経験止め
飛び掛ってきた【サベッジ・ラビット】を一閃する。そのシルエットはポリゴンとなり砕け散った。
『経験値を30取得しました。20G取得しました。兎の毛皮を取得しました』
草原で独り佇む白い服に身を包んだ男は、視界の端に流れるログを一瞥したあとにふと顔を上げる。
「そろそろ飽きたな」
VRMMOに閉じ込められて2年。彼はひたすら【始まりの村】でモンスターを狩り続けていた。
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かつてこのゲーム【The sword/magic world】通称【TSMワールド】は初のVRMMOとして発売され、問題なく運行していた。
初のVRMMOゲームということで、プレイヤー達は大挙して押し寄せた。その中にはゲーム初体験のものも多く、ゲーム界に新たな風を巻き起こすはずだった。
発売から10日。不正アクセスしようとした者達が最後のロックを通過しようとした時、ゲーム内に異変が起きる。
キャラクターは全て初期化され、プレイ中のプレイヤー約20万人がこの世界へ閉じ込められた。
実験中に判明していることだが、VRMMO用の【タンク】はゲーム中に開ける事で精神に異常をきたす、つまり廃人になる。もちろん【タンク】が作動不良になった際も同じだ。
脳からの電気信号を首から行き来させているための副作用だとも言われている。
人が一人入れるほどの大きさのハード【タンク】はこのような場合に備え、外部から栄養を注入したり肉体を強制的に運動させることで筋肉の低下を防ぐ機能がついている。さらに自家発電機能付きで、最低1年は持つと言われている。
もちろんハード本体の説明書にも危険性は書いてあるものの、そこまでじっくり読んでいる人は少ない。
そもそもゲーム自体を終了させればいいのだが【TSMワールド】はハッキングの影響かアクセスが出来なくなっている。
開発会社や運営会社は必死になり原因の究明をしているが、いっこうに事態は進まない。
【タンク】は全て回収され、プレイヤーが入っているものは政府管轄の下に結成された組織【TSM対策本部】の拠点に収容されている。
事件から2年、内部との連絡手段こそないものの、ゲームセンターの【タンク】などには2Dの液晶と連動しているものがあり、内部の様子をうかがうことは出来た。
プレイヤー達は今日もそこで生活をしている。
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彼は今日も液晶画面を見ている。
カチカチとクリックの音が暗い空間に響く。
彼はMMORPGをただひたすらにやりこんでいた。
俗に言う不登校児で、いじめられた経験はないがなんとなく行き辛くなっていた。
高校1年生としては老けた顔をしている彼は、そのゲームでは指折りの強者であった。
課金をせずに、ただひたすらにレベルを上げるその姿に【探求者】の異名で呼ばれていた彼はギルド戦の真っ最中だった。
『うっは、マジつえー』
『探求者が来るぞ!』
『ちょwww死んだwww』
相手ギルドの悲鳴を聞きながら突き進む。ソロギルド【あ】と大手ギルド【妖精の集い】の戦いは互角の死闘を演じていた。
ルールはどちらかの大将を倒せば終了。120分たっても決着が付かない場合は人数の多いほうの勝利となる。
最大ギルド人数は100人で、トーナメント方式で勝ち上がり優勝したギルドはゲーム内最大の都市を統治する権利が与えられる。
探求者は対戦相手のギルドマスター【閃光】のホルマリンを探していた。ホルマリンの武器は両手斧で、圧倒的なスピードをもって突撃してくる男キャラクターだ。
現在レベルをカンストしている【探求者】のれいんには及ばないが、レベル98という高レベルなアタッカーである。
彼の指先が反応する。高速でダブルクリックをして転がる。そこを両手斧が一閃していた。
冷や汗をかきながら詠唱を開始する。ホルマリンはなおも攻撃をし続けるが、あたらない。
彼は勘だけで避け続ける。詠唱が終わったキャラクターの周りが吹雪になる。お得意の古代魔法【エターナ・・・。
バチン、と電源が切れる。おそらく親がブレーカーを落としたのだろう。
「飯、食うか」
おそらく負けただろう。割り切って下へ降りていく。家族は5人、父・母・俺・妹・弟で構成されている。
俺はすでに家族ではいないもの扱いされていて、金だけ渡されている。
適当に食事を終えた俺は、VRMMOを買うために外に出ても恥ずかしくない程度に身だしなみを整えて出かける。
【The sword/magic world】は発売初日で売り切れてしまい、俺は次回入荷での予約をしていた。
