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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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この歌はしばらく聴けない

作者: 十八
掲載日:2026/07/11

 放課後、()の光が当たらない屋上前の(おど)()


 梅雨真っ只中ということもあってか、空気が質量(しつりょう)を持って肌を(おお)っている気がする。


 それなのに不快感が少ないのは、今日は少し温度が低かったおかげだろう。


 だけど、さすがに夕方にもなると肌寒い。


 周りに誰もいないことを良いことに、スカートを少し引っ張って、足を包み込んだ。


 両耳に()したイヤホンから、これまでに何度も聴いたお気に入りの歌が流れ、ダイレクトに鼓膜(こまく)を震わせる。


 右手でスマホを持ち、パズルゲームをプレイする。


 スコアはそこまで高くないけど、別にそれでも構わない。ただの暇つぶしだから。


 ゲームオーバーになる度に、足元に置いてある紙コップのジュースを一口飲む。


 炭酸が口の中で弾けた。


「なんで帰らなかったんだろ、私」


 胸に渦巻く(もや)を吐き出すように、呟いた。


 そう、別にこんな時間まで残っている義理なんてなかった。


 ただ、彼女に『一緒に帰ろ。待ってて』と言われたという理由だけで、校舎に人気(ひとけ)を感じられなくなるまで待ち続けている。


 今日もまた、いつもと同じ、好きな男の子の話をされるのに。


 それに対し、私もいつも通り、友達の恋路(こいじ)を応援する女子高生のフリをしなくちゃいけない。


 (けず)り取られるように心を痛めながら。


 そんなことわかってる。それなのに、一緒に帰ろうと言われたとき、嬉しくなって、「待ってるね」なんて声を弾ませた。


 そんな小一時間前(こいちじかんまえ)の自分を呪う。


 どんなに嬉しくったって、その後に辛い思いをするのはわかりきっているのだから、先に帰った方が良かったんだ。


 それでも待ち続けているのは、きっと私がもう彼女に負けているから。


『ねえ、なに聴いてるの?』


 ふいに晴れやかな声で尋ねられる。同時に左耳のイヤホンが抜き取られた。


『この歌、好きだね~』


 イヤホンを抜き取ったあなたは、自分の右耳に入れると、私がいつもと同じ歌を聴いていることに白い歯を見せて笑った。


 その笑みと、イヤホンをシェアできるくらいの距離にあなたがいることに、私の胸は大きく高鳴る。


 歌声に、私の鼓動音(こどうおん)が混じる。


「好きだからいいでしょ。文句あるなら聴かないで」


 顔が熱い。赤くなっているかもしれない。それを見られたくなくて、顔を背けながら素っ気なく答えた。


『別に文句なんてないよ。私も好きだし』


 知ってるよ。だって、あなたが教えてくれた歌なんだから。何年か前に、今と同じようにイヤホンを分け合って聴かせてくれた歌だもん。忘れるわけないよ。


 そう伝えたかった。


 でも、この気持ちは重すぎる気がして、言葉にできなかった。


『ていうか、今日寒いね。手貸して』


 あなたは、許可なんて待たずに私の左手を両手で包むように握った。すごく冷えていて、私の指先が無意識にぴくりと動いた。その冷たさが手を握られたことをより実感させて、痛みを覚えるくらい鳩尾(みぞおち)の辺りが締め付けられる。


『あったか~』


 あなたはそう独り言を呟いて、手に軽く力を込めた。


 握り返して良いのかわからない。


 ただ、手汗をかきませんように、と心の中で唱えながら「冷え性なんじゃない?」と平常心を(よそお)うことしかできない。


 握られた手の熱が、あなたに奪われて二人の体温が近づく。


 それにつれて私たちの境界が曖昧(あいまい)になっていく。


 少しずつ、溶け合うように。


 でも、そのことに思わず息をするのを忘れそうになるくらい、ドキドキしているのは私だけだ。


 あなたはいつも通り。


 その事実に、胸の奥が(きし)んだ。


『ねえ聞いて!』


 あなたは、一段と明るい声を上げた。


 私は身構える。


 聞きたくない。


 できることなら、イヤホンを奪い返して歌の世界に没頭(ぼっとう)したい。


 だけど、私の左手はあなたに握られたまま。


『あのね。付き合うことになったの』


 その言葉に右手で持っていたスマホを落としかける。


 右耳で聴いていた歌がサビに入り、ドラムが大きく響いた。


 その瞬間、心の奥で何かが弾けた。


 飛び散ったものが胸の内側に触れ、遅れて(するど)い痛みに変わる。


 そこからじわりと広がって、冷たくなっていく。


 昨日までは付き合うとか、その段階じゃなかった。


 だから、少しずつ私も気持ちの整理をしていこうと思っていた。


 それなのに、急展開すぎて心が追いつかない。


『それで今度の日曜日ね、二人で遊びに行くことになったの』


 やめてよ、なんて悲鳴を上げることもできない。


 あなたは嬉々(きき)として続ける。


 誰のことかなんてわざわざ言わなくてもわかる。


「そうなんだ、良かったじゃん」


 内心ぐちゃぐちゃなのに、表面上は()(つくろ)う。


 いつの間にか上手になってしまった、笑顔の仮面を張り付けて、あなたと同じトーンではしゃぐ。


 反面、私は心に鍵をかけて閉じこめる。


 これ以上、傷つかない為の自己防衛。


 本当は聞きたくない。


 でも、あなたから「彼のことが気になっている」と初めて相談されたときから、数え切れないくらい悩みを聞いた。


 今更、その話聞きたくないとも言えない。


 あなたは『どんな服着よう』とか『朝からだから、お弁当作ったりも良いかな。いや、初めてでそれは重いか』と浮かれている。


 私はそれに、テンションを合わせて当たり障りの無い相槌(あいづち)を打つ。


 それ以上のアドバイスを送ってあげないことが、せめてもの抵抗だった。


 カップの中の氷が溶けて、カランと音を立てた。


 視線をジュースに向ける。


 氷が動いた振動で小さな気泡(きほう)が無数にでき、弾けて消えていく。


 その様子に、私のこの想いも消えてくれないかと願った。それなら苦しまずに済むのに。


 廊下の蛍光灯(けいこうとう)がやけに(まぶ)しい。それで随分(ずいぶん)遅い時間になっていることに気付く。


「そろそろ帰ろっか」


 あなたが話し続けるのを(さえぎ)るように、そう言って立ち上がった。


 あなたは何の疑問も持たずに『そうだね』と続く。


 いつの間にか、あなたの耳から外されていたイヤホンが(ちゅう)ぶらりんに垂れた。


 まるで、今の私の気持ちみたいだ。


 右耳からは、相変わらず同じ歌がリピートされ流れ続けていた。


 先に階段を降りはじめたあなたの後ろに続きながら、私も右耳に挿したイヤホンを外して、停止を押す。


 あなたの歩き方が普段より弾んで見える。


 オレンジ色の空気を(まと)っているようで、幸せそうだ。


 その後ろ姿を見ながら、私は「しばらく、この歌聴けないな」と心の中で声にした。


 この歌を聴くと、どうしたって今日のこの胸の痛みを思い出してしまうから。


 いつまで聴けないのだろう。


 それはたぶん、あなたへの気持ちが思い出に変わったときまで。


 だから、どうか聞こえないで。


 私はそう願いながら、唇を動かした。


「好き」


 その輪郭(りんかく)を持たない呟きは、明滅(めいめつ)する蛍光灯の光にすら(さえぎ)られ、梅雨の空気に溶けて消えていった。

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