イレギュラーの合格
毎年のように、将軍様への民からの激励を受け取りながら、斬咲家の祭りは進行していく。
普段は食べられないご馳走が出店に並べられ、暁は目を輝かせながらそれらのほとんどを食べ尽くした。
暁の可愛らしく素直な反応が嬉しいのか、出店の店長達はこぞってサービスをしてくれたので、暁のサービス分だけで一行は満腹になるほどだった。
「うちの娘の可愛さが、皆に伝わってよかったわぁ」
「えぇ、暁様は可愛らしいです」
「んにゅ?」
車椅子を押すのに飽きて、今は紅葉と一緒に車椅子に座っている暁。その不思議そうな振り返り顔を、紅葉がつまんで遊んでいる。
代わりに車椅子を押す輪廻は、その光景が尊すぎて口の中が血の味がしたような気がした。
そんな輪廻の隣で輪廻と同じ気分だった灰呂が、前を向いて不意に手を振った。
その先には杖をつき、何人かの侍見習いの少年を連れた老人が石の上に座っており、灰呂だけでなく水蓮と紅葉もその人物へ頭を下げていた。
輪廻と暁が不思議がっていると、灰呂が老人のことを紹介してくれた。
「この方はな、鎌鼬の仙人だ。某に剣を教えてくれた水蓮の──」
「師匠です。剣術を教えるということに関しては、師匠の右に出る者はおりません」
その老人の名前を聞いた時、輪廻は目を丸くして老人を見た。
髪の毛は綺麗に抜け落ち、杖をつく手も震えるほど老いたその人は、この国でも有名な剣術教室の指導者だ。
「これほど、ご高齢な方だったとは」
「腕はまだまだ健在だ!な?仙人?」
「ふん、斬咲の若造めが。将軍だからって調子に乗りおって」
老人、鎌鼬は薄い目を開いて灰呂を見上げながらそう言った。その言葉に輪廻は頷いて、
「えぇ、おっしゃる通りですね」
「輪廻!?何故急に攻撃態勢に!?」
鎌鼬の背中を押した。
「父様?このお爺さんが、拙者が喜ぶことをしてくれるでござるか?」
「お前さんか、暁というのは」
首を傾げる暁に鎌鼬は視線を向けた。暁は鎌鼬と目が合うと、いつものように人たらしな笑顔を見せて、
「よろしくでござる!暁でござる!」
「ふん。この血筋はずっとうるさいのぅ!その底なしの活力が羨ましいわ!」
暁の大声に耳を塞ぐ鎌鼬。紅葉が「すみません」と言うと、暁も真似して「すみません、でござる」と素直に謝った。
「まぁ、その素直さは認めてやるわい。素直さは、学ぶ姿勢において重要な気質の一つじゃからな」
「やった!!認められたでござる!!」
「言ったそばからうるさいのぅ!」
改善が難しい大声癖はさておいて、この鎌鼬に暁を会わせた訳は他でもない。
「どうでしょう師匠。暁様は、あなたが指導するに値するお方ですか?」
水蓮の問いに嘆息し、鎌鼬は暁の顔を見た。
真っ直ぐ見つめるその視線は、もはや睨みのようにも感じるほど鋭かった。
その瞬間、輪廻は背筋が凍る思いをした。鎌鼬からとてつもない剣気を感じ取ったからだ。只人が持たざる経験から溢れるもの。それを真っ向から受ける六歳の暁へ、鎌鼬は一つの問いを投げかけた。
「暁よ、もし今儂と斬り合うとして……お前さんはどこから攻める?」
その問いに、灰呂、水蓮、輪廻が瞬時に答えを導き出す。
鎌鼬というこの男。優秀な侍を育てることで有名だが、この男が開く剣術会に入れる者は限られる。
この問いは入るための試練であり、答えを間違えればその指導を受けることは出来なくなるのだ。
灰呂、水蓮、輪廻が瞬時に導き出した答えは一緒だった。
右肩首筋より。そこが今鎌鼬の一番隙が多い箇所だ。狙うならその場所。たとえ攻撃を防がれても、相手の体勢を崩す程度のディスアドバンテージを与えることはできる。
それが正解だ。さて、暁がその正解を引き当てることができるのかというと、
「──真正面。拙者なら正面から首を刎ねる、でござる」
三人が想定していた答えとは全く外れたことを口にした。
それは不正解だ。三人に過ぎる嫌な予感。
鎌鼬は答えを聞き、大きなため息を吐いてからこう言った。
「………ふむ、では、明日から朝八時より剣術会へ来い。みっちり指導してやる」
「……え?」
鎌鼬の結論に、思わず輪廻が声を出してしまった。
