始祖の守護者
「オッス!俺、雨宮夕貴ことイヴ。ついに経験止めをカンストしたぜ!」
ひゅるる~と寒い風が吹く。
「まあ、NPC以外いないから仕方ないか」
この間、この周辺の全ての○○ハンターの熟練度がほとんどカンカンストした。
長かった、長かったよ・・・。まだ【ラビットハンター】だけ熟練度998だけど。
「もう皆かなりレベル上がってそうだよなぁ」
感慨に浸りながらも歩く。草原を模したオブジェクトは、風に揺られて右へと凪いでいる。
飛び掛ってきた【サベッジ・ラビット】を一閃する。そのシルエットはポリゴンとなり砕け散った。
『経験値を30取得しました。20G取得しました。兎の毛皮を取得しました』
草原で独り佇む白い服に身を包んだ男は、視界の端に流れるログを一瞥したあとにふと顔を上げる。
「そろそろ飽きたな」
経験からおそらくあと100体と少しでカンストするだろう。
「【始まりの村】でやることもなくなったし、どうしようかな」
飛び掛ってくる【サベッジ・ラビット】を次々と切り捨てていく。レベルは20まで上げてあり、アクティブスキル【サーチ】を使用する。
MPが少量へって、周囲のモンスターの位置が赤く表示される。
「次から次へと・・・今日は多いな」
普段は群れていても10匹程度なのだが、今日は周囲に30匹はいる。
「面倒な・・・」
赤いシルエットに突撃して串刺しにする。
ポリゴンとなるのを確認して次々と倒していく。数十秒後には赤いシルエットは1つを残して消えていた。
そっとそちらを向くと兎の5倍程度の巨体を誇る【サベッジ・ラビット】よりはるかに大きい【ブラック・ラビット】がいた。
攻略情報では【ブラック・ラビット】は【サベッジ・ラビット】の上位種で、【始まりの村】のボスモンスターだったはずだ。
スキル設定画面を出し、倒しているうちに上がっていた【ラビットハンター】に目を向ける。
【ラビットハンター】○○ハンターは一定の対象を1万体倒すことで取得することが出来る。対象モンスターへの攻撃ダメージが%で上昇。上昇は熟練度依存。現在49%上昇。
999の熟練度のままとまっている。1000になると100%上昇になるのだが・・・。
「仕方ないか」
アイテム・装備画面に変えて武器を初期武器初心者の剣からラビット・ソードに変更する。
ラビット・ソードは【サベッジ・ラビット】から低確率でドロップし、効果はAGL弱上昇と兎モンスターへのクリティカル率2倍というものだ。もちろん初心者の剣より武器攻撃力は高い。
「はっ!」
【ブラック・ラビット】に斬りかかる。左手に握った剣を下から一閃。
そのまま添えていた右手で握り、燕返し。
これはただのプレイヤースキルだ。そのままバックステップして敵の噛み付きを避ける。
「背後に回ると砂かけが・・・」
背後に回って足が振り上げられたところへ剣を突き刺してバックステップ。
敵は自身の体重で剣を足に深く突き刺す。【ブラック・ラビット】のHPは既に2割を切っている。
「まあ、初心者用のマップだしな」
敵はうなり声を上げながらも激痛に悶えている。
貫通ダメージが入っているのか、HPは徐々に削られていく。
「悪いな」
まったく悪びれもせずに剣の刺さった足を蹴飛ばす。最後のHPが削られ、モンスターはポリゴンとなり砕け散った。
『経験値600を取得しました。400G取得しました。黒兎の毛皮、ブラック・ラビットの魂を取得しました』
ログを見て頷く、そこへ新たなログが出現する。
『称号【始まりの村の英雄】を取得しました』
称号とは、特定の条件を満たすと与えられるもので、ステータスに補正が付く。この条件は【ブラック・ラビット】の討伐だと記憶していた。
「あと数体倒したら都市までいこうかな。多分プレイヤーもいるし」
また【サベッジ・ラビット】を狩りにいく。
しばらく狩っていると異変が訪れた。
