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掴めない敵の実態

 この世界に存在する忍の里の在処は、里長含めた忍しか知らない。


 晴宮にあるとされるその里は、帝すらその在処を知らず、超極秘の暗部育成所は、この国創設から存在している。


 忍となるのは、里長が自ら探し当てる逸材や、言伝に申し込みを受けて引き渡された子供達だ。


 厳しい訓練の中、忍として完成するのは百人いたら五人出るかどうか。その中でも指折りの忍は、里から独立して権力者に雇われたりもする。


 歴代で優秀だった忍の五人を『五指ごし』と称し、忍の教育はその五人の流儀を参考に行われる。ちなみに、この『五指』は全て終焉期に生きた忍である。


 その中でも特に選択者が少なく、会得難易度が桁違いの流儀が、二つの短刀を用いた『双刀術』である。


 これは太古の英傑、斬咲赫羅を参考に編み出されたものであり、才能と言わざるを得ない伸縮性のある体をもつ人間にしか扱えない。そのため、会得する難易度は女性の方が低いと言われている。


 そして、その『双刀術』を選択し、見事忍と完成した若き才能こそ、輪廻と名付けられたくノ一である。


~~~


「く……ッ!?」


 暗闇に泳ぐ魚のように、捉えようのない不可思議な動きで刃が踊る。刃がぶつかり合う火花すら散らず、一瞬煌めくそれが捉えるのは最も魂に近い臓器。


 得意とする『分身』は本体と遜色ない性能を誇り、完全なる『双刀術』の使い手である忍五人を相手取るのは至難の業。


 挑んだ十一人の名も無き忍達は、物の数秒で三人にまで数を減らした。


 瓦には音もなく倒れ、最小限の流血で命を落とした仲間の死体がある。その状況には慣れているものの、驚異的な足捌きと忍術の練度には目を見張るものがある。


「ここでの頭は貴様か」


 警戒していようとも刃がすり抜けてくる。防いでも防いでも、吹き続ける風のように死の息吹は止まらない。


 それが『双刀術』であり、嵐と称された赫羅の剣術を模倣した現代の最強剣術の一つだ。


「クソ……ッ!」

「忍が悔しがるな。時間の無駄だ」


 得られる学びを噛み締めるのは良い事だ。しかし、後悔は無意味である。何故ならば、後悔した瞬間、その者は忍から人間へと戻ってしまう。


 人間に戻った瞬間、忍へ再び成るのは難しい。特に、こうした殺し合いの最中では。


「くぉ……!?」

「動くな」


 残り一人を残して忍は全て始末され、頭である忍の全身の急所へ、合計十本の短刀が突きつけられた状態で戦いは終わる。


「言え。誰の命だ?」

「……言うわけなかろう。我は忍であり、闇に紛れる歴史の影。文字に残されるような愚かな行為はしない」

「波門家の連中か?」

「話を聞かぬくノ一だ。先日、里長から聞いた裏切り者とやらは貴様か」


 平行線な会話は時間の無駄。輪廻はそう判断し、十本の短刀を寸分の違いなく急所へ突き刺した。


 音もなく溢れる命。だらんと下がった肢体に、もはや意志など存在しな──


「我には、本体で来る価値もなし、か。見くびられたものだ」

「──なに?」


 完全に死する時、敵の忍はそう呟いた。


 その瞬間、輪廻に嫌な予感が過ぎった。


「打ち上げろッ!!」


 『分身』に命じ、その忍の肢体を天高く蹴り上げた。くるくると回転するその体は、最高地点に到達した途端に派手に爆発した。


 地を揺らし、家を揺らし、暴風を巻き起こすその去り方は忍らしくない。


 輪廻は空の彼方へ飛んでいく爆煙を見て、大きく舌打ちした。


「彼奴も『分身』であったか」


 どうやら一筋縄ではいかないらしい同族の敵。その存在を煩わしく感じ、輪廻は『分身』を解いた。


 その場には、敵の忍の死体のみが残り、『分身』であったの輪廻は全て残滓なく消え去った。


~~~


 翌朝、爆発の原因を探るため、奉行所の者達がその場へ訪れ、十体の死体を回収した。

 身元は不明。何故か裸で放置されていた彼らの体は酷く火傷していて、顔すら認識できないほどだった。


 奉行所はこれを受け、火薬で火遊びをした愚か者と発表し、この話題は幕を下ろした。


「怖いわぁ。こないなことして死んだ人らが居るん?可哀想に」


 一連の事件の流れを書いた記事を読みながら、紅葉は輪廻へそう呟いた。

 輪廻は洗濯物を畳みながら「えぇ、全くです」と一言。奉行所の判断と死体の状態を鑑みるに、敵は一家の雇われ忍ではなく、里全体かもしれない。


「里長は、何を考えているのか」


 物心着く前に親に捨てられ、死にかけた赤子を拾い上げ忍に育てた里長の顔は覚えていない。声も聞いたが、ある時は女の声、ある時は子供の声、ある時は爺さんの声と、徹底的に身元を隠している。