不正解だったというのに、暁はすんなり鎌鼬の試練を合格してしまった。
その不可解さは、鎌鼬の連れていた少年達、今の弟子達も感じ取ったようで、
「師匠!どういうことですか?今のは確実に不正解でしょう?」
「斬咲家だからって、贔屓してるんじゃないでしょうね?」
その数々の不満に、鎌鼬は手を挙げて、
「お前さんらの言いたいことは分かっておる。今のは本来不正解じゃ。儂が用意した答えではない」
「なら何故───」
「言ったじゃろう。本来不正解なだけ、儂が用意した答えではないだけじゃ。こやつからすれば正解。いや………暁がいうなら、その全てが正解になりうるんじゃ」
鎌鼬は杖で暁の頭をこんと小突いた。
「この暁を、お主らと同じ感触で測ってはならない、ということじゃよ。正に、伝説の子じゃな」
「んん?合格って事でござろうか?」
「そう言っておろう」
「やったーー!!」
「うるさい!」
大衆のど真ん中で、暁は鎌鼬の試練を見事に乗り越えたことを喜んだ。
齢六歳にして剣術会への入会は史上最年少だ。鎌鼬ならば、暁の有り余る体力を成長へ繋げてくれるだろう。
「鎌鼬の仙人、我が娘を頼みましたぞ!」
「分かっておる。しごきがいがある奴が多い方が儂も退屈せんからな」
そう言って、鎌鼬は後ろで押し黙っている弟子達に振り返る。弟子達は申し訳なさそうに項垂れ、その様子に鎌鼬は笑った。
「なに、気にするな。凡人と天才は違う。凡人は凡人の道と伸び方。天才は天才の道と伸び方がある。比べるなら他人ではなく自己であると、日々言っておろう」
「とは言っても師匠」
「あれだけ苦労した入会の試練を、こうも簡単に、しかもこんな幼い子に突破されてしまうと……」
「かははっ!そりゃあそうじゃな。まぁそういうこともある。気にするだけ無駄じゃ」
暁の合格は、先輩弟子の自信を大きく損なわせてしまったらしい。そのことに気付かぬ暁は、先輩弟子らに挨拶をして回っている。
「全く、近頃は豊作じゃな。最年少合格が、ここ数年で二回も更新されるとは」
「暁様の以前にも、そのような方が?」
「あぁ来よったよ。暁よりも年は上じゃが、彼奴はちと粗暴じゃ」
どうやら、暁よりも先に入会したらしい、暁にも匹敵する侍見習いがいるようだ。暁ほどの才能の持ち主がボコスカ産まれてしまっては大人達の面目も立たないが、
「転換期じゃろうな。『魔王』の噂しかり、魔獣の凶暴化しかり、時代は再び苛烈さを取り戻しつつあるのかもしれん」
「いいのか悪いのか」
「馬鹿言うな。平和が一番じゃよ」
願わくば、剣術の腕が才能とは認められない世界になってくれればいいのだが。
そう世間話をしていた鎌鼬の背後から、一人の少年がりんご飴を頬張りながら歩いてきた。
「師範!りんご飴買ってきたぞ」
「おぉ、なんじゃくれるのか?」
「あ?んなわけねぇだろ。買ってきたぞって教えてやっただけだ」
「なら言うな!今の時間返せ!」
その少年は半壊したりんご飴を鎌鼬の目の前でふらふらと揺らし、腹を立てた師匠の反応にケラケラと笑いながらまたりんご飴を食べ始めた。
白い髪をかきあげ、髪留めのようなもので後ろの髪を縛った少年。来ている服が小さいのか、筋骨隆々な肉体が服の上から見ても分かる。
頬には十字の傷があり、切れ目な彼は灰呂を見るなり三白眼を見開いた。
「将軍様じゃねェか。今日の刀儀、楽しみにしてるぜ」
「おぉそうか!其方が満足のいく剣戟を見せてやろう!」
「そうかよォ、ま、精々負けねェでくれよ?」
そう言うと少年は視線を逸らし、今度は挨拶をし回っている暁の頭を掴んだ。
「んにゅ?」
「てめぇは?」
「斬咲暁でござる!明日から鎌鼬の仙人のところでしごかれるでござる!」
「おいおい嘘だろ師範。確かに美形な奴だが、いくらなんでもその年の差で手ェ出すとか、引くわァ……」
「んなわけあるかァッ!!品のないことを人前で口にするでないわ!!」
「へいへいうるせェって。よろしくな、暁」
少年は鎌鼬の怒号を軽く流して暁へ手を差し出した。背の小さい暁はその差し出された手に背伸びしても届かない。
しかし、暁はその手がある位置までぴょんと飛び上がり、手が弾かれるほどの力でハイタッチをした。
