プロローグ3
魔理沙は紅魔館を出た後、ほうきに乗り、真直ぐと魔法の森にある自宅へと戻っていた。今は魔法の森の上空である。
「魔理沙ぁぁ」
自分の名前が呼ばれた事に気付いた魔理沙は、視線を前方から下方へと向ける。そこには、手を振ってこちらを見上げるアリス・マーガトロイドの姿があった。
魔理沙は速度を落としてゆっくりと下降し、アリスの前に着地した。
「おう、今日は大漁そうだな」
魔理沙はアリスが持っているバスケットを見て言った。バスケットの中には沢山のキノコが入っている。
「そうね、ここ数日湿気が高かったから。今日は上物も採れるわよ」
アリスは森の方を見ながら言った。森の奥の方までは、森林のせいで光は届いていない。そのため森の奥は、何でも吸い込んでしまいそうな、そんな錯覚を起こす闇が広がる。
「貴女は今日は採らないの?」
「あぁ私か? そうだなぁ……。ストックは残ってるが、上物と聞くと心が揺れるな……」
魔理沙は腕を組んで悩み始める。
「何か予定でもあるのかしら?」
「いやな、今、知識欲の方が先行してるんだ」
「また紅魔館から本を持ってきたの?」
「鋭い!」
魔理沙は指を鳴し、アリスを指差す。
「パチュリーが嘆いてたわよ。大切な書籍がどんどん流出するって」
「大丈夫、私が死んだら返すつもりだから」
「案外近い未来かもね」
「ダークなジョークは禁止!」
魔理沙は、ビシッとアリスを指差す。
「まぁ、そういうことなら、さっさと読み終えて本を返してあげなさい。キノコは沢山あるから分けてあげるわ」
「お、気が利くね」
「その代わり、この前言ってた山鼠の肝と交換ね」
アリスは笑顔を見せる。
「なんだそういうことか。まぁいいぜ。ただ、あれも結構いいやつだから、数はずめよ」
「了解。もう少し採ってから持って行くわ。家にいるんでしょ?」
「ああ。真直ぐ帰って読書と洒落こむとするよ」
魔理沙はほうきを地面と平行に持ち上げ、そこに腰掛ける。ゆっくりと滑るように魔理沙の足は地面から離れ、あっという間に周りの木々よりも高い位置に昇っていた。
「じゃ、お先に失礼」
指で敬礼した後、魔理沙は真直ぐと飛び立ち、魔法の森の上空を進んで行った。
家に着いた魔理沙はまず、玄関にほうきを立て掛ける。次にベッドのわきに帽子を放り、ベッドの部屋からさらに奥にある部屋に向かった。
机の上に乱雑に積まれた本を右から左へとそのまま移動させ、新しく仕入れた本を読むスペースを確保した。
乱雑なのは机の上だけではない。魔理沙の部屋は、色々な場所から仕入れた、いわゆるガラクタと呼ばれる物でうめ尽されていた。何か分からない物もかなり含まれていたが、本人いわく、いつか役に立つかも知れない物たちということだった。
魔理沙が家に着いた頃には、空の色は赤くなり始めていた。魔理沙は大きめのランプに明かりをつけ、部屋全体を照らす。それとは別に、机の上にあるランプにも明かりを灯した。
「さてと……」
魔理沙は机の上に本を置き、その前にある椅子に腰をかけた。何度か首を回したあと、魔理沙は本の表紙をめくった。
『紅夢異変』
著者:八雲 紫
そこには、表紙にも書かれていた本のタイトルに加え、著者名も書かれていた。その名前に驚く魔理沙。
「なんだ紫が書いた本なのか。一気にうさん臭くなったな」
そんな事をいいながら渋い顔になる。しかし、ページをめくる手は止まらない。だが、その手も直ぐに止まる事となる。
「ん?」
次ぎのページを開いたとたん、渋くなっていた魔理沙の顔は、さらに渋さを増した。次ぎのページが白紙になっていたのだ。次々とページをめくっていくが、真っ白なページが続く。
「びっくりするくらいの肩透かしだな。どうなってんだ?」
パラーっと、ページを一気にめくってみる。しかしやはり白いページしかない。
「なんだ紫の悪ふざけか? いや、どちらかと言うとパチュリーの方が怪しいか」
いきなりだった。机の上でただめくられ続けていた本が、いきなり重力に逆らうようにしてめくられるのを止め、叩きつける音を立て、強制的に一つのページを開いた。その反動で、机に無造作に置かれていた物たちが、机からなだれ落ちる。
そんな反抗的な行動をとる本に、魔理沙は目を丸くした。
「な、なんだ!? いきなり!」
開かれたページを恐る恐る覗いてみると、手書きでただ一言、
『頑張ってね』
文末にはハートも添えられていた。
「いったい何がなんだか……」
混乱していると、畳み掛けるように次の事象が起きる。
手書きの文字がスッと消え、目にも止まらぬ速さで、次々とページに文字が連ねられていく。魔理沙には読解不可能な文字で。
次は口を開く事さえ許さなかった。見開き一ページを全て謎の言葉で埋め尽した瞬間、ページがいきなり輝き始める。目の前を真っ白にするほどに強烈な光。咄嗟に目をつぶった魔理沙の瞼をも貫通する程の光だった。
「いきなり何なんだ!!」
魔理沙の叫びも、その光に飲み込まれていく様だった。
そのまま光の強さは増し、魔理沙の部屋の中で完全に視界が利かなくなった。真っ白な世界が、その場をつつでいた。