板挟み
連中に忍がいるという情報は、すぐさま奉行所に広められた。
「『忍の里』が、晴宮の地下にある?」
しかしながら、彪我が思わずオウム返ししてしまったこの情報は、坂野丸、灰呂、彪我、そして帝にのみ伝えられた。
その内容は、里の入口が至る所に自然生成されることだけでなく、件の不審者が里を用いていること、少なくとも一人は忍の協力者がいること、そして現存する忍が虐殺されているというものだった。
「確かな情報なんですか?抜け忍なるものが敵に与しているというのは」
「信頼できる情報源だ。出元は申し訳ないが言えない。だが信じてほしい。少なくとも、某は信頼するにあたる話であると思うのだ」
突然沢山の情報と新事実の出現に困惑する坂野丸の気持ちは灰呂もよくわかる。実際、輪廻からこの話を聞いたときの灰呂の驚きようはもっとひどかった。
しかし坂野丸は顔を顰めるの収め、彪我に至ってはすでにその話が正しいとされた場合、辻褄が合うかどうかを見極めている。優秀な仲間たちに囲まれながら、灰呂は「どうだ?」と意見を求める。
「その話が間違っているかどうかなんて考えている場合ではないのは確かです。耳を疑う新事実ではあるものの、現状頼れるものはそれだけですからね」
「しかし、その、疑うわけではありませんが……」
坂野丸はちらと申し訳なさそうに灰呂を見やった。言いたいことはそう、この情報の正しさ云々ではなく、この情報を持ち込んだ灰呂は潔白であるのかということだ。
出元をしゃべらない以上、こうした疑いが出てしまうのは流石の灰呂でもわかっていた。調査に踏み出すにあたり、この場で灰呂自身を信じてもらわない限りは進めないのだが、
「大丈夫ですよ、坂野丸君。この人は嘘をつけるような器用さも持ち合わせてはいませんから」
そう肩を持ってくれたのは彪我であった。一桁年齢の頃から友人であり、好敵手であった彪我は、灰呂に勝つために何度も何度も研究を重ねてきた。だから知っている。この灰呂という男は嘘をつくのがこの世で最も下手であると。
「……お二人が、信じてくれとおっしゃるならば、信じましょう」
「感謝するぞ坂野丸!正直なところ、某自身も信じてくれるという確固たる自信があったわけではないからな、ひやひやしたぞ!」
「よくそんな状態で持ち込みましたね……」
「あなたの上司はこんな人です。前の上司との差に落胆しても誰も責めませんよ」
坂野丸からの信頼も勝ち取ったところで、問題はこの情報をどう扱うかだ。馬鹿正直のすべての入口を封鎖するのも見張るのも現実的ではないし、封鎖したところで忍を虐殺できるような手練れには通用しない。
必要なのは敵の居場所を正確に捉え、出現したところへすぐさま駆けつける態勢を引くことだ。だが晴宮全土となると、地方までは警戒が行き届かない。
ならばするべきことは、
「敵の狙いを暴くこと」
「えぇ。今までの被害や目撃証言から敵の狙いを割り出せば、次に敵が襲来する場所も逆算できる」
坂野丸と彪我は頷きあい、早速敵の狙いの推測を始めた。頭の良い二人に任せておけばすぐにでも答えは出るだろうと灰呂は満足し、彼は次にすべきことする。
「灰呂殿」
「あぁ、わかっている。ここからは人海戦術であろう」
好敵手への信頼。それは抱いているのは、なにも彪我だけではない。彪我が灰呂もを信じているように、灰呂も彪我を信じているのだ。長年一緒にいるから、次に彪我が求めることも灰呂は直感的にわかる。
「将軍権限だ。被害にあった村や町に出向き、被害者の共通点を探る!それが某の役目だ!そうであろう!」
「早く行ってください。あなたには頭脳労働を期待してませんから」
「うむ、任せるがいい!」
自信満々に言い放ち、灰呂は部屋を飛び出していった。きっと今夜にでも一番遠い被害地点に出向こうとして、将軍はここに残れと部下達から窘められるところまで想像できる。
「全く……あの人はいつも直感で動く……そしてそれが正解だから厄介だ」
「心中お察しします」
灰呂の直感はよく当たる。それは何もすべての事象ということではなく、彪我とのやり取りでの話だ。
だから刃を交えるとき、彪我の狙いはことごとく灰呂に防がれてしまう。言い訳といえばいいわけなので、彪我は決してそう口にはしないが、これに関しては努力ではどうにもならないのではと、半ば諦め始めている。
だがなんにせよ、その忌々しい直感が晴宮のために働くのならば御の字だ。
