邪神に与する者
肉の襲撃は、奉行所を騒がせ混乱を招くには十分な材料であった。
「これは……」
その死骸を見て、誰もが息を吞むこととなった。もう生命活動は完全に停止していたが、それは紛れもなく命を宿していた形跡があり、そして素体が人間であることも判明した。
繋ぎ合わされた肉はどれも人のものであり、微弱ながら感じ取れる魔力もあった。
その魔力は、最近任務にて行方不明になっていた侍のものと一致していた。
「外道がッ!!!」
その事実に憤りを抑えられず、灰呂は普段言わぬような暴言を吐きだした。その侍のことは知っていた。大切な部下であったし、話したことも、酒を飲み交わしたこともあった。
それが敵に攫われ、あまつさえ妻を狙う刺客に作り変えられているとは。
「これはあまりに度が過ぎた嫌がらせ……いえ、攻撃ですね。これはもう、捕らえて罰するという領域ではありません」
「えぇ。人を攫い、死人を出し、禁忌にまで手を出した。見つけたならば即刻処刑。そのような対処であっても文句は誰も言わないでしょう」
噂の商人は、もはや不審者ではなく、晴宮を攻撃する敵として認識を改めるべきだ。敵を探るということは、同時にこちらも探られているということを認識しなければならなかった。
動きを感じ取られ、敵の対処が一枚上手。完全に後れを取ってしまった。
「件数も増加、人攫いは激化し、民は恐怖に怯えている……せめて、敵が某の前に現れてくさえすれば……」
悔しさに歯嚙みする灰呂は、いるということが分かっているのに手を出せないもどかしさに無力感を禁じ得ない。
「被害は甚大といって差し支えない。しかしながら、こちらもやられてばかりではありませんよ、灰呂殿」
目を細めた彪我の言葉に、灰呂はすがるように顔を上げる。
「大分時間はかかりましたが、敵が狙っている人の共通点がようやくわかりました」
「そ、それはなんだ……!?」
前のめりになる灰呂に、彪我は二本の指を立てて、
「まず一つは、肉体的に優秀な人間です。現に攫われた人々は侍であったり、侍でなくとも大工などの肉体労働に勤めるものや、腕に自信のあった一般人です」
「な、なるほど……強い者が狙われている、ということか……?」
その共通点はいまいちピンとこなかった。人を攫うなら抵抗力の低い女子供であるのが一般的な考えだ。現にそのような被害もあったが、
「言われてみれば、被害者は屈強な者を多かった」
「女子供の誘拐は本目的から意識を逸らすための擬似工作。本命はおそらく、私達の想像で間違いないでしょう」
「うむ、そうであるか。とはいえ被害者の割合で見ても、その分配は半々程度ではないか?女子供ではないという確証はどこから?」
「それが二つ目の共通点です」
彪我は視線を後ろに控える坂野丸に移すと、坂野丸は彪我に頷き返して、
「被害にあった侍、並びに肉体的に優れた者はいずれも、将軍灰呂殿をはじめとする晴宮戦力に不満を持つ者達でした」
「某らに、不満を……?」
もちろん、自分が誰からも好かれているなんて驕りを灰呂は持ち合わせていない。人柄の問題もあるだろうが、一番考えられるのは血筋だ。
斬咲家という代々英雄を生み出してきた家系の武士は、その実力を斬咲家の血筋という色眼鏡で見られがちだ。努力するものが多いこの国で、埒外の力を持つ斬咲家に不満を持つものもいるのは確かだ。
だが、まさかその反発心を利用されようとは。
「──待て。ということは、攫われたもの達は……」
「──えぇ。嫌な推測ですが、自らついて行った者もいるでしょう」
彪我が灰呂が見たこともないような顔で憤っていた。それは、この世界で誰よりも灰呂に勝つ努力をしている彼だからこその怒りだ。
才能云々でいうなら、灰呂は確かに努力の天才だ。だがそれは生まれ持ったものだと断定できるものではない。少なくとも彪我はそう思っている。彪我は灰呂から、生まれて一度も才能を感じたことはない。才ある周りから重圧を、並々ならぬ努力で吹き飛ばしてきた凡人だ。
斬咲家を知る者も、灰呂自身も言っている。
斬咲灰呂は歴代最弱だと。
そう言われて、自分でもそうやって見極めて、それでも血を吐くような努力をして、諦めと思われるような自己評価を謙遜だと思われるようにしたのは、他ならぬ灰呂だ。
好敵手として傍で見てきた彪我は知っている。だから許せない。灰呂の努力も苦労も見ずに才能だ血筋だと決めつけて、敵に堕ちるような軟弱者共が。
「よい。彪我、憤るな。其方らしくない」
「……そうですね、申し訳ありません」
心を掻き毟られるような事があった時こそ、冷静に物事を見るべきだ。普段なら彪我が灰呂にそう言う立場なのに、珍しく逆転してしまった。
「して、これらと今朝のような人工生物のことを踏まえると、敵の攻撃規模は最初の想定を大きく上回ります」
「百……二百はいくか?」
「否めませんね。もっと多い可能性すらある」
今朝の肉の敵は無理矢理継ぎ接ぎした痕跡があった。不安定な生命は長く持続しない。実力もさして高くなかったらしく、あの程度なら警戒は必要でも灰呂達なら五十体でも勝てる。
