ユーレイマスター
「さて、最後の写真行ってみましょう!」
ここは、とあるテレビ局のスタジオ。
暗めに抑えた証明の中で行われているのは、ゴールデンタイムに放送するバラエティ番組の収録だ。今回の内容は幽霊や妖怪、ポルターガイストなど様々な心霊現象を扱うものだが、当然そう言う時に欠かせないのが『心霊写真』のコーナー。スタジオに集まっているタレントの方々や女性の観客たちに向けて、様々な写真が映し出されていく。
スタジオに流れる説明を無言で真剣に聞き続ける彼らの中に、和装に身を包んだ一人の男が混ざっていた。写真を撮った場所に纏わる話やそこに至るまでの経緯が淡々と語られ、既に怖さで声が出てしまうタレントや観客の方も出てしまう中でも、男は何故か感心しているような表情で、写真や説明にじっと耳を傾けていた。
彼こそ、今回の心霊現象番組の要となる、心霊専門家なのだ。
そして……
「きゃああああ!!!」「うおおおぉぉ!?」「え、ええええ!!?」
写真の奥、綺麗な湖をバックに楽しげな笑顔を見せる男女の後ろに見える不気味な女性の顔。それがアップで映された途端、会場は一気に阿鼻叫喚に包まれた。野太い悲鳴や甲高い叫び声が響く一方、長年様々な怪奇現象に携わってきたという彼は全く怖がる様子を見せていなかった。
「先生、全然怖がって無いですねー」
それに気付いた司会の芸人からの突っ込みに対して……
「まぁ、こう言うのは慣れてますので、はい」
笑顔交じりの言葉を返す彼であった。
或る程度会場が落ち着いた所で、いよいよ心霊専門家である彼の本格的な出番である。
事前にどういう写真なのかと言うのは見せてもらったが、改めてスタジオに大きく映った写真をじっくりと拝見している彼。笑顔の男女の背後に見える、苦しく悲しげな表情を見せ、長い髪の毛を垂れ下げている一人の女性……のようなものが何を意味するのか、タレントや観客、さらにはスタッフの人たちも、心霊現象に詳しい彼の答えを待ち焦がれているようだった。
そして、彼は皆に語り始めた。
「怨霊っすか?」「なんだか怖ーい」
「この湖のほとりで、昔事故があったのでしょう。恐らく、その時の未練が幽霊となって……」
「ギャー!!」
「せ、先生脅かさないで下さいよ!」
「あぁ、これは失礼」
さすが最後の写真だけあって、スタジオの人たちの怖さもかなりのものらしい。
とは言え、この世に未練を残したまま空虚な世界を漂い続けるのはとても辛い事である、というのを彼はしっかりと説明しておいた。怖いかもしれないが、写真に現れたと言う事はきっと幽霊になった自分自身を悔やみ、苦しんでいる現れである可能性が高い、と。
「しっかり私がお祓いをしておきます。彼女も浮かばれるでしょう」
「分かりましたー」
スタジオの中が恐怖からどこか切ない雰囲気に変わってきた所で、スタッフの人たちから一旦休憩の声が入った。
番組の収録はまだまだ続くが、心霊専門家である彼の出番はここまで。今回は計4枚の心霊写真を拝見するという任務であった。勿論、預かった写真は責任を持って『除霊』を行う事となっている。
「お疲れさまでした」
「お疲れ様です!」
他のタレントやスタッフの人たちよりも先に楽屋を後にし、彼はスタジオがあるテレビ局から歩いて数分のマンションへと帰宅の途に就いた。
日も傾き、うす暗くなり始めた道を進みながら、彼は口元に笑みを見せ、密かに呟いた。
「……大成功、だ・な!」
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「たっだいまー!」
自宅へと戻った彼は、あの心霊番組の収録時とは全く違う姿となっていた。
和装から元の洋服に着替え、帽子も被って決めているだけでは無く、まるで窮屈さから解放されたかのように、テンションが高く明るい男性の様相を見せていたのだ。そして、ドアを開いて元気よくリビングにやってきた彼を明るい声で迎えたのは……
