剣術会
「父様!!ご苦労にござる!!」
「おぉ暁!!父の勇姿を見ておったか!!」
汗だくの父に飛びつく暁は、父の勝利が嬉しくてたまらないようで、今日一番のはしゃぎようであった。
そんな暁を抱き上げ、将軍斬咲灰呂はニカッと笑った。
「紅葉!某は再び、将軍の座を手にしたぞ!」
「お疲れ様。よう頑張ったねぇ。暁も嬉しそうやしな」
「嬉しいでござる!!」
家族団欒。今年もいつものように勝利した灰呂を中心に斬咲家の暖かさは広がっていく。
「よかったです。今年も勝つことができて」
「えぇ本当に。波門家も腕を上げてきていますから」
水蓮の見立てには灰呂も心の中で首肯した。ここ最近の彪我の努力と成長は目まぐるしい。打ち合っていても、今まであった、決して大きくない差が埋められつつあるのをひしひしと感じている。
灰呂は彪我を、自分の次に努力する男だと評価している。このまま彪我が成長を続けるのならば、いずれは灰ろが追い抜かされてしまうのも時間の問題で──
「斬咲灰呂」
そう灰呂が思案する中、周りの声を鎮める力を持つ声が近づいてきた。灰呂達がすぐさま跪くその人物は、簾によって顔を隠された帝だ。
帝を前にして、暁は輪廻に言われて皆と同じように膝をついて頭を下げた。その様子に帝は宇美を傾け、
「良い。その娘にその姿勢を強いることはない」
そう言われた暁は立ち上がり、しかしどうすれば良いのか分からず、とりあえず跪く父の隣に立った。
「して、灰呂。今年も変わらず、その任を全うするが良い」
「はっ、帝様。某は貴方様のためにこの身を捧げる思いです!」
「良い。が、其方が一番にすべきは妻と娘よ。努々忘れるでない」
「はっ!某は全てを守り申す!」
「ふむ……良い。その心意気を胸に秘めておくが良い」
姿の見えない帝は、輿に乗せられその場を後にする。帝をよく知らない暁は、その奇妙な移動方法をする帝に手を振って、
「歩く方が速いでござるよーー!!!」
「あ、暁様!!」
輪廻がすぐさま暁の口を手で塞ぎ、失礼を詫びようと顔を上げると、帝は簾をあげてこちらに振り返っていた。橙色の太陽のような髪の毛を揺らし、目を細める美しい女性が、暁を見て微笑んだ。
「良い。そうさな、次はこの足で訪れることとしよう」
「それがいいでござる!!」
「ふむ、そうであるな」
暁の元気で可愛げのある反応に、帝はこれ以上ないほど微笑んで簾を下げた。輿は進み、見えなくなるまで見届けた一行は肩の力を抜いた。
「肝が冷えました……」
「そうですね……暁様、あのお方はこの国で最もお偉い方です。もっと敬意を持って頂かなければ」
「う、ごめん、なさい……」
帝の立場やこの国の偉い偉くないの仕組みを、暁はまだよく知らない。それはこれから教えていけばいいこと。知らないことは恥では無い。
無知を当然だと主張し恥じない姿勢こそ、人として恥ずかしい。
「大丈夫やよ。これから知っていけばいいんやから」
「そうだぞ暁。某も昔、帝に斬りかかったことがあるんだからな!」
「えぇ!?初耳なんですが!?」
灰呂の大罪の話はさておいて、一行は祭りの終わりに流されるがまま家へと帰って行った。明日の朝のこともあり、疲れた暁は帰って湯浴みを終えると直ぐに寝てしまった。
その可愛い寝顔を指でつついて、紅葉は暁に語りかけた。
「暁、今日は楽しかった?」
寝ているのでもちろん返事は無い。それでも、幸せそうに寝ている我が子を見れるだけで、紅葉も幸せになれた。
「げほ、げほ……!」
口元を抑えた手のひら、たとえそこに命の源が零れて、真っ赤になっていても。
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その日の朝、暁は水蓮に連れられて、剣術会の門の前まで向かった。
「お、噂の最年少様が来たか」
門の前には木刀を肩に担いだ白狼がいた。彼もちょうど今やってきたところらしく、暁は白狼に案内されて剣術会へと足を踏み込んだ。