「よろしくお願い申す!して、貴殿の名は何と言うでござるか?」
「礼儀正しいこったな」
暁の質問に、少年は少し胡乱げに笑って答えた。
「俺ァ白狼。剣術会で一番強い侍だ。よろしくな」
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時刻は進み、夜。特大の花火が打ち終わったあと、皆の注意は毎年恒例のあれに向く。
それはそう、刀儀である。
「これより、刀儀を始める」
毎度と同じように帝がそう発した時、皆から歓声が湧き上がる。その中には水蓮に肩車された暁の大声も混じっていた。
刀儀はこの国で一番強い侍を決め、将軍とする儀式。集った侍達は皆腕に自信のあるものばかり。しかしながら、その中でも一際異彩を放つのは、二人の侍。
刀儀が進むにつれ、その異彩は顕著に現れ始め、ついに最終決戦のその時、二つの刀が構えられた。
「今年こそ、あなたに勝ちたいものですね」
「ふん!勝つのは某だぞ彪我!!」
今日まで将軍であった斬咲灰呂と、今日まで将軍を狙った波門彪我。二人の決戦は二十年程前からの恒例行事。そこに他人がつけ入る合間などない。
が、唯一割り込むのは、たった一つの声援。
「父様ーーー!!!!頑張れーーーー!!!!」
花火の爆発音よりも大きな、愛する娘からの激励。それに燃えたぎる戦意を光らせ、灰呂は刀を強く握った。
「悪いな、某の愛娘が」
「いいえ、微笑ましいものです。私の息子にも、あのような素直さがあればよいのですが」
同時に踏み込む二人、この国で最も強い侍の刃が交わされた。
歓声の声は更に盛り上がり、皆それぞれ応援する方の名を呼んでいる。
暁はもちろん灰呂のことを応援している。が、皆の歓声が自分の声を埋めつくし始めると、暁は水蓮の肩から降りて、人混みの中を前へと抜ける。
一番前の特等席まで矮軀を活かして滑り込み、すんと落ち着いて戦いを見届ける。
じっと戦いを見つめ、瞬きすらしない。交わされる激しくも静謐な剣戟の中、暁は不意に口を開いた。
「父様が勝つ」
「親父が負ける」
「「……ん?」」
暁から漏れた声に重なるように零れたもう一つの声。それぞれの声の主はお互いに振り返った。
「むむ!白狼でござる!」
「暁じゃねぇか、なんでここにいやがんだ?さっき後ろにいたじゃねぇの」
「父様の勇姿を見に来たでござる」
「あぁそうか。てめぇの親父さんがあの『将軍』か」
同じく特等席にて戦いを見ていたのは、先程会って別れたばかりの白狼であった。白狼は背の低い暁の胴体を持ち上げ、戦いを自分と同じ高さで見れるようにして、
「んで、暁。どっちが勝つと思う」
「父様にござる」
「ほーん、根拠は?」
「技術や身の運びに大きな差はないでござるが……父様のほうが気迫がある」
「だよな、俺もそう思う。俺の親父は踏み込みが弱い。技術ばっか磨くからそうなる」
白狼と暁は同じ結論に辿り着いていた。まだ十二歳と六歳。しかし、剣の道に関しては他の侍見習いから大きく先んじていた。
「白狼の父様は、あの波門彪我殿でござるか?」
「あァそうだ。まぁ血は繋がってねぇがな」
「そうなんでござるか?子どもなのに血が繋がって、ない?」
「あァ気にすんな。てめぇはそのままでいい。今はな」
白狼がそう言うと、理解しきれなかった暁が「むぅ」と拗ねて振り返ってきた。生意気な後輩弟子の反抗に、白狼は暁を上下にシェイクする悪戯で対抗した。
「あぅあぅあぅ」
揺れられながらも、暁は直ぐに戦いに目を向けた。上下に揺れる視界の中、打ち合う二人の戦士の終戦が近づいているのが分かる。
「ふぅ、せい、はぁあ!!」
「しぃッ」
真っ直ぐ、下手な駆け引きなどせず、強く踏み込み、強く振るう灰呂の斬撃に、彪我が押され始める。
美しい銀閃は彪我を弾き飛ばし、刃を握る手に確実にダメージを貯めていく。防がれた余波が炸裂し、観客にまで届きそうな斬撃に彪我の腕が痺れる。
彪我も簡単には諦めない。しかし、いずれ限界は訪れる。
「「──終わる」」
暁と白狼の声が重なった時、踏み込んだ灰呂の横凪一閃。それが彪我の刃を天高く打ち上げていた。




