「贈り物の仕分けでもしてなさい」と義母に言われたので、三年分の贈答目録を王宮に提出しました
「ロゼッタ、あなたは贈り物の仕分けでもしてなさい。お客様の相手は、カロリーナがしますから」
王妃陛下から賜った真珠の首飾りが行方不明になった晩、義母は晩餐の席で、来客全員の前でこう続けた。
「首飾りがどこへ行ったかは、仕分けをしているあなたが一番よく知っているでしょう?」
ざわり、と席が静かになった。二十人近い視線が、私に集まる。
(ああ、始まった)
嫁いで三年。この視線には、もう慣れた。
私、ロゼッタ・グライツは、伯爵家の次男に嫁いだ子爵家の長女である。実家は貧しいが清廉で知られ、母は嫁入りの道具よりも大切なものをくれた。
『贈り物はね、ロゼッタ。受け取った瞬間ではなく、記録した瞬間に、贈り物になるのよ』
だから私は、嫁いだその日から記録してきた。
この家に届くすべての贈り物を。贈り主の名、日付、品目、包みの色、添え状の文面、そして――行き先を。
義母に「仕分け係」を命じられたのは、皮肉なことに好都合だった。贈答目録は、誰にも邪魔されず、私の机の引き出しで三年分育った。
私は目録の最新の一冊を持ってきた。
「首飾りの件でしたら、こちらにございます」
「三日前の午後、王妃陛下よりの御下賜品、真珠の首飾り一連。同日夕刻、カロリーナ様が『借用』としてお持ち出しに。受領の署名は、カロリーナ様ご自身です」
義妹の顔が、さっと青くなった。
「翌日、返却の記録はございません。侍女の話では、首飾りは今、馬車の小箱の中。明日の舞踏会につけて行かれるご予定でしたのでしょう」
義母が、唇を震わせた。
「……カロリーナ。まさかあなた」
「だ、だって! あんな田舎者の嫁に、あの首飾りはもったいないって、お母様がいつも――」
言いかけて、義妹は口を押さえた。
(言いましたね、今。皆の前で)
首飾りは無事に馬車から見つかり、「泥棒騒ぎ」は義妹のわがままとして収まった。義母は私に謝らなかったが、構わない。私は目録に、その日の出来事も一行書き加えた。
『×月×日。王妃陛下御下賜の首飾り、所在判明。騒動の経緯、晩餐の席にて一同確認』
記録は、嘘をつかない。だからこそ、人は記録を消したがる。
翌朝、義母は私を自室に呼んだ。
「ロゼッタ。あの目録ですがね」
にこりと笑う。怖いときの笑顔だ。
「三日前のところ……いえ、細かい貸し借りの記録など、家の恥になります。あの部分は、書き直しておいてちょうだい。なかったことに」
(来た)
私は、ゆっくりと頭を下げて、それから顔を上げた。
「お断りいたします」
「なんですって」
「目録は、私だけのものではございません。贈ってくださった方々お一人おひとりの、お気持ちの記録です。王妃陛下のお名前のある行を消すことは、陛下への不敬にございます」
義母の笑顔が消えた。
「生意気な……! 仕分け係の分際で!」
「仕分け係だからこそ、でございます。お義母様がお付けになった役目です」
私は一礼して部屋を出た。背中で、陶器の割れる音がした。
(記録は消さない。絶対に)
これが私の、小さな拒否。嫁いで三年、私が守ってきた、たった一つの戦い方だった。
半月後、懇意の侯爵家から使者が困り顔でやって来た。
「先月お贈りした金襴の織物のことなのですが……ご感想のお便りがなく、奥様が案じておられまして」
金襴の織物。目録を繰るまでもなく、私は覚えていた。あれは届いた翌日に、義弟のローヴァンが「自分の客への手土産に」と持ち出していた。
私は目録を開いて見せた。
「こちらにございます。受け取りの記録は確かに。ただ、その後の行き先は――『ローヴァン様、お持ち出し』。先様へのお礼状も、出された記録がございません」
使者の顔色が変わった。
