物語の主人公2
魔理沙の頭上で、何かがぶつかる激しく鈍い音がする。それと同時に、突風が吹く。
魔理沙が顔をあげると、そこにはルーミアの姿はなかった。その代わりにいたのは別なシルエットの後ろ姿。
「こんな夜中に一人でうろつき回って、正気!? 危ないから下がって!」
魔理沙はこの声にも聞き覚えがあった。
「妹紅……」
かすれる様な声でその名を呼ぶ。藤原 妹紅にはこの声は届いていない様だ。
何かがぶつかる音の正体は、妹紅がルーミアを強烈な勢いで蹴飛ばしたものだった。吹っ飛んだルーミアは、地面に四つん這いになっている。妹紅は、ルーミアと魔理沙の間に立つ形になる。
妹紅に言われるままに、フラフラの足腰を無理矢理立たせ、魔理沙はルーミアから遠ざかる方へと歩む。途中で体勢を崩しそうになりながらも、妹紅と一定の距離を空けた。
「最近被害が多いから見回ってたら案の定よ。立ちなさい。まだこんなもんじゃないでしょう」
妹紅は四つん這いのままのルーミアを見て言う。
「貴女も人間? よく分からない匂いがする……」
ルーミアはゆっくりと立ち上がり、口の辺りを拭う。
「さぁどうかな。私にも分からない」
その言葉を皮切りに、妹紅の背中に巨大な羽根が生えた。紅く燃え上がる炎の翼。周りが一気に明るくなる。その熱気は凄まじく、離れた位置にいる魔理沙にも、ジリジリと肌を焼く感覚を与えた。
「なんか、人間ぽくない人間ね」
ルーミアは取り乱す事なく言い放つと、ルーミアにも変化が起きる。妹紅の炎で明るくなったはずの景色が、ルーミアを中心に、また闇が広がり始めた。最終的には、暗闇の中心にいたルーミアも、闇の中に溶け込んでいく。
『ここは私のテリトリー……』
妙に響く声が闇の中から聞こえてくる。しかし、四方八方、どこから聞こえたのかは判別不可能だった。
「これが噂の『闇を操る』能力ね。小ざかしいことこの上ないわ」
妹紅は四方を見渡しながらいう。
『何とでも言いなさい』
突如、妹紅の背後の闇から光の玉が複数現れ、妹紅を群れを成して襲う。しかし、妹紅は背後が見えているかの様に、無駄のない数ステップでこれをかわす。
「戦いで視覚だけに頼るのは、弱輩者だけよ」
妹紅はすかさず振り返り、玉が飛んで来た方向の闇に向かって炎の玉を放つ。しかし、妹紅に手応えはなかった。舌打ちをする妹紅。
『あくまでテリトリーを作っただけ。勘違いしないで』
今度は四方から同時に光の玉が出現し、囲むように妹紅を襲う。
「なるほど、闇に紛れて動き回ってるだけじゃないのね」
逃げ場がなくても、妹紅は取り乱す事はない。一度膝を曲げ、体重を下げてから一気に上へ跳躍した。妹紅の下方で、ぶつかりあったルーミアの攻撃が煙をあげる。妹紅はそのまま重力に従い下降し、その煙の中に消えていった。
妹紅が姿を見せぬまま、突如、煙の中から炎の螺旋が現れ、闇の一点に向かって直進した。今度は手応えがあった。ルーミアの叫び声がこだまし、それと同時に、肉と布の燃える悪臭が漂う。
「視覚に頼っていたのは、案外貴女だったかしら?」
煙が晴れ、そこに片膝をついた妹紅が現われる。
妹紅が現われた瞬間、ルーミアは声にならない叫び声をあげ闇から飛び出し、もの凄い勢いで妹紅に迫っていった。魔理沙にしたように、体勢を低くし、右腕を反った状態で。ただ一つ違うのは、この時のルーミアの左腕は完全に焼かれ壊死していた。
妹紅はルーミアの間合いに入る前に立ち上がり、やはりこのルーミアの攻撃も、無駄のないステップでかわす。大振りの攻撃を外すルーミア。
大振りの攻撃でスキができたルーミアの頭上に、妹紅は右脚を大きく振りあげた。そしてそのままルーミアの脳天目掛けて振り下ろす。
地面が揺れ、へこむ程の衝撃を受け、ルーミアは顔面から叩き落とされた。そしてそのまま、ルーミアはピクリとも動かなくなる。
広がっていた闇が次第に晴れていき、また月明りに照らされた森が見えてくる。
妹紅が魔理沙の方へ目をやると、魔理沙は大きな木の幹に寄り掛かるように座っていた。顔は放心状態である。
「あんた大丈夫?」
妹紅がその場で魔理沙に声を掛けるが魔理沙からは返事がない。妹紅は頭をかき、次ぎの行動について思案する。
その時だった。一時動きを止めていたルーミアがいきなり動き出した。妹紅はそれに気付くのが遅れた。
妹紅が振り返った時には既に遅く、倒れていたルーミアは体勢を立て直していた。
「ちっ!」
妹紅が身構える前に、ルーミアの右脚が妹紅の腹部を襲った。奇襲を受けた妹紅は、そのまま激しく蹴飛ばされる。
二度地面に衝突し、最後はめり込む様な形で木に激突した。
ルーミアは左腕をかばう様に後退し、無言のまま、また闇を発生させその中に消えていく。数秒後、その闇は消え、そこにはルーミアの姿はなかった。
頭から流血した妹紅は、手で顔についた血を拭い、木に手をかけながら立ち上がった。
「逃したか……」
悔しそうに歯ぎしりする妹紅。流血こそしていたが、それほどまでのダメージはうけていなかった様だ。
改めて、木の幹に寄り掛かって座っている魔理沙の方へ向き直り、そこまで歩を進める。
「ごめんな。腰が砕けて何もできなかった……」
妹紅が魔理沙の前に立った時、先に口を開いたのは魔理沙の方だった。魔理沙はうつむいたまま、重そうな口を、ゆっくり開きながらしゃべっていた。
「まぁ、普通の人間だったら妖怪には太刀打ちできないよ。気にしなさんな」
妹紅は頭をかきながら、宙を見て言った。
「それより何でこんな時間にこんな場所にいたの!? それが問題よ!」
上から浴びせる様に魔理沙に問い掛ける。
「それは私の方が知りたいだ!! ここはどこだ!? 何でこんな場所に私はいるだ!? 何であんなにルーミアが凶暴になってたんだ!? 何がなんだか全然分からないんだ!!」
妹紅のズボンにしがみつきながら、しかし足腰が立たないのか、体勢を保てないまま、懸命に妹紅に訴える。その目には涙が溜まっていた。
いきなりの質問攻めに呆気にとられる妹紅。
「お前、記憶がないのか?」
妹紅はしゃがみ込み、魔理沙と同じ目線に立つ。
「記憶はある。ただ状況が飲み込めないんだ……」
最後は消えていく様な声。妹紅は、自分自身も状況が飲み込めていなかったが、それを口にする事では、何の解決にもならない事は分かっていたため、そのままその言葉を飲む。
「とりあえず人間の里まで下ろう。知り合いに医者がいる。そこで怪我を見てもらえばいい」
妹紅は魔理沙の肩に手を置き提案する。魔理沙は何か思案した様であったが、暫くしてうなずいた。