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敵へ近づく闇

 尋ね人など、生まれてから初めてだったかもしれない。


「───」


 暗闇に生きる自分にとって、尋ね人は例外なく敵であった。こちらの位置を勘づくということは同種か、自分よりも圧倒的な実力を持つ超越者のみ。その自負が彼にはある。


 しかしながら、今宵の尋ね人は敵ではなく、あろうことか手助けを求めてきた。


「──何用か」


 そこは住宅の連なる街の端っこ、沢山の魂の冥福を祈られた墓地の中での邂逅であった。


 音もなくやって来た相手は、小手調べで仕掛けた罠も攻撃も全ていなして目の前にやってきた。


「名もない忍よ。あなたに、尋ねたいことがあって馳せ参じた」


 そう強気に言い放ったのは、見ないうちに体が成長したらしいくノ一だ。輪廻と呼ばれるその忍には一度敗北してから会っていなかったが、その腕は衰えるどころか精度を増しているらしかった。


 相手が輪廻だと分かった瞬間、殺しにやってきたのかと早とちりしたが、どうやら違うらしい。


 彼女は忍の返答を待たず、一つの紙束を投げつけてきた。それを受け取り広げてみると、闇に慣れた目が捉えたのは印がまばらにつけられた晴宮全土の地図であった。


「これは?」

「あなたも知っているはず。ここ最近世間を騒がしている不審者を。その目撃情報のあった地点に印をつけたものだ」

「ふん。我に見せて良いのか?おそらく将軍が貴様だから開示した話ではないのか?」


 輪廻にしては愚かなことを。そう思った忍は嘲笑混じりに輪廻を煽って見せた。


 その瞬間、首筋にピンと張った糸が触れた。


「──墓地で命を脅すか。不謹慎なものだ」

「その印の位置、貴様ならば何を示しているのか分かるのではないか?」

「人に、物を頼む態度ではないな」

「貴様は人ではなく、忍だろう?」


 里長の教育が行き届いているのか、忍を物として扱う輪廻は頼み事をしているというのに強気に話を進める。


 忍は目を細め、もう一度模写された地図に視線を落とした。


 すぐに分かった。それが何を意味しているのかを。


「対価はないのか?」

「貴様の命の保証だ。今この瞬間のな」

「物騒な女だ。流石は『五指』に上り詰めるくノ一よ」


 忍は呆れ笑いのまま地図を投げ返し、


「貴様がその印を見て違和感を感じた理由は分かっている。───昔とは形を変えているからだ」


 忍がとんとんとつま先で地面をつついた。その瞬間、輪廻と忍の丁度真ん中の墓石が動き出し、人一人でギリギリ通れそうな正方形の穴が出現した。


「これは……」

「今ある、『忍の里』の入口の一つだ」


 『忍の里』。晴宮のどこかにあるとされるそれは、実は晴宮のどこか、ではなく、晴宮中の至る所にある、というのが正解だ。


 常人が気付かぬ入口があちこちにあって、忍はそこから地下へ入り込んで移動する。晴宮という、決して小さくない島国の内側には、アリの巣のように張り巡らされた地下道がある。


 それが、『忍の里』の正体だ。


 そして地図の印だが、それに輪廻が違和感を覚えたのは、その印の半分以上が、晴宮にある里への入口の付近であったからだ。だがそうだと確信できなかったのは、それ以外の場所にも印がついていたからだ。


