄り掛かり空を見上げていた。


 何の前触れもなく、土間の扉がゆっくりと開く音がし、妹紅は視線を空から外した。


「ごめんください」


 控え目な声が襖を隔てた外から聞こえてくる。


 ここの住人は、夜遅くに起こされたためかまだ起きてきていない。普段なら起きている時間なのだろう。


 妹紅は成り代わって応対してよいものなのか迷ったが、二度目の挨拶の声で立ち上がった。


 土間と部屋を隔てる襖を開けた妹紅。


「すまないね、先生はまだおやすみだよ」


 そこまで言って妹紅は、土間にいた知れた顔に驚いた。


「慧音、慧音か!?」


「妹紅!」


 慧音は顔を輝かせ、妹紅の元に寄り、腰に抱き付いた。


「噂は本当だったのね! 村に妹紅が来てるって!」


「久々だな、修行はどうだった? 問題なく全課程終了できたのか?」


 抱き付いていた慧音は妹紅を離し、うつむいて首を横に振る。


「師匠が自警団の方に召集されちゃって、今中断中なの。私一人でも続けるって言ったんだけど、今、山に一人で残るのは危険だって」


「なるほど、その判断は正しいよ。今妖怪の行動が活発になってる。あいつらが来てからだ」


 宙を見て歯ぎしりをする妹紅。


 ふと思い出した様に、妹紅は心配そうな視線を慧音に戻した。


「満月の夜は大丈夫なのか? 修行はまだ終わってないんでしょう? 次の満月までにこの事態が終息するとは思えないけど……」


「大丈夫、事態が終息してなくても、満月の夜には一時的に師匠も戻って来てくれるって。それにこれでも、結構力をセーブできる様になったのよ?」


 慧音は威張った様に、腰に手あて胸を張る。


「そう、なら問題ないか……」


 妹紅は一応は納得した。


 会話の途切れを見計らったのか、奥の戸が開く。出てきたのは、家の主だった。


「あ、すみません、先生。起こしてしまいましたか?」


 慧音が丁寧に頭を下げる。


「いや、いいんだよ。そろそろ起きないといけない時間だった。今日は隣りの農村に診療に行かないと行けないから」


「確かあっちにも医者がいたはずだけど?」


 妹紅が首をかしげる。


「あちらさんの医者は割りと若いやつだからな。自警団の方に行ってるんだ」


「必要不可欠とはいえ、若い男性はみんな自警団に召集されちゃって、生活にも支障が出てるのよ」


 慧音が肩をすくめる。


「そうか、みんな大変だな……」


 妹紅はややうつむきかげんで呟いた。しかしすぐに顔をあげる。


「なら、私が連れていくよ。隣りと言っても、歩けばそれなりの距離だろう?」


 妹紅が提案する。


「そうかい? ならその好意に甘えるとするよ。なにぶんこの歳までなると足腰がいうことを聞かんでな」


 腰を叩きながら老人の医者は言う。


「なら少しは時間に余裕があるんじゃない? 先生、朝食はまだでしょう? 私、なにか作るわ!」


 土間にある台所の前に立ち、慧音は躍起になって、袖のない服にも関わらず腕まくりの仕草を見せた。


「それはうれしいが、今から釜戸に火を起こしてたら、いくらなんでも間に合わないだろ」


 慧音は振り返り、えぇぇ、と残念そうな顔をして声をあげる。


 妹紅は一歩踏み出し、もったいぶった様に一度咳払いをしてから言った。


「私の能力をお忘れかな?」


 妹紅は釜戸の横に積まれた薪を数本適当に拾いあげると、また適当に釜戸に放った。そして、右手の人差し指と親指を擦り合わせると、人差し指に火が点った。


 妹紅がその指先の火に、ふっと息を吹掛けると、呼び込まれるかの様にその火は釜戸の中に吸い込まれ、中にあった薪を燃やし始めた。


「さすがね!」


 慧音が感嘆の声をあげる。


「でも、まだ何も用意してないから、火を焚くのはちょっと早いかな」


 慧音の言葉に妹紅は首をすくめ、軽く右手を握ってみせると、釜戸の中の火は一瞬で消えた。


 慧音は慌ただしく料理を始めた。あるものだけで料理を作るのはお手の物らしい。


 間も無く料理は出来上がり朝食が始まる。慧音が作った料理は二人に好評だった。


 料理を作っている過程で、妹紅が昨日の出来事、奥で怪我人が寝ている事を告げていた。慧音は4人分の朝食を用意したが、医者の意見で、起きてから食べてもらうようにし、今無理矢理起こす事はしなかった。