「さて、追い詰めますよ。私の悲願の邪魔をするよそ者は許しません」
彪我と灰呂、二人して超越者の一歩手前の侍は、敵の根絶に奔走するのだった。
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彪我の予想通り、灰呂の遠征は部下から多くの反対を受けて棄却された。
一連の流れが何から何まで予想通りで、彪我は予想を的中させたのに呆れを感じる始末だった。
「あの人の精神性は何も成長しませんね」
呆れすぎて独り言まで刺々しくなってしまう彪我は、夕日が沈むのとほぼ同時に家へたどり着いた。
先祖代々からある大層な門を抜け、家の扉の前まで来ると、
「お、お帰りなさいませ、当主様……」
ひどくおどおどした様子の従者がそこに立っていた。それを見た彪我は、今日何度目かわからないため息をついて、
「佐久間君、私に対してそのような出迎えは不要です。その時間をあなたの休憩時間なり、料理をつくる時間なりに充ててください」
「えぇっと、料理はもう完成しておりまして……先ほどまで一時間ほどの休憩もしておりましたので」
「……今日は、屋敷中の掃除を頼んでいたはずですが……」
「は、はい、ちゃんと午前中に終わらせました。時間が余りましたので、庭のお手入れも……」
「……そう、ですか」
彪我の屋敷はさして大きくないが、それでも四人家族が三組住めるくらいには大きい。その掃除を隅から隅まで午前で終えるなど不可能に近いが、この従者、佐久間冥にはそれも可能だ。
普段から誰に対してもおどおどしている細身の彼だが、従者としての才能は秀でており、見た目に反してそれなりの戦士でもある。もう少し堂々としていればよいのだが、彼はこうして下手に出てばかりだ。
そんな彼にもったいなさを感じつつ、彪我は家に上がって風呂へ向かおうとする。するとその背中に、冥からの高い声がかけられた。
「当主様っ、今はお坊ちゃまがご入浴中でして」
「そうですか。では、風呂が空いたら呼んでください。私は自室にいますので」
「か、かしこまりましたっ」
先客に風呂は譲り、どれほどになるだろうかと考えながら彪我は自室の襖を開けた。整理されたそれほど広くない部屋の中、真ん中に置かれた机の上に不審者に関連する資料が並べられている。
一見整理された置き方をされた資料を見つめて、気づいた。資料の順番が変わっていることに。
「白狼……」
それが愚息による覗き見の証拠だとすぐさま理解し、彪我は資料を正しく並び直す。三十枚ほどの資料をあるべき場所へ戻すこと数分、いきなり部屋の襖が乱暴に開かれた。
「親父、風呂空いたぜ」
「……呼び出しは佐久間君にお願いしましたが」
「あいつァ今日走り回って疲れてやがるからなァ。仕方なく俺が出向いたってだけだァ」
「そうですか。では、あなた夕食を済ませて早く眠りなさい」
血が繋がっていないとはいえ、白狼の人生から見ればかなりの時間を共に過ごした身。親として最低限の助力を果たす彪我は資料整理を終え、風呂へ向かおうとした。
その背中に、白狼が声をかける。
「ンで?不審者様の行方は分かったのかァ?」
この質問を聞いて彪我は眉間を抑えた。冥が疲れたというのは半分嘘で半分本当だろう。彼はおそらく彪我を呼びに行こうとしたのだろうが、不審者関連の質問をしたい白狼が変わって訪ねてきたようだ。
息子として引き取って十年ほど。彼の性質は理解しているつもりだ。
「教えたら最後、あなたはまた前のように首を突っ込むでしょう」
「あァ?なんのこったァ?」
へたくそなボケをする白狼。彪我が言っているのは、六年前に夕景に危機をもたらした忍の里長、蛇足による事件の時のことだ。
『分身』に魂を移した蛇足を最後に葬ったのは、身に着けた実力を目に見える成果に残したいと駄々をこねた白狼であった。
当時六歳、それにしては高すぎる戦闘欲を解消するにはちょうど良かったが、苦労して育て上げているのだからあまり危険なことには首を突っ込んでほしくないのが彪我の本音だ。
「今日は何もつかめませんでしたよ。あなたが期待するようなことは何も」
「ほーん。いい子にしてりゃ、教えてくれたり?」
「ありえません」
「はッ、俺の親父殿は頑固だな」
そう捨て台詞を吐き、白狼は食卓へと向かった。日々大きくなっている気がするその背中を見届け、彪我は思い悩む。
厄介な問題に、扱いづらい早熟な息子。この苦労が報われることを祈りながら、彪我は風呂に向かうのだった。