だがそれは、素体が肉体改造に賛同的でなかった結果だとしたら、同意した者はどうなるのか。
おそらく、元の状態よりも強化されているに違いない。
「もはや、犯罪者の域も超えている。攫われた者の多くがああなっていると考えると、治す方法のない今、被害者数はそっくりそのまま死亡者数になってしまいます」
「最善は、これ以上の被害者を出さぬこと。そして、敵となる被害者を救うこと」
「灰呂殿、それは──」
「わかっている。理想論だ。だが少しでも望みをかけても罰は当たらないだろう」
悲しげに笑う灰呂に、彪我と坂野丸は頷くことしかできなかった。
「帝様にもこのことを伝えよう。其方らには引き続き、敵の目的を探ってもらいたい」
「承知しました」
灰呂の言葉に、坂野丸は素直に頷いた。黙りこくっていた彪我に、灰呂は珍しく苦笑して「頼む」と切り出した。
「どうか某のことで思いつめるな、彪我。其方は昔から、難しく考えすぎだ」
「──言われずとも、私は指令に従いますとも、灰呂殿」
頑固な幼馴染の反応に灰呂ははにかんで、帝へこのことを伝えに行った。事態は深刻で、国に潜む敵は今も力を蓄えつつある。もはや内戦ともいえる。
「どうにかしなければ、な」
手の届かない場所で好き放題してくれる敵に確かな怒りを抱きながら、灰呂はこぶしを握り締めた。
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人間をこちら側に取り入れるのは、普通なら難しい。正常な判断ができれば、身の危険の察知は容易であるし、気をつけろと世間が言い合う風潮になったのならなおさらだ。
だが、取り入れることこそ難しいが、取り入れられる状態を見つけるのは簡単だ。
正常な判断というのは簡単に見えて、その人の精神状態に大きく依存する。恐怖しているなら安全を求め、不安ならば安堵を求め、憤るなら不幸を求め、歓喜しているならさらなる快楽を求める。人間の欲に際限などなく、身勝手な願いに可能性をちらつかせれば驚くほど簡単に飛びついてくる。
光に集る虫のようだ。
また、正常な人を堕とすのもそう難しくない。
簡単な話、目の前で圧倒的な力を見せれば諦めてくれる人もいるし、胸の内に秘めた不満に同調するだけで、人の精神は正常からどんどんかけ離れていく。
「不思議なもので、環境が悪ければなかったはずの不満も生まれる」
周りに合わせようとする習性は今も変わらず、客観的判断という理性的な能力は本能に簡単に負ける。
その結果が、商人の目の前に広がる光景だ。
「壮観ですなぁ、僕ぁ感動してますよ」
並べられた特性の兵隊に、商人は棒読みな歓喜を口にした。その傍らに立ち、兵隊を作るのに奔走した仲間は「あら」と呟いて面白そうに商人の顔を覗き込んだ。
「おかしいわね、要望通りに作ったはずなのだけれど」
「えぇ、不満などありませんよ。多少不細工でも、目的を果たせるのならどうでもよい」
「ひどいわね、一生懸命作ったのに不細工だなんて」
暗い洞窟の中、ここは『忍の里』の中でも一番大きな稽古場である。外からは大きな山にしか見えないこの場所は、その山に内側をきれいにくりぬいて作られた、里長特製の修練窟である。
竹槍の落とし穴や触れると指が飛ぶ石壁など、突破に困難な仕掛けが多数仕掛けられていた。正直、商人と隣にいる仲間だけでは乗り越えられなかったが、
「あなたが仲間で本当に助かりましたよ。正直置き場が一番の課題でしたからね」
「でしょでしょ。もっとアタシを褒めて敬ってくれてもいいんだよ?」
暗闇の中、天井からぶら下がっている木材の足場の寝転がっているもう一人の仲間がそのすべてを解除してくれた。黒装束に身を包み、この里の中で育ち生き残った彼女は、左手の指を普通の人ならありえない動きで遊ばせて、
「それでさぁ、キモ肉兵隊は全部で何体なわけ?クトゥルー」
「全部で三千体くらいかしら。もちろん、合成に失敗した出来損ないも含めてだけれどもね」
「はへぇ、頑張ったじゃん、アタシ達。どう?いけそう?」
「さぁ?それは皆々様の頑張り次第でしょうね」
言い切らない商人の言葉に女、くノ一は「あっそ」とそっけなく返した。
ここは成功だと嘘でも宣ってしまったほうが士気は上がるのだろうが、生憎とこの商人に軍師の才はない。
自分の知っていることを、必要な分だけ話す。それだけだ。
「さて、スレリアさんの用意した駒の準備は?」
「調整済みよ」
「了解です。では、始めましょうか」
商人は懐から三つの魔力の塊を取り出した。埃色のその表面は不規則に揺れ、見ているだけで不安を煽るような不気味なものであった。
それを一人ずつに渡して、商人は手のひらサイズのそれを掲げてから、
「──神からの贈り物に感謝を。乾杯」
「乾杯」
「かんぱーい」
三人はその禍々しい因子を、この先の成功を祈って飲み込んだ。
この瞬間、三人は人間を辞めた。




