適材適所
定例会議、というものがあるということは既に述べた通りだ。
毎月行われるこの会議、蛇足の一件以降は町の復興の話で持ちきりだったが、それも大分落ち着いて、ここ最近は緊急性の低い報告ばかりだ。
しかしその擬似的な平和が、崩れようとしていた。
「不審な男と女が、度々目撃されています。それに乗じるように、奉行所の侍や浪人が行方不明になっております」
それは、今の奉行所隊長を務める侍、坂野丸大極から挙げられた報告だった。
「その不審者の特徴は?」
「男の方は、全身を覆い隠すようにローブを身に纏っています。この者はその身なりや振る舞いから、この国の者ではないとの推測が。それから女の方も同じく、全身を隠す黒装束を纏っているとのこと」
「全身を隠す黒装束……忍びのようであるな」
「えぇ、我々もそのように推測しております」
不審な人物の目撃情報は、晴宮全土で確認されている。この人物らはこの国で、なんらかの策略を巡らせているのか、はたまたただの悪戯か。
「悪戯にしてはタチが悪い。なにせ、行方不明者を出しているんです。その行方不明達のほとんどは、おそらく生きてはいないでしょう」
「……えぇ、そうでしょうね」
蛇足の一件以来、奉行所は侍達の実力や数を強化し、忍との対面も予期した訓練も行われるようになった。
この国の隅々まで、奉行所の監視の目は行き届いている。それを掻い潜るのだから、油断のできない相手だと言えるだろう。
「何を企んでいるのか……悪党の考えることは分からぬな!」
灰呂は腕を組み、将軍として見過ごせない問題に嘆息した。じっくりと考え、すべき対処を思いつこうと必死な灰呂を見て、隣の彪我は少し笑った。
「どうした?」
「いえ、あなたらしくないと思っただけです。眉間に皺を寄せ、腕を組み、思考にふける。それは正しく、歳をとった政治家だ。あなたの得意分野はそれじゃないでしょう?」
昔からの好敵手は、灰呂をそう諭してくる。娘を持ち、刃を振るうのが昔よりも大変になってきたこの頃、灰呂はいつしか刃より頭を使うことの方が多くなってきていた。
これでは、灰呂はただの木偶の坊だ。
「あなたが考えたところで、坂野丸君には及びませんし、杞憂となって終わるだけです。ならば、あなたのすべきことはなんですか?」
「……そうだな、あぁそうだ!某は侍!考えるのは性にあわぬ!よし、某も捜査へ参加するぞ!行方不明者の居場所も、不審者の目的も暴いてみせる!」
「えぇ、それでこそ、斬咲灰呂殿です」
この定例会議は、その不審者達への捜査は灰呂が率先して参加するという結論で終わった。
適材適所、それが国を運営する上では最も大事なことだ。
「いずれ、私も適所へ往く」
誰にも聞こえない呟きが、彪我の口の中だけで零れた。
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「くそ……!!」
竹でできた的を斬り飛ばし、名の知られていない一人の侍が悪態をついた。
刀を地面へ投げ捨て、どかっと岩に腰かける彼は、刀義に参加できる年齢になってから毎年出場しているただの侍だ。
自分の腕にはそれなりに自信があったし、晴宮の外れに住んでいた頃は最強だった。なのに夕景に来てみれば、波門家や斬咲家などなど、自分では越えられない壁が多数あった。
それは努力でどうにかなるものじゃない。血筋についてきた才能という付属品のおかげだ。
と、この愚かな侍は勘違いしているわけである。
「何故、あれほどの速さ……あれほどの力……!!ふざけるな!それではハナから土俵が違う……勝てるわけがないだろう!!」
自身の無力を他者のせいにして、侍は頭を抱えた。誰もいない山の中、自分だけの修練スペースで項垂れる彼に、誰も間違いを訂正してくれる者はいなかった。
───今、この時までは。
「おやおや、どうやら行き詰まりを感じているご様子」
「ッ、誰だ!?」
背後からした謎の声に身を翻す。そこにいたのは、この国らしくない装いをした青年だった。
色白な顔を微笑みで染め、奇妙な帽子を被り、体はローブに覆われていた。異国の商人にも見えるその不審者に、この侍は急いで刀を掴みあげた。
「貴様……聞いたぞ、ここ最近噂になってる、神隠しの不審者だな……!!」
「神隠し?そりゃまた大層な幻想に浸ってるようですなぁ。まぁ、僕ぁ気にしませんがね」
動きや雰囲気、全てが不審なこの男は、懐から男へ何かを差し出した。
刀を構えつつ、手に握られたそれを見ると、それは真っ黒な御守りであった。
「お手製の御守りです。どうです?これを持てば百人……いや、千人力。行き詰まりを感じたあなたに、僕ぁぴったりだと思いますがね?」
差し出されたそれは、珍妙な呪具なるものらしかった。しかし男の言う言葉の信憑性は薄い。
「し、信用できるか!貴様、この俺を惑わそうと──」
「面倒な詮索は侍のあなたには似合わない。どうです?お試しでお使いになっては」
侍の言葉を遮り、男は侍の手に無理やり御守りを握らせた。
直ぐにそれを投げ捨てようとしたその時、侍の体に変革が訪れる。
「ぅぐ!?」
全身が縮むような感覚に手足の感覚を失い、地面に片膝をついた。その衝撃で頭が揺れて、視界が波のように歪んでいく。
このまま命まですっぽり落としてしまいそうだ。しかし、それは徐々に収まっていき、それに伴って体の奥底から何が強いものが湧き上がってきた。
「ぉ、ぉおお?」
身体中が痒い。耳が遠くなった気がする。しかしそんな疾患の不快感すら気にならないほどに、今はこの溢れ出る力が心地いい。
それは、御守りを強く握れば握るほど強くなる。
「すさ、まじい……!!これぁ……ぁ、ぁ、ぁぁア?」
段々と理想に近づいていく。これが、斬咲や波門がいた土俵か。
「うぁァア!!」
力任せに刀を振るってみると、背後の竹藪が一挙に斬り飛ばされ、山の一部分が大きく禿げてしまった。
大きな岩石も、沢山の竹も、空に浮かぶ雲でさえ、今ならば斬れる気がする。
「気に入っていただけたならなにより。僕ぁ嬉しい限りです。ただ──」
力の躍動に喜ぶ侍の傍ら、男はひたりと笑って、
「それをお使いになるのなら、対価が必要です。それを頂いても?」
「あ、あぁ……あぁ!くれてやる!金か!女か!酒か!?なんでもやってやるよ、今なら俺の村全部ぶち壊して占領することだってできらぁ!!」
「おやおや太っ腹。ですが、なにも僕ぁそこまで落ちぶれた人間じゃないんでね……人間じゃ、ないんでね」
男が細い腕を空へ向かって伸ばし、指を揃えてスパッと侍へ指先を向けた。
「一名様、ご案内」
その呟きの直後、侍の全身を、針金のように硬い糸が拘束した。




