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手がかりはみんなで一緒に

 不審な商人の話は、瞬く間に晴宮中に広まった。


 この国では見ない服装に飄々とした振る舞い。一目で胡散臭いと忌避する印象なのに、何故か出会う人は話に耳を傾けてしまうらしい。


 目撃情報は確かにある。しかしその人物の顔や声、そして何を売っていて、何を対価として得ようとしているのかが不明なのだ。


 目的が不明なのはよくあることだが、目撃情報に反して服装以外の情報がほとんどないのが不可解だ。


 最近は人攫いの件数も増えてきている。魔獣凶暴化も相まって、民の空気はヒリつきを増していた。


 手がかりもないまま、不安だけが増していくのは非常にマズイ。なんとかしてこの不審な人物と人攫いに関係があるのか、あるのならばその解消を急がなければ。


 そう焦っている奉行所の人々に、一つの手がかりが持ち込まれた。


「どうやらうちの息子が拾ったようです」


 差し出されたのは、木や真珠を纏めて作られた数珠であった。見た目の歪さと発せられる邪気のせいか、禍々しいその代物は触るのさえ気乗りしないほどであった。


「ふむ……これが件の不審者の商品……一見、下手に作ったただの数珠のようだが……?」


 灰呂はその数珠を持ち上げ、ランプにかざして見つめている。その様子に、数珠を持ち込んだ彪我はため息をついて、


「敵がこちらへ渡してきた代物ですよ。もう少し慎重に扱ってください」

「だが、触らぬことにはなにも分からずじまいであるぞ。それに某に言わせれば、彪我は慎重が過ぎるのではないか?」


 素手で掴みあげる灰呂とは対照的に、彪我はわざわざ箸で数珠を持ち上げ、それを厳重なる木箱にしまった状態でここに持ち込んだ。


 息子から受け取った時から一度たりとも触れていないらしい。徹底した慎重さは昔から変わらないのだなと、灰呂は感心を通り越して呆れていた。


「それで?触ったあなたの感想は?」

「特に何もないな。目眩や頭痛もない。重さも見た目通りで、魔力の気配もない。本当にただの数珠ではないのか」

「そんなまさか。白狼の話では、周りと隔絶するなんらかの術を用いていたという話です。そんな身勝手な交渉を、ただの数珠を売るような商人が行うはずがない」


 白狼の話から連想されるのは、やはり何かしらの魔術や妖術。しかしながら、白狼が商人と出会った場所を調査しても魔力の痕跡はなかった。


 残滓を抜かりなく取り除いたのか、そもそも魔術ではない可能性も。


「敵は魔術師ではない……だとしたらなんだ?」

「考えられるのは忍ですが、敵のやり方は忍らしくない。それに忍術は魔術のように現実に干渉できない」

「む……見当もつかぬな。物知りの其方でさえ分からぬのなら、正直お手上げだ」


 不可思議な術を使い、魔力の残滓を残さず、他人の精神へ多大な影響を与える。そんな厄介で都合のいい術など、この世界にあっただろうか。


「とにかく、この数珠に触って影響がないのは分かりました。これは鑑識の方々に任せて、私達はまた別の手がかりを探すとしましょう」

「うむ、それがいいだろう。一刻も早く、この不審な人物を捕えなければ」


 数珠は鑑識へ回され、灰呂と彪我は再び不審な人物への警戒を強めた。


 敵から接触してくる機会も増えてきている。今後はあちらから来るのを待つのではなく、こちらから探し出す覚悟も必要だろう。


「とはいえ、少なくとも目撃情報のある場所は粗方探したが、人の痕跡もなかった。山に隠れているにしても、こうも目撃場所がバラバラではな」


 家に帰ってから、印が付けられた地図を広げ、ロウソクの灯りを頼りに考えを巡らせる灰呂。地図を眺めてうんうんと唸ってみるが、やはり彪我のように何かに気づくことは出来なかった。


 位置の共通点もなく、面積は小さいとはいえかなりの規模の大きさの晴宮全土の隅から隅まで行動範囲のようだ。


「父様?何をしてござるか?」


 どうしたものかと悩んでいる灰呂の元へ、風呂上がりらしい暁が飛び込んできた。可愛らしい愛娘を脚の上に乗せ、灰呂は地図をさらに大きく広げた。


「少し探し物があって、この印の共通点を探しているのだ」

「それが分かれば、父様の探し物も見つかるのでござるか?」

「あぁそうだ。しかしさっぱり見当がつかないのだ。時間も場所も無作為に選んでいるようにしか思えない……」


 地図をじっと眺め、普段しない顰めっ面をする父親を見上げ、暁は暁なりに答えを模索した。


 しかしながら六年しか生きていない暁が振り絞れる知恵などそう多くない。分からない問題に直面した時、暁が次にする行動は、


「だったら、輪廻に聞いてみたらどうでござるか?輪廻は物知りでござる」

「ふむ……確かに、そうであるな」


 そう灰呂が思ったのは、輪廻が物知りだからではなく、輪廻が元忍であるからだ。


 忍として生きてきた彼女は、度々灰呂との価値観の相違に苦労している。視点が違うなら、灰呂が思いつかない答えが返ってくるかもしれない。


「でかしたぞ暁。良い案だ」

「へへん!父様、探し物見つかりそうでござるか?」

「おうとも。其方のお手柄でな!」


 ガシガシと頭を撫で、暁を脚から下ろすと、暁は髪を乾かすために紅葉の元へと走っていった。灰呂も部屋から出て、ようやく皿洗いを終えた輪廻を尋ねてみる。


「はぁ……不審者の目撃情報の位置、ですか」

「何か勘づかぬか?其方ならではの視点からの答えが欲しい」


 しぶしぶ地図を見つめる輪廻。しばらく印の位置を目で追っていると、ある時突然ハッとした顔を見せた。


 それから印を指で繋げるようになぞり、またしばらく考えて、


「こちらを模写させて頂いてもよろしいですか?」

「ふむ……関係のない者に見せぬのならば問題は無いが……」

「私がこれから話をつける人は関係大ありです。もちろんあなたも」


 一応この情報は晴宮の軍事的な立ち位置が上位である者しか知らないことであるのだが、輪廻が言うのならば問題もないだろう。それくらい輪廻は灰呂から信頼を得ている。


 灰呂は模写を許可し、輪廻はそそくさと正確に地図を模写するとその日のうちにどこかへ向かってしまった。もう夜も遅いのにどこに行くのかと心配になった灰呂であるが、


「輪廻ならば平気な顔をして手柄を持って帰りそうなものだ。自然とそう思えるな」


 自分ではどうにもならない問題も、周りの手を借りればどうにかなる。何度もそうやって苦難を乗越えてきたはずなのに、立場のせいか、それを忘れかけていた。


 今一度思い出したことを噛み締めて、灰呂は不意に呟いた。


「全く、某は周りに恵まれたな」



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