プロローグ4
アリスは日が落ちた頃にキノコ採集を切り上げ、魔理沙の家に向かっていた。
飛びながら進んでいたアリスは、魔理沙の家を見つけるとゆっくりと地上に降り立った。
「魔理沙ぁ、持って来たわよぉ」
戸を叩きながら声を掛けるも、中からの返事はない。戸の横の窓を見ると、部屋の明かりはついている。魔理沙が寝こけていると思ったアリスは、再度、強く戸を叩いた。
「魔理沙! 折角持って来たんだから開けなさいよ!」
それでもやはり、返事はない。アリスは手を腰に当てため息をつく。
「勝手に入るわよ!?」
アリスはドアノブを回し、ゆっくりと戸を開けた。
部屋の中は、ランプの黄色がかった光でつつまれていた。時々、ランプの炎の揺れに伴い、周りの影が動く。
「相変わらず汚いわねぇ……」
地面に散らばったガラクタを避けながら奥へと進む。まず辿り着いたベッドだったが、魔理沙の姿はなかった。
「あら? 寝てると思ってたけど……」
少し戻って玄関先を覗くと、そこにはほうきが立て掛けられていた。外出はしていない様だった。
そのまま奥に進み、いつも魔理沙が本を読む、机のある部屋に辿り着いた。しかし、そこにも魔理沙の姿はない。だが、机の上にあるランプには光がともっている。
アリスは机の上にある本に気付いた。これが、魔理沙が今日、紅魔館から盗って来た本だと直感的に悟る。
椅子の横に立ってその本に手を伸ばし、閉じられた本のページをめくってみる。
至って普通の本だった。パラパラとページをめくっていくと、幻想郷の歴史が刻まれているという事がわかる。
実際、アリスは随分前に同じ本を読んだ事があった。その時も、魔理沙と同じように、紅魔館から借りたのだった。
幻想郷の出版技術はそこまで発展していない。新聞を手掛ける烏天狗でさえ、一冊の本を何冊も出版しろと言われたら頭を抱えるだろう。それほどまでに、文献とは貴重なものなのだ。
つまり、アリスが知る中で、この『紅夢異変』という本は一冊しか存在しない。この本も、以前自分が借りた事のある物と同じ物だろうという確信があった。
「しかしどこに行ったのか……」
結局、この部屋にも魔理沙は見当たらない。たいして広くない家。散らかっているとはいえ、人が隠れられる場所など限られている。ほうきもある。帽子もある。ランプは点けっ放し。
あまりにも不可解な状況に思えた。
「魔理沙……?」
不安げに発したアリスの声も、誰の耳に届くこともなく、揺らめく影に消えていく様だった。