『経験値30を取得しました。20G取得しました』
『【ラビットハンター】の熟練度が上限に達しました』
『称号【始祖の守護者】を取得しました』
【始祖の守護者】?初めて見る、攻略情報にも載ってない称号の獲得ログに一瞬固まる。
すぐに帰り支度を終わらせて走る。走るとHPがごくごく微小に減っていくが、1時間走っても10%程度だから問題ない。攻略情報では走り続けるとHP1で止まるらしい。
要するにダメージさえ食らわなければ走り続けることができるということだ。
「っふ、よっっと」
最後にジャンプして両足で着地する。村の中は安全エリアに指定されていて、モンスターは入ってこれない。
念じることでメニューを出現させてステータスを見る。
称号の欄から【始祖の守護者】を選んでみる。
【始祖の守護者】始まりの村の英雄、始まりの村近辺の○○ハンター全種類の熟練度が上限に達することで取得できる。MP以外の全ステータスが80%上昇する。この称号は1人しか所持できない。
「レア度☆3だ・・・」
レア度とは称号の獲得の難しさを指し、☆0から☆3まである。
これらはPvPで賭けることが出来る。賭けの対象はアイテムや称号で、スキルはかけることが出来ない。
「これは隠しておいたほうがいいかな」
称号を設定すると、称号を隠す。ちなみに称号を隠すと、頭上の称号にモザイクがかかる上、ステータスを相手に表示しても称号は見えない。
「よし、じゃあ都市にでも行くか」
イヴはポーションを1つ空けて再び走り出す。向かう先は都市カルミア・・・。
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「ついた~~~!!!」
大声を出して城壁を見上げる。一応レベルを100にまで上げておいた。
カルミアはこのゲーム内で最大の大きさを誇る場所で、各地に飛ぶことの出来るポータルも備え付けられている。
カルミアを拠点にするプレイヤーは多く、低レベル~高レベルプレイヤーが拠点にすることになるだろう。と攻略情報にも書いてあった。
俺は外壁沿いに門まで歩いていく。
門につくと3名ほどのプレイヤーがカルミアから出てきた。
「だから~、もう諦めたらどうなのよ?」
「姉さんは黙っててよ。やっぱり初日に探しておくんだった!・・・が攻略組に・・・こない・・ておか・・い。絶・・・なに・・・・たんだ・・・」
「・・・・」
姉さんと呼ばれたプレイヤーはしかめっ面をしながら男を見ている。男の言葉は最後が小さくて聞き取れなかった。
「ログインしてなかっただけかもしれないじゃない。それか生産職になったんじゃない?」
「生産職か!それはあるかもしれない」
「・・・・」
男のプレイヤーはカルミアの中に走って戻っていく。さらに先ほどから無言だった少女がそれについていった。
姉さんと呼ばれていたプレイヤーはリアルの姉弟なのだろう。俺は軽く無視して中に入ろうとする。
「そこの貴方、ちょっといい?」
「はい」
どうやら呼びかけられたのは俺のようなので返事をしながら振り向く。
「これから狩りに行くんだけど抜けちゃって困ってたの。あの2人ほどレベルは高く無いから一緒にどう?」
『フレンド登録をしますか?』
俺はYESボタンを押す。このゲームはフレンド登録しないとパーティーを組めない仕様になっている。
「いいですけど、レベルは?」
多分モザイク称号のせいで強く見えたのだろう。この武器以外の装備も見慣れていないだろうし。
「レベル100よ。あの2人は攻略組で180程度。死ぬとペナルティがきついから安全を確保したかったんだけど、ね」
カルミアへ視線を向けてため息をつく彼女。ペナルティはレベルが5下がり、1週間ほど町から出ることが出来ない。
「俺は100程度ですよ?役に立つとは思えませんが」
100レベルにこの称号で180程度のステータスになってはいるが。
