プロローグ2
魔理沙が去った後、パチュリーは静かに読書にふけっていた。その耳に二人分の足音が聞こえてくる。しかし顔はあげない。
「またこんな暗闇で本を読んでるのね」
パチュリーが声の方へと頭をあげると、そこにはレミリア・スカーレットが立っていた。横には十六夜 咲夜もいる。レミリアはパチュリーが座っている椅子と丸テーブルを挟んで対面に座った。
咲夜の右手の上には、紅茶と洋菓子。ティータイムをすごすための一式がそろえられていた。
レミリアが図書館に来た目的を理解したパチュリーは、読んでいた大きな本を両手で閉じ、丸テーブルの上を片付け始める。テーブルの上にある一冊の大きな本を動かすだけの作業であったが。
パチュリーが本をどかし終わったのを見計らい、咲夜は素早く二つのティーカップに紅茶を注ぎ、二人が座る椅子の前にセットする。流れるように、次は洋菓子も同じようにセットする。
レミリアは早速、目の前に置かれたティーカップを手に取ると、静かに口を付けた。パチュリーも続いて紅茶を口にする。
「そういえばまた魔理沙が来てたわよね。また何か持っていかれたのかしら?」
レミリアが笑顔で質問する。小馬鹿にしている感が否めない。
「今度は貴女の本を持っていかれたわ」
パチュリーは反抗の意味を含めた言い方をする。しかし表情は変わらずポーカーフェイス。
「私の?」
思わぬ返答に虚をつかれ、レミリアが首をかしげる。
「貴女が幻想郷にきた時の事を記した本よ。貴女があまり良い気がしないだろうと忠告は……」
パチュリーはそこまで言って言葉を飲んだ。レミリアの表情が急変した事に気がついたからだ。ティーカップを持った手は宙で止まり、真直ぐにパチュリーを見ている。その目は大きく開かれ、吸血鬼の赤い瞳が、獲物を捕らえたかの様に鋭くパチュリーを刺す。
「レミィ?」
パチュリーが堪らず声を発す。
「そう……。確かに、思い返せばそんな歳だったかしらね」
レミリアの表情はまたいっぺんして笑みがこぼれる。パチュリーはこのレミリアの笑みに思い当たる事はなかった。
「咲夜。八雲 紫に連絡してちょうだい。魔理沙が例の本を手にいれたって」
「了解しました。『例の』で通じますか?」
「ええ。あいつも察しがいい方だから」
咲夜は一歩さがり頭を下げると、一瞬の風を起こし、その場から消えた。
「どういう事なの?」
パチュリーは話についていけず、置いてけぼりになっていた。
「貴女も、私が幻想郷に来た時の事を直接的に見たわけではないものね。知らないのも当然でしょう」
レミリアは紅茶をすする。
「なんの事はない。また歴史が繰り返されるだけよ。私の、消しさりたいくらい嫌な歴史がね」
遠回しすぎるレミリアの言葉。パチュリーは、その言葉一つ一つに意味を考えるが、どうもピースがはまらない。
パチュリーは深く考えるのをやめた。考えて分かる事でないことを理解したからだ。それに加え、レミリアの性格を熟知していたためでもある。本当に話したくないのなら、遠回しな表現であっても口にはしない。
レミリアは単純に、言葉の駆け引きを楽しみたいタイプであると言えた。たとえ最初は分かりにくい表現を使ったとしても、最後には伝えたい事は全部、相手に伝え切る。永く生きていれば、普通の会話にすら楽しみを見出だしたくなる。もったいぶった会話も多くなる。
パチュリーは、そういう相手に対して、どういう対応をとればいいかも知っていた。ただ一言、
「どういう意味かしら?」
と、相手の話をうながせばいいのだと。