 だが一つだけ分かることは、里長は恐ろしいほど力に執着しているということだ。


 これは里長自身の力ではなく、里全体の力の水準のことを指す。里長は強い忍を育てることに余念がなく、誘拐だって当然のようにしてみせる。強く育てば愛すし、弱いと分かれば首を断つ。


 曖昧で、歪な愛を持つ里長とそれに従う忍達。その実態を知る由もなく、輪廻は捉えきれない敵に警戒を強いられる。


 輪廻は命を張ってでも、紅葉を守る。


 しかし、


「灰呂様は何をしておられるんですか?ここ連日、紅葉様に会いに来るどころか、屋敷にすら帰っていないようですが」

「当主様は帝より命じられた任務に出ておいでです。最近は魔獣も活発化し、魔王の復活が噂されるほどですから」


 洗濯物を運ぶ途中、行き先が一緒らしい水蓮と話す輪廻は小さくため息をついた。


 将軍となり、この国で一番強い侍となっている灰呂は、連日魔獣狩りに出かけている。泊まりで数週間行くことの多い魔獣狩りは、それなりの実力のある侍達で結成されているものの、やはり直ぐに解決するものではないようだ。


 それに灰呂の性格上、魔獣狩りがすんなり終わる未来が見えない。


「当主様は慈悲深く、命を宝のように愛でる方。仲間の一人も犠牲にしないよう、細心の注意を払って討伐に打ち込む」

「そのせいといってはなんですが、時間が犠牲となる」


 きっと灰呂が引き連れた討伐隊は、誰一人欠けることなく帰ってくるだろう。それは討伐隊の身内としては嬉しいことだが、輪廻は身勝手ながら、灰呂には紅葉を最優先にしてほしいと思う。


 もうそろそろ、次世代が生まれる。


 初代当主が言い残した忌々しい伝言のせいで命を狙われる紅葉と次世代を、一番傍で守るべきは夫である灰呂のはずだ。


「ですが、輪廻様がいらっしゃるなら心配はいりません。私もこの身を呈して奥様を守る覚悟はありますゆえ、必ずやご子息は無事に産まれますとも」


 水蓮はそう言ってくれるが、この問題は守るべきものを守るだけでは解決しないどす黒さがある。


「水蓮様も分かっているでしょう?このような行為をするのは波門家一択です。帝に報告して、吊るしあげることはできないのですか」

「残念ながら、今までの奇襲や犯行は、全て名も無き忍の者。誰に雇われたのか、誰に命じられたのか、それを明らかにできない限り、波門家だと報告することは叶いません」


 憶測で罪人を裁くことは許されない。波門家だと薄々勘づいていながら、手を下せない無力感に輪廻は歯噛みした。


 今すぐに敵の本拠地へ乗り込み、その寝首を掻きたい一心なのだ。


「ともかく、今はご子息と紅葉様の命が最優先です」

「えぇ、もちろん」


 最後は短い応答で締まり、この会話は終了する。


 水蓮の言うことを胸に刻み込み、輪廻は邪念を捨て、その一つに集中することを誓う。


「今の私は忍じゃない。紅葉様を守るために存在する、輪廻という名の従者だ」


 そう自分に、言い聞かせながら。


~~~


 エレスト王国、という国がある。王国と名が付くとおり、その国を収めるのは一人の王である。


 晴宮よりも長い歴史を持ち、『魔王』を討伐した『勇者』や『剣聖』を輩出した国なのだが、この度その国の今代国王であるノワール・シン・エレストが崩御した。


 慈愛に満ち溢れ、国民から愛された国王。他国の頭からの評価も同じで、その死を大いに悲しむ者が多かった。


 各国の首相や皇帝は、その葬儀に参加するために配下を連れてエレスト王国へと向かう。当然、帝もその一人だ。


「申し訳ない、帝様!某は、紅葉と我が子がなによりも!」

「良い。灰呂、そなたの父としての責務を全うすることを、願う」


 帝は将軍である灰呂を連れていくべきであったが、灰呂の事情を鑑みて、自らその選択肢を拒んだ。灰呂には是非、子供と向き合うようにと念押までして。


「帝様は……良いお方なのですね」

「そうやよ?昔っから冷たいようで、誰よりも優しい、うちらの自慢の帝様や」


 顔も年齢も公開されていない帝は、その行動と信念から、国民に厚い信頼を置かれている。将軍や近衛武士のように、身近に存在を感じる者達ならなおさらだ。


「帝様は、どのような容貌をされているのでしょう?」

「お可愛いお方やったよ。耳がぴょこぴょこしとって……あぁそう言えば、帝様はこのことを内緒にって言っとったわ」


 思い出しては萌えている紅葉。耳がぴょこぴょことは一体どういう事なのか、いまいち連想できない輪廻は首を傾げるしか無かった。

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