『『『『『『『『『『社長、おかえりなさい』!』!』です!』……』』』ですだ!』』』
たくさんの女性たち……いや、正確には女性の「幽霊」たちだった。
ベッドの上に座っていた幽霊に少しどいてもらい荷物をそこに置いた彼は、一人の幽霊……『彼女』の所に向かっていった。滑らかそうな黒い長髪に、他の幽霊たちとお揃いの白い服を着込む大人しそうな女性だ。最初、彼がこちらに近づいてくる事に少し緊張し、怖がるそぶりも見せていたのだが、そのまま彼は女性の冷たい手を自らの掌で暖かく包み、そして思いっきり褒め称えた。
「大成功だよ、君!完璧な仕事ぶりじゃないか!」
『ほ、本当ですか……?』
嬉しさを隠さず出し続ける彼の言葉を中々呑みこめなかった彼女だが、周りの幽霊たちから笑顔を向けられ、ようやくその表情が嬉しさと感動で緩み始めてきた。ありがとうございますと返事をした彼女の瞳から、一粒の涙がこぼれていた。
『まぁ、あそこはあんたの思い出の場所だからなー』
ボーイッシュな髪型と胸元を見せる大胆な衣装が特徴的な幽霊の言葉で、彼は『彼女』との出会いを振り返り始めた。
「懐かしいな……あそこで僕は君を『スカウト』したんだっけ」
『そうですね……随分昔に感じてしまいます』
何十年も前に不慮の事故で命を落とし、あの湖の傍から抜け出す事が出来なくなってしまった彼女は、「幽霊」の姿になって一人ぼっちのまま彷徨い続けていた。何度も人前に現れては怯えられたり怖がられたりと言う日々が続き、時には成仏、すなわち完全に無に帰してしまおうとする者まで現れてしまった。そうなれば確かに楽だったかもしれないが、それでも結局消滅する事は出来ず、彼女は幽霊のままであり続けてしまった。そして、絶望の淵に落ちようとした彼女を救ったのが、心霊専門家……正確には「心霊プロデューサー」とも言える彼だったのである。
『あの時、私を怖がらずに語り掛けてくれる人がいるなんて、全然思いませんでした……』
『ま、シャチョーさんは前から変わり者だったべからなー』
田舎訛りの言葉で彼をからかうのは、『彼女』の先輩格の幽霊である。
ここにいる幽霊たちは、心霊専門家である彼の活動を支援するべく、写真の中にこっそり紛れこんでは様々な演技を行い、その姿をフィルムやデータの中にしっかりと収めさせる、言わば心霊写真を創り出す仕事をこなしている。単に怖さだけを見せるだけではテレビ番組にその写真が投稿される事は無く、その中に強い感情を込め、それを伝え切る表情や動きをこなさなければ、『心霊写真』として人々から恐れられるような作品を創り出す事は出来ないのだ。
だが、厳しい条件の一方で、成功を収めれば一緒に映った人間たちは思いっきり震えあがり、写真はまたたくまに有名になり、そして全国区のテレビに自らの功績が映し出される事だって夢ではないのである。このマンションの部屋にいる幽霊たちは、全員その嬉しさや楽しさ、そして自らが「幽霊」であるからこそ出来る事があるという自信を知り、彼の元に集まっているのだ。
『最初の頃は苦労したですねー♪』
『すいません、怖がらせるなんて出来ないなんて泣いちゃったりして……』
『いいぜ、オレだって同じような感じだったし』
「君はすぐにたくさん怖がらせてくれたよね」
『まあなー』
ボーイッシュな髪型のこの幽霊もまた、自らの不注意が原因でバイクの事故で命を落とした元レディース暴走族。彼女の場合は誰かを怖がらせる事に全く抵抗なく応じる事が出来たのだが、元々幽霊である身を悔やんでいた『彼女』はなかなか慣れるのが難しかったようである。しかし、仲間たちの励ましや、彼女を絶望の淵から救ってくれた彼の助けも経て、とうとう夢の「全国区」へと進出する事が出来た。長い髪をたなびかせ、全身全霊を懸けてネガティブな感情を放出し続けた努力は、見事に報われたのである。