その織物は王都の古物商で売られていた。義弟が借金返済に充てたのだ。侯爵家への無礼は伯爵家の信用を揺るがし、夫は初めて私の目録を読み、「こんなものが、あったのか……」と呟いた。
(あったのです。ずっと、あなたの家の机の引き出しに)
けれど夫は義母を止められなかった。義母は口止め料を払い、事件をもみ消した。
そして、決定的なことが起きた。
王妃陛下主催の園遊会の準備の折、王宮の贈答品管理室から照合の使者が来た。
「三年前より、王家からグライツ家へ下賜した品々のうち、四点の所在が確認できませぬ。銀の菓子器揃い、蒼玉の文箱、他二点。念のための確認にございます」
義母は、完璧な笑顔で答えた。
「まあ、それは大変。ちょうど、贈答の担当がおりますの。――ロゼッタ。あなたの目録を持っていらっしゃい」
(……私に、罪を着せる気だ)
震える手で引き出しを開けた。そこにあるはずの目録が、なかった。
一瞬、血の気が引いた。だが思い出した。あの日――義母に書き換えを命じられた翌日から、私は目録を二部作っていた。一部は机の引き出しへ。もう一部は、私の寝室の裁縫箱の底へ。
習慣とは、臆病な人間の武器である。
私は寝室から、原本を持ってきた。
「王宮の皆様の前で、申し上げます」
声が震えた。でも、ページをめくる手は止まらなかった。
「銀の菓子器揃い。下賜の翌月、『奥様のご指示により北の別邸へ』とございますが、管理人の受領印はございません。蒼玉の文箱は『ローヴァン様お持ち出し』。他二点も同様です。これが、私の三年の記録でございます」
使者は目録を受け取り、王宮の台帳と照合し始めた。
その場で義母が、別の帳面を差し出した。
「待ってくださいまし。本当の目録は、こちらです。あの子のものは、恨みによる捏造で」
だが使者は首を振った。
「奥様、その帳面は紙が新しい。しかも陛下のお名前の綴りが旧式で、三年前の下賜状と違います。――偽造の疑いがございますね」
(自滅した)
義母は、その場に崩れるように座り込んだ。
監査は一月続いた。私の三年分の目録は一行の狂いもなかったと王宮のお墨付きを得て、横流し品の大半は買い戻され、伯爵家は王家の信任を失い謹慎処分、義弟は領地へ蟄居となった。
私は夫との離縁を願い出た。夫は目を逸らしながらも止めず、離縁はあっけないほど速やかに認められた。
「……すまなかった」
門前で、夫が言った。
「あなたは何も、悪くなかったのに」
「ええ」
私は微笑んだ。
「その言葉、三年早く聞きたかったです。記録しておきますね」
それが、私の最後の意地だった。
新しい職は、思いがけないところから来た。
王宮贈答品管理室。監査の使者として来た室長のレナード様が、直々に声をかけてくださったのだ。
「あなたの目録は、この国で一番正直な帳面だ。五十年分の台帳の、記録の型を統一してほしい」
三十歳、男爵家の三男で、実務一筋の人。王宮の贈答という、最も虚礼と欲が渦巻く場所で、「正直な帳面」を求める変わり者。
(この人の下でなら、働ける)
私は即座に頭を下げた。
就任の初日、レナード様は私に小さな包みを差し出した。
「就任祝いだ。ささやかだが」
開けると、革表紙の新しい目録帳だった。一ページ目には、彼の字でこう書かれている。
『贈り主:レナード・ヴァース。品目:目録帳 一冊。行き先:ロゼッタ・グライツ改め、アーレンの机の上』
「……行き先まで、書いてくださったのですか」
「君の流儀に合わせた。――違うか?」
(違うわけが、ないじゃないですか)
私は笑って、ペンを取った。その下に、自分の字で一行書き加える。
『受領:確かに受け取りました。この先ずっと、大切にします』
贈り物は、記録した瞬間に贈り物になる。
そして今日、私の新しい人生の目録が、一ページ目から始まった。