今日入荷されたと携帯電話に留守電が入っていたため受け取りに行くのだ。
自転車に乗って駅前に行くが、人通りは少ない。平日の昼間だから当たり前だろう。
なお、学校は今日が創立記念日のために休みだ。あっても行かないが。
横道を入り、少し入り組んだ場所にあるゲーム店に入っていく。
「よお、れいん。途中で消えたけどどうしたんだ?」
数少ない小学校からの友人の高瀬 春樹。外見はナンパな男だが、こう見えても【妖精の集い】のサブマスターだ。
「ブレーカーが落ちてな。学校はどうだ?変化とか」
このゲーム店は春樹の趣味で経営している。資金は親が捻出しているようだ。
「夕貴がいないこと以外は変わらずいつも通りだよ」
軽く咎める口調ながらも答えを返してくる。夕貴とは俺のことだ。
「そうか。【The sword/magic world】を頼む」
「はいはい、これね。キャラ作ったら連絡してよ、一緒に狩ろう」
「了解、またな」
箱を受け取り、外に出る。止めた自転車のかごに入れる。自転車をこごうと足を置いたとき、前から人影が近づいてくる。
自転車をうまく操り、よこをすり抜けて漕ぐ。楽しみなはずなのに少量の違和感が彼の体を支配する。
普段ならその違和感で立ち止まっただろう。しかし、彼の違和感は普段の嫌な感覚ではなかったために気にしなかった。
「それにしてもさっきの女の人、春樹の彼女か?無駄に美人だったが」
そんなことを思いながらも足を止めずに家路を急いだ。
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家に戻り電気をつける。箱を開けてソフトを【タンク】にインストールする。
インストールしている間に【タンク】に栄養液をセットして説明書を読む。
「暗黒の時代、各国は大量の兵士を投入して魔王とモンスターを討伐した。しかし人口が減り、衰退していく各国はある方法を思いつく。その方法を実行するために【始まりの村】に召喚陣を刻む。はるか異世界より戦いの素質を持った者達を呼び寄せようとしたのだ。そして今日も何人もの人間が異世界へと呼び出されている」
なるほどなるほど、プレイヤーが異世界人な訳だ。
「アクティブスキルとパッシブスキルがあって、それぞれスキルごとに熟練度がある。へぇ、1000溜めるとカンストか。アクティブ9個にパッシブが4個、それとユニークスキルが2個セットできて、スキル設定画面で変更可能。スキルは生産スキルと戦闘スキルにわかれているらしい。使用方法はスキル名を言葉にする」
どんどんと読み進めていく。
「最大レベルが1000。レベルキャップで200が最高。初めに魔法使いか戦士か選ばなきゃいけないのか。種族はヒューマン・エルフ・ドワーフ・獣人の4種類。レベルが上がるごとに一定のステータスが上がる、ふむ。」
ドワーフは多分生産職だよな。種族ごとの特徴はヒューマンがINT、エルフがAGL、ドワーフがDEX、獣人がDEFに若干の補正が付くらしい。
「ステータスはHP・MP・STR・INT・DEF・AGL・DEXの7つ。それぞれHPが体力、MPが魔力、STRが力、INTが知力、DEFが耐力、AGLがすばやさ、DEXが器用さを表していると」
注意点は特になしかな。
「メニュー画面は指を鳴らして「メニュー」と唱えると出てきて、慣れてくれば念じるだけでも出てくるのか」
ちょっと面白そうだ。
「これが大事かも、ユニークスキル。登録時とゲーム内で取得でき、他の人と被ることはありません。ゲーム内で取得したユニークスキルは取得できる人数が限られています」
一通り目を通した後に、ネットで攻略情報を確認する。
【始まりの村】周辺のモンスターの情報を叩き込む。インストールが終わると同時に俺は【タンク】へと飛び込んだ。
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真っ白い空間。どこか機械的な少女が突然現れる。
『種族と戦闘方針をお選びください。アバターはプレイヤーの顔を基にして平均化して作成します』
「とりあえずヒューマンで魔法使い」
まずはためしだろう。戦えそうならまた作り直せばいい。
『了承しました。プレイヤー名を教えてください』
「れいん」
普段のプレイヤー名を言う。つぎ作るときは変えよう。
『了承しました。登録しました』
真っ白な空間に機械音が響く。
『それでは良い旅路を』
目には激しい閃光が映る。次に目を開けると【始まりの町】にいた。
「始まりの町です、いらっしゃい」
にこりと愛想良く笑顔で手を振ってくる案内人。とりあえず村長に会いにいく。
「わしggッが・・・・・・・・ッ我・・・・・・・・そんty・・・・・・・・・・」