「夕方、五時頃にお迎えにあがりますので」
「うむ、ご苦労でござる!」
水蓮に見送られ、暁は白狼について行く。門を抜けると、すぐ目に入るのは大きな木造の建物。入口には剣術会と達筆な字で書かれた看板が掲げられ、その中は大きな剣道場になっていた。
その建物の奥には中庭のような修練場もあり、そこには竹で作られた的が沢山並べられていた。
「師範が来んのは八時半。それまではここの掃除だ。俺は天井の掃除を任されてる。てめぇは?」
「うーん?そういう事は言われてないでござる」
「あぁ?言ってねェのかよ師範。んじゃあ、お前も一緒に天井やってくれよ。俺一人じゃ面倒でよォ」
他の生徒達が一生懸命壁や床を雑巾で拭く中、白狼と暁が掃除する場所は天井だ。入り組んだ木の骨格。その上側に積もった埃を取るのが仕事だ。
だが、その場所は天井。当然高い位置にあるそこへ登るための梯子も何も用意されていない。
ならどうやってそこに行くのかというと、
「よっ」
白狼は強く床を踏みしめ、凄まじい跳躍力で天井の骨格に掴まった。ぶら下がり、驚異的な筋力で体を支えながら器用に埃を雑巾で拭いていく。
「暁、雑巾持って反対側から拭いてくれ。ちゃんと端から端までやれよ。完璧じゃねェと、師範が昼飯減らしてくるからなァ」
天井を拭きながらそう言う白狼。それに他の生徒が反応した。
「白狼、流石に六歳の子供にそんなの無理だろ」
「斬咲家ってのは確かに規格外だが、流石にあそこまで飛ぶのは……」
そう言っている生徒達の隣で、暁は雑巾をめいっぱい絞ったあと、白狼とは反対側の天井へ視線を向けて、
「ほいっ」
白狼よりも遠くから端っこの天井まで飛び上がり、骨格の上に着地した。
「えぇぇ……」
「ありゃ確かに、伝説、かもな……」
白狼の頼みは酷だと言っていた誰もが、暁の異常な身体能力を見て納得してしまった。
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「集まれ!鎌鼬師匠がお見えだぞ!」
誰かの号令に招集した生徒達。正座する皆の視線の先には、杖をつきながらゆったりと歩く老人、鎌鼬がいる。
この剣術会は鎌鼬が創設した侍を育てる施設であり、ここに住み込みで修行に励む者も多い。責任者でもあり指導者でもある鎌鼬は、その老いた見た目とは裏腹に確かな腕前を持ち、生徒や保護者から厚い信頼を得ている。
皆彼を尊敬し、真摯に剣術に励む彼らは礼儀正しく振舞おうとするのだが、
「白狼ッ!だらしのない座り方をするでないッ!」
「あァ?いいだろ師範。座り方も個性だよ個性」
最前線、鎌鼬の目の前で堂々と胡座をかく白狼は、尊敬する師範の怒号を受けても何処吹く風だ。
いつも通りらしいその光景に周りの生徒達も慣れつつあって、自主的に注意をする者もいなくなり始めていた。
「はぁ全く……まぁそれはさておいて、皆の者。もう知っておろうが、本日より新入生がここで共に剣術を学ぶ。暁、来い」
呼ばれた暁は立ち上がり、すてすてと鎌鼬の隣まで走った。
「挨拶せい。年齢的に言わせれば、全員お主の先輩じゃからな」
「おはようございます!拙者の名は斬咲暁!よろしくお願い申す!でござる!」
皆の前で堂々と大声で挨拶すると、皆が拍手を返してくれる。隣の鎌鼬は、すぐ側で発せられた爆音の挨拶に耳を抑えながら、暁を再び座らせて今日の予定を話し始めた。
「さて、皆の今日の修練はいつもの通り、午前が終わるまでは素振り。昼飯を食べてから三時まで素振り。一時間街を走った後、最後の一時間で模擬戦じゃ。とはいえ、本格的な模擬戦ではなく、二人一組で簡易的な手合わせじゃ。良いな?」
鎌鼬の言葉に生徒達は皆「はい」と綺麗に声を揃えて答えた。白狼は「へい」と耳をほじりながら気ダルげに、暁は「承知!」と大声を返した。
「うむ、では皆、この場にて素振りを開始せよ」
その号令に皆はすぐさま立ち上がり、各々の木刀を取りだして等間隔に並び、素振りを始めた。
