こわばりの身体
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
う~ん、新学期のはじまりってやはりだるいものだよねえ。
学期が変わったといっても、生物的には過去から状態が連続しているわけであって。もちろん、回復されない疲れは持ち越されるわけだ。
段階を踏まない変化は、怖かったりありがたかったり、それぞれがある。段階を踏んで少しずつ変わっていくのが、自然のあるべき姿だと遺伝子に刻まれているのかなあ。
けがとか、外部要因がはっきりしているものならまだしも、身体の内側から感じる異状については判断が難しい。人体構造の研究が進んだ現在でも、すべてを解き明かせているわけではないしね。
ひょっとすると、まだよくわかっていない事象の当事者に、突然なってしまうかもしれない。
ちょっと前におじさんから聞いた話なのだけど、耳に入れてみないか?
歳を食うと、手足のしびれをよく感じるようになる。
おじさんは以前から、そういうことを話していたっけ。若い時に比べて血のめぐりが悪くなって、身体もこわばり、心もこわばり……だから死人は一度、身体がこわばりきってしまうんだろうな、なんてことを言ってた。
この手のものには、血のめぐりを良くすることが優先。特に身体を動かすほうがいい、ともね。人間も「動く物」にカテゴリーされるのは伊達じゃないらしく、動かすことによってその生気を取り戻す。
おじさんも全く動かなくなることで、死体となることを望んではいない。とどまり続けながら生きながらえるより、動いたその先で消え去りたい。それこそが命の価値なんじゃないか、とは学生時代にたどり着いた、ひとつの悟りらしかった。
ゆえに散歩レベルでも、できる限り外へ出るようにしているおじさんだけど、その日は強く違和感を覚えたようだ。
歩き始めてから、数十分後。
――妙だな。右脚ばかりにだるさを感じる。
左が軽々と動かせている分、その違いはやたらと目立った。右脚は一歩ごとにぱんぱんと張っていくような心地さえするんだ。
痛みを覚えるほどじゃない。少し休めば、ほどなく良くなるものの、これはおじさんが知る血管の詰まりなどをしらせる症状によく似ていたからだ。
おじさん個人としては、当時はまだ若い自負があったから少々ショックだったらしい。ひとまず素人知識でできることは、運動以外だと食事や睡眠に気を配ること。
まだまだ人生はこれからなのに、慢性化した症状に悩まされ続けるなんて、まっぴらごめん。こいつを早いうちにどうにかしておきたい。
が、事態はおじさんの想定外な方向へ進む。
おじさんとしては、ゆっくりと時間をかけて治すものだと思っていたそうだ。
けれど、翌日になると足の調子が戻り、違和感はまったく覚えなくなっている。そうかと思いきや更に翌日には、重い足の調子に戻ってしまい……を繰り返して、あまりいい気持ちとはいえなかったそうだ。
当初は一日おきだったのが、身体は貯蔵するすべを覚えてしまったのか。何日も調子がいいときがあれば、同じように何日も重い日がある。
本格的に病気かと不安に思いながらも、どうにか医者に行くことは避けたいおじさん。まわりの人に相談してみたのだそうだ。
おじさんはこのあたり、もっていたのかもしれない、と話していた。友達のひとりが、その症状に思い当たるところがある、というのだ。
ひとつ確かめさせてほしい、とまるでマッサージ師のようにおじさんの身体の数か所を指圧する友達。
つむじ、肩甲骨の間、みぞおちから人差し指一本分上のところ……おじさんは指で押されるたび、そこから飛び上がりそうな痛みが走るんだ。
「なるほど……アブナイところだったね。今なら間一髪だけど、どうにかなる」
そういって、いよいよおじさんの右脚に指を当てる友達。
このとき、おじさんは右脚に例のだるさを覚えていた。指圧される前はみじんも感じなかったのに、このいくつか痛みを感じてからは、これまで以上のしびれにも似た感覚をね。
「おそらくだけど、脚を押したとき、君の目の前にどでかい何かが現れる。それが消えればなんともないよ」
要領を得ない言葉だなと思いつつ、友達の指がおじさんのふくらはぎを押したとたん。
目の前に灰色の大きな壁が現れたらしい。
おじさんたちがいるのは図書館だったけれど、その天井を突き抜けて建つそれは、ほんの一瞬前まではなかったもの。
視界を覆いつくし、おじさんの顔、数センチ前のところに立っていたそれは、やがて友達が脚から指を離すと、またぱっと見えなくなった。
「大丈夫そうかい? その見えたヤツは、君を押しつぶさんとしていたんだ。それに押しつぶされたとき、その人の命は終わる。客観的には突然死、てやつかな。
少なくとも今の技術が、まだ原因も分からない、おかしなものだよ」
友達から聞けたのは、それくらいだったとおじさんは話していたっけ。