突然ノイズが走ったかと思うと、いつの間にか白い空間に戻っていた。
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バグかと思いつつ辺りを見回す。そこには先ほどの機械的な少女が出現する。
『キャラクターが自動削除されました。キャラクターを作り直してください』
運営側のバグ、かな?とにかくもう一度作り直してみよう。
『種族と戦闘方針をお選びください。アバターはプレイヤーの顔を基にして平均化して作成します』
「種族はエルフ、戦士タイプで」
『了承しました、プレイヤー名を教えてください』
「r・・・・・」
その時、背筋に悪寒が走る。俺はいつも通りにその勘を信じて進む。
「(夕貴・・・夕・・・)イヴ」
『プレイヤー名:イヴ。よろしいですか?』
少女が念を押してくる。やはり勘は正しかったと思いつつ、頷く。
『了承しました。登録しました』
『これからこの世界で貴方は様々な困難に出会うでしょう。それを仲間と共に切り開いてください』
嫌な予感を感じ振り返る。少女が悲しそうに微笑んでいた。声をかけるために口を開く。
「 」
声になったのかならなかったのか。そのまま閃光に包まれていく。少女は驚きながらも悲しみが薄れたような、そんな気がした。
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【始まりの村】についた俺はその人込みに埋もれてしまう。
「おい!なんだよ!いきなりキャラクターが消えたぞ!GMコールもできねぇ!」
「バッカ、ログアウトボタンもねぇんだよ。そっちのほうが重要だろうが。まあ、どうせそのうち直るだろ」
「確かに、それならもうしばらく狩ってこようぜ」
我先にフィールドへ繰り出していく。
俺は案内人がいなくなったことに疑問を抱きつつ、メニューを表示してみる。
指を鳴らして「メニュー」とつぶやく。目の前に横40cm縦20cm程度の枠が出てくる。
上から【ステータス】【スキル設定】【アイテム・装備】【ギルド】【フレンド】【ヘルプ】【ログアウト】【GMコール】と並んでいる。
上の5つは問題ないようだが、下の3つは黒く表示されていて押しても反応しない。
ステータスを見てみると、キャラクター名、戦闘スタイル、各種ステータスが出てくる。
いったん戻り、スキル設定へと変更する。そこにはユニークスキルと思しきスキルと、戦士系の初期スキルが入っていた。
「【経験止め】ね。効果は常時経験値上昇を止めて、経験値を溜めることが出来る。溜めた経験値は1日ごとに利息が付与され、利息は熟練度依存。早い話が銀行のようなものか」
経験値は1レベル単位で引き出せるらしい。これ何年も溜め続ければ最強のユニークスキルなんじゃ・・・?
とにかくモンスターを狩らなければ意味がない。クエストを後回しにしてゲーム内の最弱モンスター【ジェル】を狩りにいく。
既にまわりのプレイヤーはレベルが上がったのか別のモンスターを狩りにいっているらしい。
【ジェル】はSTR・AGLが低く、DEFが高い。ゆるゆると動くモンスターに初期装備の剣で確実にダメージを与えていく。
『経験値を5取得しました。3G取得しました。にゅぷにゅぷした液体を取得しました』
ログが右端で流れている。そのまま【ジェル】を20体程度狩る。
一度村に戻り、アイテム画面を開く。いくつかのアイテムが道具袋のなかを閉めていて、無限に入るとはいえこれからのことを考えると気が重い。ソート機能がなければもうアイテムなんて見つからないんじゃないだろうか。
そのまま宿屋へと赴き、20G渡して宿泊する。宿屋は階段で異次元につながっていて、プレイヤー一人一人別の場所へと泊まることになる。例外はない。
そして、悪夢の最初の日が幕を閉めた。
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それから数ヶ月。開始して1ヶ月ほどで【始まりの村】周辺にプレイヤーは一人もいなくなった。
その間、永遠と【始まりの村】のレベル1からレベル20までのモンスターを狩り続けた。
その日もポップした【ジェル】を瞬殺する。最早我流とも言える剣術の型が出来上がっていた。
『経験値を5取得しました。3G取得しました。ユニークスキル【ジェルハンター】を取得しました』
そのログが流れた瞬間、動きを止めてスキル設定画面に移る。
【ジェルハンター】○○ハンターは一定の対象を1万体倒すことで取得することが出来る。対象モンスターへの攻撃ダメージが%で上昇。上昇は熟練度依存。
「ジェル・・・もう1万体も倒したのか・・・」
遠い目をしながら今日もまたイヴは【始まりの村】でモンスターを狩り続ける。