「てめぇ、木刀ねェのか?」
「あるでござるよ!輪廻が用意してくれた拙者の愛刀!『爛丸』でござる!」
「おぉー、いいねェ」
取り出した愛刀『爛丸』を掲げる暁に、白狼も自分の木刀を担いで笑った。
早速愛刀を振るうため、皆と同じように位置について素振り始めようとした。
そんな暁を、鎌鼬は呼び止めた。
「暁、お主はそっちではない。お主は外じゃ」
「んむ?何故?」
「すぐに分かる。ほれ、白狼も来い」
「はいよ」
木刀を肩に担いだ白狼と共に、暁は中庭へと出る。
「おや?」
中庭に出ると、先程までは無かった大きな岩石があった。それは中庭に二つ並べられており、その真ん中に鎌鼬が立つ。
「お主らの修行はちと難易度をあげる。この岩を今日中、走る時間までに斬れ」
ポンポンと岩を叩く鎌鼬。その修行内容に白狼は手をヒラヒラと振ってため息をついた。
「おいおい、何が少し難易度をあげる、だよ。他の奴らの十倍はきついだろ」
「つべこべ言わず、刃を振るえ、白狼」
「へいへい」
白狼は木刀を構え、岩へ切っ先を向けた。
じっと岩を睨みつけ、呼吸を整え一足。
踏み込みは十分。空気すら重く感じるほどの轟速で振るわれた木の刃は、吸い込まれるように岩石へと振り下ろされて、
「どらァ!!」
威勢のいい声を響かせ、木刀は岩石に直撃し、岩石と木刀は木っ端微塵に砕け散った。
破片が勢いよく飛び散り、中庭中に散乱する。弾丸のような速度の破片を、鎌鼬は暁をかばいながら杖で払い落とした。
「どうだ?師範。合格か?」
粉々になった岩石の真ん中に立ち、自信満々に折れた木刀を肩に乗せる白狼。その様子に鎌鼬は呆れたように嘆息して、
「お前さん、聞いておったか?儂は岩石を破壊せよ、ではなく、斬れ、と言ったんじゃ」
「ちぇ、やっぱそうかよォ。ま、壊すだけならそんな難しい事じゃねェしな」
白狼の呟きに、それを聞き取った他の生徒の顔が渋くなる。そもそも、自分の三倍ほどの大きさの岩石を木刀で破壊することは簡単な事じゃない。
「破片は全て回収して、裏倉庫にある岩石をここまで持って来い」
「全部俺がやるってのか?」
「当たり前じゃ。破壊したのはお主なんじゃからな」
「へいへい、わーったよ」
文句を垂れながら岩石の破片を拾い始める白狼。その背中をさぼらぬように監視する鎌鼬を横目に、暁も岩石を見据えた。
確かに大きく頑丈そうな岩石だ。見る分にはさして問題はないが、斬れと言われればただの岩から超防御力をもつ難敵へと変化する。
足へ力を込め、重心を後ろへ下げる。それと同時に腕を大きく振り上げ、息を大きく吸った。それに伴い、暁の目が大きく見開かれる。
外界の音は消え去り、暁にあるのは岩石と自分のみ。
「──ひゅ」
暁の息が唇から漏れた。その瞬間、鎌鼬と白狼は身を硬める。
その瞬間、暁の木刀が振り下ろされた。
木刀は岩石に当たらなかった。しかし、斬撃は確かにそこにある。
「なんと」
「マジか……!」
鎌鼬と白狼が同時に飛びず去った瞬間、世界は暁に追いついた。
岩石はいとも簡単に真っ二つに両断され、その後ろの建物までも吹き飛ばし、斬撃の余波は中庭の地面に大きな切り傷を残す結果となった。
余波で中庭のあらゆるものが吹き飛ばされ、もみくちゃになり、盆栽やら木刀のストックやらが宙を舞う。
「……やべェ」
「こりゃ、想像以上じゃったな……」
盆栽を全て無傷で拾い上げた鎌鼬と、木刀を纏めて脇に抱えた白狼が感嘆する。
あれは明らかに、人の領域に居ない。
砂煙の中、岩石から一切目を離さなかった暁が笑いながら飛び出してきた。
「師匠!岩が斬れたでござる!次は何を斬ればいいでござるか?」
全くの疲れを見せない六歳の幼女のあどけない笑顔に、鎌鼬は驚愕を残したまま笑みを浮かべた。
「これは……侍の最高傑作、じゃな」
木刀を立派な刃に仕立て上げた暁に、鎌鼬は人生で一番の危機感と興奮を覚えたのだった。