「嘘よ。称号隠してるじゃない」
あらかじめ答えを用意しておいて本当に良かった。
「これはPK対策です。弱いPKが襲ってこないでしょう?」
俺は両手を広げて大げさにリアクションをする。
「そうね。じゃあダンジョンに行きましょう。階層は70からでいいわね?」
「あー、俺はダンジョン行ったことないんで役に立てないかもしれません」
「ずっとフィールドで狩ってたの?」
驚いた表情をする彼女。当たり前ではあるが・・・。
ダンジョンとは全部で1000階層で成るもので、フィールドモンスターより弱いが、湧きが早い。パーティーではいい餌だが。
いまはフィールドはレベル50までのモンスターしか沸かない。ダンジョンはボスを倒さなければならないため、どこまで進んでるのかはわからないが・・・。
「ダンジョンはどこまで攻略されたんですか?」
「いま176層までよ。攻略組は180~200で、すでにレベルキャップが付いてる人がたくさんいるわね」
もうすぐか。公式情報では200層が解放されると、レベルキャップとフィールドが解放されるとかかいてあった。
「俺はレヴ、あなたは?」
「私はホルマリンよ。よろしく」
ホルマリンという名前を聞いて固まり、とっさにフレンドリストを見る。そこには確かにホルマリンと書いてあった。
ホルマリンが本物ならおそらく攻略組だろう。ならなぜ100レベルなのだろうか。嘘の可能性が高い、か。
「ホルマリンさん、やっぱり俺はパーティーを組みません。【妖精の集い】のギルドマスターさん、ですよね?」
確認するように問う。半ば確信しているようなそぶりに見事騙されてくれれば嬉しいのんだけど。
「そうよ、その様子だとバレちゃったみたいね。ギルド【妖精の集い】マスターのホルマリンよ、レベルは200」
心の中でガッツポーズをとりながらも、驚きを表情に出さずに平静を保つ。
まさかこっちにも【妖精の集い】があると思わなかった。ならさっきのは春樹だろう。
「やっぱりですか。別のゲームで【妖精の集い】のマスターがホルマリンだったもので、カマをかけさせてもらいました」
苦笑しながら言う。春樹の姉なら手を見せても問題はないだろう。
「そう、見事に引っかかったって訳ね。あなた、れいんってプレイヤー知らないかしら?うちの弟兼サブマスターの探し人なのよ。もしかしたら貴方かもと思ったのだけど・・・」
ホルマリンとハルはリアルの知り合いであることは確定した。口ぶりからしても春樹の姉だろう。
姉が居たことに驚いてなんていないんだからねっ!勘違いしないでよねっ!
何やってるんだ俺・・・。
「ハルさんに会わせて貰えますか?ホルマリンさんを疑うわけではないのですが、直接言ったほうが分かりやすいでしょうし」
気を取り直して言うと、ホルマリンは首をかしげている。まあ断りはしないだろう。
それにしてもギルドマスターならもう少し察しがよくないとダメなんじゃないだろうか?そこら辺を春樹が担当してるのかもしれない。
俺が率先してカルミアへと入ると、あわててホルマリンがついてきた。
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「で、ここまで来たわけだが」
途中で場所が分からないことに気づき、フレンドメッセージを送ってもらった。
この中央噴水前で落ち合う予定になったため、道中でハンバーガーらしきものを食べながらベンチに腰掛けていた。
「プレイヤー、多くない?」
そう、プレイヤーが集合場所としているのか待ち人多数。さらにそれに群がる露天が並んでいる。
しかもホルマリンと一緒にいるせいなのか、視線がすごい。
この中の1割が殺気を含んでいることを考えると背筋が凍りそうになる。
「ハルなら大丈夫よ。ほら」
指差した方向からやってくるハル。もちろん背後に無言少女が一緒だ。