「ごちそうさま。美味しかったよ」


 妹紅と医者は手を合わせて言った。


「じゃあ、そろそろ出るとしようか。慧音は留守番して奥の怪我人を看ててくれないか?」


 妹紅が立ち上がりながら言う。


「分かったわ。何ていう人?」


「まだ聞いてない」


「口がきけないくらの重傷なの?」


 慧音が不安そうに言う。


「そういうわけじゃないんだけど……。タイミングがなかっただけよ」


 妹紅は頬をかきながら言う。


「そう。分かったわ。気をつけて行ってきてね」


「あぁ、すぐ戻る」


 玄関を出て医者を背負うと、妹紅は地面を蹴り宙へと飛んだ。慧音はそれを見送ると土間へと戻る。


「どうしようかなぁ」


 慧音は土間で思案する。怪我人を看るという事を承諾したものの、具体的に何をすべきか知れていなかった。


「一応、見よう見まねで……」


 慧音は桶に水をはり、手頃な手ぬぐいを見つけ出すと、怪我人が寝ている部屋の襖を開けた。


 そこには、この村の住人ではない、少なくとも慧音が知らない少女が寝ていた。布団からはみ出た左腕が、包帯でグルグル巻きになっているということが見てとれる。


 慧音は枕元に座り、その少女の顔をのぞく。その寝顔は苦痛で歪んでいるわけでもく、スヤスヤと眠っているだけの様だった。少し安堵を見せる慧音。


 慧音は桶にはった水に手ぬぐいをつけ、しっかりとこれを絞る。そしてその手ぬぐいを、寝ている少女の額の上にのせた。必要な事なのかは分からなかったが、病人にはこうするものだという先入観が、慧音にはあった。


「あ……、これって病人にすることで怪我人にすることじゃないか」


 既に手ぬぐいを少女の額にのせた後に気付く。慌てて取り除こうとしたが、既に少女に反応があった。


「冷た……」


 ぼんやりした口調で、小さく呟いた。その反応にびくつく慧音。


 ぼんやりとした意識ながら、目を覚ました魔理沙は、おもむろに起き上がった。額にのっていた手ぬぐいが布団に落ちる。そして目の覚め切れない顔を、慧音に向けた。


「あぁ、慧音か……。ここはどこだ……?」


 ゆっくりと口を開く魔理沙。


 対して慧音の方は唖然としていた。いきなりの出来事に対処法が思い付かなかったのだ。


 魔理沙の質問にも、直ぐに返答することができず、何故、見ず知らずの人物に自分の名前が知られているのかという疑問さえぶっ飛んでしまった。


「ん……。昨日、妹紅に背負われて山を下りたあたりまで記憶があるんだけどなぁ……」


 魔理沙は包帯の巻かれた左腕で頭を抱える。そしてふと頭をあげ、慧音を見つめた。しばし見つめ合う二人。


「!?」


 魔理沙はいきなり布団から跳ね起き、慧音から遠ざかった。慧音もそれに驚きのけぞる。魔理沙の顔は驚きで満ち、目をむき、息を荒げていた。


「な、何よ!?」


 慧音は当然の質問を投げ掛ける。


「ど、どうしたんだ慧音!? 何か小さいぞ!」


 魔理沙は声を荒げて叫んだ。


「なっ!?」


 慧音は畳に手をつき前のめりになる。


「人が気にしてる事をずけずけと! これでも身長のびてるんだから!」


 慧音は顔を赤くして叫ぶ。


「伸びてるって……。ちょっと立ってみ」


 慧音を立たせ、魔理沙は慧音の横に並ぶ。並んでみると、魔理沙の方が頭一つ分だけ大きい。


「貴女、何歳よ」


 慧音が怒った顔で見上げるように言う。


「14だけど」


「私より歳上なんだから高くて当たり前でしょ!」


「はぁ?」


 慧音が年下な訳がなかった。魔理沙が知りうるには、慧音は400年以上生きていると聞く。


 だいたい、妖怪は、長年生きる事によって、普通の物だったり生き物だったりが妖力を得て妖怪になるというのがセオリーだと魔理沙は認識していた。だから魔理沙より年下の妖怪なんてほとんど皆無と言ってよい。


 今回の件はそれ以前に、慧音が年下など、訳がわからない話である。


「何か変なキノコでも食べたのか……?」


 魔理沙の純粋な質問も、慧音の怒りに油を注ぐ。


「人を馬鹿にして!」

 慧音は目に軽く涙をうかべながら、怒って魔理沙の体をパカポカと叩く。


「痛い! 傷に響く!」


 魔理沙が叫びをあげる。


 ちょうどその時、土間側の襖が開いた。そこに立っていたのは妹紅。


「何か騒がしいけどどうしたの?」


 妹紅には、その場の状況を理解する事は出来なかった。


「妹紅! この人ひどいこと言うの!」


「妹紅! 慧音はどうしちゃったんだ!?」


 各々の言いたいことを発したところで、やはり妹紅の理解には至らなかった。


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