『これで、私たちはみんな全国区に進出ですわね♪』
ふくよかな体型の幽霊の言葉に、他の幽霊たちは勿論、彼も感慨深そうに頷いた。
かつての彼は、祈祷師として様々な心霊現象と出会い、それらを「除霊」させる事で対応をし続けてきた。だが、そんな事を繰り返していくうち、彼は自らの行いに疑問を感じ始めたのである。成仏させれば全て終わり、確かにそれは楽なことであり、相手にとっても喜ばしい事かもしれない。だが、一旦この世界を離れると言う事は、完全にリセットボタンを押されたも同然である。今まで積み重ねてきた人生が全て終わり、悲しいことやつらい事ばかりの記憶の中でも片隅に残る僅かな楽しさや嬉しさも、あっという間に消え失せてしまうのだ。
そんな残酷な事を、自分はやり続けていたのか。
悩み続けた彼は、一つの結論に至った。幽霊たちを消すのではなく、悩める幽霊たちを助け、新たな『生きがい』を見つけさせる事を決めたのである。
それから長い年月が過ぎ、人間は誰も知らないが、今や幽霊なら誰もが知っていると言う存在にまでなった彼は、文字通り幽霊たちの「プロデューサー」として活動を続けている。直接出歩かずとも、最近は幽霊側から直接自分にスカウトの要請を出す者たちまで現れている程である。その熱意や目標などを面談形式で聞き、しっかり受け止めた後は、新たに加わった新人の幽霊たちもしっかり支え続けている。
『なんだかわたしたち、アイドルみたいですー』
『ほんとほんと、全国のテレビで大活躍だからねー』
『ふふふ、その通りですわね♪』
ただ、アイドルは人々を喜ばせる職業だが、彼女たち幽霊の仕事は人々を怖がらせる事。
より高度に怖がらせるほど、彼女たちは自らの職業、そして存在意義に対して自信を持つのである。
「さーて、そろそろ仕事の時間だ!」
夕陽が完全に山の向こうに消え去った辺りから、彼の仕事が始まる。「心霊活動家」と言う表の顔とは別だが、密接に繋がっているもう一つの仕事だ。
「今日は君と……あ、そうだ、「君」で配置を変えてくれないかな?」
『え…あ、そうか、この前の相談っすね』『了解しました、社長』
「その怖がらせ方はちょっとその場所では合わないかなと思ってさ」
『なーほど、ありがたいっす!』『感謝します』
軽い口調の幽霊と丁寧な面持ちの幽霊の二人から、以前人間がいまいち怖がってくれないと言う悩みを受け取り、実地調査に向かった彼は、それぞれの場所が合っていないと言う結論に達していた。普段は心霊写真をメインに仕事を行う彼女たちだが、それ以外にもポルターガイストや奇怪な物音など、場を盛り上げるために様々な恐怖演出を行う事もある。だが、配置された場所と持ち前の特技が上手くかみ合わないと、怖がるどころか相手にもされないと言う悲しい事態が待っているのだ。
これで二人とも大丈夫だろう、と睨んだ彼。あくまで自分はアドバイスをする立場であり、後は各自の幽霊の実力に任される。ただ、ガッツポーズで表現したり、きりっとした表情を見せたり、思い思いに張り切る様子を見せている彼女たちなら、幽霊として思いっきり活動してくれるに違いない。
勿論、全国区のテレビで紹介されると言う偉業を成し遂げた『彼女』も、持ち場である例の湖へと向かう事になった。
「応援しているよ♪」
『あ、ありがとうございます!』
彼からの応援を背に受け、『彼女』は他の幽霊たちと共にリビングから飛び去って行った。月夜の空に消えていくその姿を見る事が出来るのは、「心霊専門家」である彼のみである。
「さて、と」
静けさに包まれた部屋の中で、彼はベッドの中に潜り込んだ。
次に起きるのは、太陽が昇る少し前の時間。眠りから覚めた瞳には、きっと人間たちを存分に怖がらせた幽霊たちが生き生きとした姿で集まっている事だろう。
今夜は一体どんな活躍をするのだろうか。第二の人生を楽しむ彼女たちに思いを馳せつつ、彼はしばしの休息に入った。