ハルは少し目を動かしてホルマリンを見つける。俺は白い服に備え付きのフードを被っているためばれていない筈だ。
「姉さん!手がかりって!?」
全力で走ってきたハルに怯えつつも俺を指差すホルマリン。
「君、れいんの居場所が分かるの!」
なんでそんなに必死なんだよ・・・少し落ち着け。
「ああ、対価を払ってもらうがな」
重苦しく言うと、空気が張り詰める。ハルはこわばった心を必死に押し殺しているようだ。
ハルの後ろから金属のこすれる音がした。おそらく無言少女が抜剣したのだろう。
「この女、美人だよな」
俺はホルマリンを指差す。ハルは察したのか警戒を強めていく。それに呼応して無言少女からの殺気が強くなっていく。
当のホルマリンは「美人、美人だって・・・うふふ」と別の世界に旅立ってしまったので役に立ってはいない。
周りの人々は、遠巻きにこの空気を見守っていた。
「姉さんは、確かにそうだけど・・・」
言いにくそうに首を縦に振るハルは額に冷や汗をかいているようだ。
「そしてそこの無言少女も、可愛いよな。危なっかしい剣はしまっておけ」
無言少女は舌打ちと共に剣をしまう。ハルの目が絶望に染まり、光を映していない。
ホルマリンも自分以外のことになると分かるのか、剣を握っているがバレバレだ。
「そう、だな・・・。っく、対価はなんだ!」
俺を睨みつけながらハルは促す。
焦ったら負けに決まっているだろうに。
「くっくっく、そうだな。ギルドルームで彼女達を・・・」
途端、俺の視界にきらめきを含んだ白光の輝きが目に入る。
俺は勘に従い大きく後ろへバックステップ。俺のいた場所には剣を振り切ったホルマリンがいた。
そちらを一瞥するとラビット・ソードを鞘から抜いて短剣の刃を受け止める。
短剣を抜いて突撃してきた無言少女が驚いた表情でこちらを見ていた。
周囲の空気が一変して俺を射殺すような視線が飛んでくる。
「くっくっくっく・・・、早まるなよ。なあ、ハル?」
俺は言うなり魔法の詠唱をしようとしていたハルに視線を移す。悔しそうに詠唱をやめて地団駄を踏む。
「もう一度聞く、対価はなんだ。最後まで聞いてやる。ツキ下がれ。返答次第ではこの場にいる全員が相手になる」
周囲は囲まれていて、頭の上に【妖精の集い】とかいてあることからギルドメンバーなのだろう。
ツキと呼ばれた無言少女は警戒を保ちつつゆっくりとハルの横へ移動する。
「そういきり立つなよ。どうせ全員でかかってきても互角か俺の勝ちだ」
俺が断言すると、周囲の1人が俺に向かって剣を振り下ろしてくる。
俺は剣を斜めにして相手の攻撃を受け流し、喉を掴む。
「邪魔なんだよ。感動のシーンになる予定なんだから邪魔すんじゃねぇ」
右手で振りかぶって噴水の中に投げ飛ばす。周囲の包囲網は若干だが遠ざかっている。
「感動のシーンだと?ふざけるな!早く対価を言え!」
そろそろ限界なのだろう。ハルの腕は震えている。もちろん怯えではなく怒りでだ。
仕方ないのでそろそろネタばらしをするとしよう。
フードに手をかけて後ろへ跳ね飛ばす。俺の顔があらわになり、驚愕しているのはハルただ1人。
「どうだ?3割り増しくらいにかっこよくなった俺は」
あごに手を当ててカッコつける。
「・・・れ・・・」
あごが外れている。あんぐりと口をあけた様は100年の恋も冷めそうだ。
「ハルもハーレムを築くだけの甲斐性があったとは予想だにしてなかったよ」
モテるのに女性を支えるだけの強さがなかったハル。だからこそ深く愛すことが出来なかった彼は遊びでしか付き合わなかった。
「れいん・・・」
「ギルドルームで彼女達を紹介、してくれるよな?」
微笑みながらサムズアップ。周囲は先ほどとの落差についていけていないようだ。
「れいんのアホ!」
俺は春樹の腹パンを食らって意識を手放した。
最後に、「ハル。男が涙目でも誰も得しない・・・ぜ・・・」