 輪廻が里から出ておよそ五年ほど。しかし入口の位置は全て記憶していた。


 だが『忍の里』に関しては、入口の場所を記憶しても意味が無いのだ。


 ──何故ならば、


「入口は、時を重ねる毎に位置を変える」


 それは里長が長年生き永らえて手に入れた彼なりの魔術であり忍術によるものだ。


 地面に変動性を与え、里の入口を作っては消してを繰り返す生き物のように、自らを触媒として晴宮に魔術をかけたのだ。


 おおよそ忍がするようなことではないが、出来てしまっているのだから受け入れるしかない。それほどに彼は英雄に心酔していたようだ。


「我を尋ねたのは、未だに里に出入りしている忍だから……ではないな」

「現存する忍のほとんどは隠居して、その任から外れている。必然、里には出入りすることもない。それに──」


 輪廻は懐から五枚ほどの布を取り出した。どれも色や素材が少しずつ違うが、共通点があるとすれば、こびり付いて取れなくなった血だろうか。


「斬咲家の近くにある入口、または入口だった場所から見つかったものだ。何者かが、忍を虐殺している」

「ふむ……我らほどではないにしても、入口を出入りできるならそれなりの忍のはずだが……こうも簡単に殺られているとはな」

「連中は手練だぞ。それに、こうして態々《わざわざ》痕跡を残しているのは──」

「──我々への警告であろうな」


 忍の里の入口は、常人には見つからない場所に生成される。偶然山に入って見つかるなんて阿呆なことは、今までで一度たりともなかった。


 つまり、入口付近に落ちている忍の残骸を見つけられるのは、忍だけなのだ。


「地図の印の位置は、いずれも現在の里の入口の位置に近しい。敵はどうやら、我らの故郷を利用しているらしい」

「里の存在を知り、自由に使いこなす者……そして、忍を容易に殺め、あまつさえ警告に用いるなど……」


 ここにいる忍と輪廻の結論は同時に同じ所へ辿り着く。


「同種か」

「あぁ、そうに違いない。少なくとも連中のうちの一人は忍だ」

「ふん、面白い。我らよりも強いか否か。里の忍を葬るということは抜け忍。ならばどのような術技を身につけているかも気になるところだ」

「それは、もう分かっている」

「何?」


 忍の疑念に輪廻は早々に答えを出す。その事実に気づいた時、輪廻はとても渋い顔をした。


 その反応から、忍もその答えに辿り着いて細めていた目を見開いた。


「『双刀術』か。貴様と同じだ」

「厄介なものだ。あれは同じように見えて、経験によってよく変化する。里長と撃ち合った時から私のも変化した。敵の『双刀術』も、『双刀術』を素にした別の剣技である可能性がある」

「面白いではないか。我の『拳術』とどちらが上か」


 腕を閉じ開きを繰り返し、得体の知れない敵の情報が拓けていく度に興が乗る忍が笑う。その姿を見て、輪廻は違和感に顔を顰めた。


「……貴様、前に見た時と随分と変化したな」

「ふん、時間は何もかもを変えていくと言うだろう。貴様と同列に、我もそうだということだ」

「何を、言っている?」

「貴様が忍ではなく従者になったように、我も忍から別の何かに変わりかけているということだ」


 黒装束に身を包む彼は忍そのものといった見た目だが、数年前とは考え方も、興味を惹かれる物も変わっているように感じる。


 何が彼をそうさせたのかは分からない。が、それは今はどうでもいいことだ。


「とにかく、これが今の里の入口と一致していることはわかった。それだけで今宵は十分だ」

「ならばどうする?乗り込むのか?貴様一人で」

「何を言う。私は忍ではなく従者だ。この命は既に私だけのものではない。無為に命を散らすような、愚かな真似はしない。そうするべき時が来るまでは、な」


 そう言い残し、輪廻は瞬きよりも早く姿を消した。勝手で傲慢な、名のある後輩に忍は鼻を鳴らし、首筋に当てられたままの糸を指で断ち切った。


「愚か、か。貴様もそう思うほど、これは愚かなことであったのか」


 自分よりも若い歳で任務にあたる彼女のことは知っていた。自分よりも忍らしい動きをするし、自分よりも忍らしい考え方をする彼女は、全盛期の時は兵器かなにかだと思っていた。


 その最強の手札が人になった時、導き出した答えは、今、教育者という立場になって指導する相手が口にしたことと同じであった。


 永らく忍として生きているうちに忘れていたが、人とは本来、命を大事にする。人に限らず、生き物とはそういうものだ。


「……ふん」


 自分の変化を自覚していながら、改めて口にされて強く実感した。それに面食らった自分を嘲笑しながら、忍はゆっくりと闇に紛れて消えた。

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