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伝説の誕生

「な、なんだ!?」


 勝ちを確信した里長の背後、壁のようだった津波のど真ん中に真ん丸な穴が空けられ、それから瞬きよりも短い時間のうちに残りの水も同じように撃ち抜かれ、波は威力を失って落ちていく。


 『地獄釜』の跡地へ降り注ぐ塩水の雨。その中で皆が立ち尽くす中、里長だけが身を翻した。


 が、遅い。遅すぎた。


「遅い」


 鈍い音が響き、里長が瞬く間に蹴り飛ばされていた。


 防衛の間に合わぬ攻撃に耐えきれず、里長は吹き飛んで瓦礫の中へ埋もれる。代わりに里長のいた場所へ降り立った人物を見て、輪廻を目を丸くした。


 その人は、美しい髪を持つ妖狐であった。


 橙色の毛を持ち、太陽のような瞳を長いまつ毛で彩る妖艶な狐人。下駄を履いたその女性が誰なのか、輪廻には分からなかった。


 しかし、紅葉はきちんと気づいていた。


「帝、様や……」

「は、え、帝、様……!?」


 紅葉の言葉が信じられず動揺する輪廻。その目の前で微笑む妖狐こそ、この晴宮を統べる帝であった。


 帝の御前でありながら、驚きに支配されたままの輪廻と紅葉の頭に手を置き、帝はゆっくりと撫でた。


「よく耐え忍んだ。くノ一と将軍の嫁。風の知らせを受け、エレストより舞い戻った。其方等の死闘が、国を生かしたことを誇るが良い」


 帝は背筋を伸ばし、背丈に匹敵する大きな尻尾を立てた。


「大義である」


 その帝の声と微笑みが、極度の安心感をもたらして輪廻は思わず力が抜けそうだった。それでも腕の中の紅葉を離さず、輪廻は里長が埋もれた瓦礫の山を睨んだ。


「帝様、あの外道なる男は……」

「分かっておる。あの程度では死なん。あれはそういうものよ」


 カランコロンと軽快な音を立てながら、細い岩の針の上を歩む帝。その毅然とした背中に、輪廻は全てを託す思いだった。


 それを察してか、帝は振り返って、


「くノ一、紅葉……後は任せよ」


 帝の姿が消え去った。


~~~


 それが見える前に、灰呂は気がついた。


 それは紅葉が子供の力を借りて、『子守り加護』で津波を一時的に防いだあの瞬間。

 魔獣を殺し終え、傷だらけの灰呂は馬車の操縦席へ飛び出した。


「水蓮ッ!!」


 その叫び声に、御者を務めていた水蓮は手綱のうちの一つを切り落とし、馬を一匹自由にした。


「恩に着るッ!!」

「恐縮です」


 その馬に飛び乗り、尻を叩いて加速する灰呂は一人、一行から飛び出して国へと直進する。


 夫としての責務を全うするために。


 皆を置き去りにする灰呂、しかし誰もその行動を咎めない。背中を見送る視線にあるのは、これから起こる全ての災難へ立ち向かう男への激励だ。


「──良い背中です。灰呂様」


 例に漏れず、灰呂が生まれた時から世話係を務めていた水蓮も、その背中に激励を送った。


~~~


 ───まずいまずいまずいまずい。


 里長がこの計画を遂行するのは、自分が勝てる相手しか国に居ない状態でだけと決めていた。


 将軍を排除するのは簡単だ。が、帝はそう簡単には動かない。


 エレスト国王の崩御は正に絶好のチャンス。帝は必ず葬式へ顔を出す。その隙をつき、将軍を排除して、様々な保険を設けながら最終奥義だって惜しみなく曝け出した。


 何百年と積み上げた努力の結晶と、卑屈な自分に出来る最骨頂。


 積年の思いと願いは、この夜に成就するはずだったのだ。


 だが、凡人の百年は、超越者の一秒に満たない。


「くそ、クソ……!!何故、何故帝が……!」


 初撃の帝の蹴りを防いだことで使い物にならなくなった左腕を揺らしながら、里長は逃げることへ全霊をかけた。


 しかし、超越者からは逃げられない。


「待たれよ」

「な……くっ!?」


 駆け抜ける家々の合間、上空から見ても見つけられない忍の通路、それらを全て破壊して、超越者は里長の前に立ちはだかる。


 ぶち壊され瓦礫となった家々が舞い、隠れて逃げていた里長が顕になる。両者対峙し、互いに違う思いを宿した眼光を見せる。


 里長は恐れを、帝を怒りを。


「久しいな、五百年ぶりか、蛇足だそく

「……それは、俺の名か?」

「ふむ。よほど英傑に心酔していたらしい。貴様は変わらぬよな。哀れな男よ」


 帝は己の豊満な胸の谷間から、二本の得物を取り出した。その武器を見て、里長の顔が引き攣った。


「あいも変わらず、奇妙な武器を使いおって、女狐が」

「戦意、活力、魂の躍動、それらを鼓舞する軽快なリズム。それを刻むことが出来るのは、妾のこのバチだけ。せめてこれで死ぬるなら、貴様の人生にも花が咲いたと言えよう?」


 帝の両手に一つずつ握られたのは、太鼓を叩くバチだ。太く長く、特別な魔力が込められたそのバチは、どれだけ強く叩いても壊れない。


 帝はそれを武器として愛用していた。


「覚悟せよ、『魂喰』の忍よ。貴様が望む未来は、貴様が生きて良い時代ではない」

「……よくもまぁ、余裕綽々と」


 里長──否、蛇足だそくが叫んだ。


「お前に、分かるはずもない!!あの英傑の輝きと栄光!!あれは二度と味わえぬものと、俺はとうに知っている!!」

「ならば──」

「しかしながら!!あの英傑の残した言葉、それを見届けるのは俺の使命であり、宿命だ!!これだけは神にだって譲れぬ!!女狐、たとえ相手が、お前でもだ!!」


 踏み込む蛇足、食べ続けツギハギな魂が叫び、『五指』が示した道の全てを歩んだ彼の本気が放たれる。


 しかしながら、凡人の努力など、彼らには届かない。


 この世界に生まれる、神に愛された超越者には。


「遅い」


 帝の最大の武器は、その圧倒的な速度にある。


 隣国であるエレスト王国からここまで、馬車と船でなら半月はかかる距離がある。


 帝はその距離を、三秒で駆け抜けることができる。多大な被害が及ぶため、普段はしない。


 そんな彼女に、凡人が積上げたものなど羽虫も同然。


 『縮地術』。『五指』である七夕たなばたが用いた最速の移動術。開発した本人は、山の頂上から別の山の頂上へ一秒も掛からずに移動した。


 しかし、帝には届かない。


 『拳術』。『五指』である巌窟がんくつが編み出した、肉体を鋼へと昇華させる技。開発した本人は、この世界で唯一、赫羅の一撃を耐えきった人間として記されている。


 しかし、帝には及ばない。


 『死結術』。『五指』である幽蘭ゆうらんが編み出した技。敵の攻撃を無効化するその技は、太古の対人戦において絶対的な強さを誇っていた。


 しかし、帝には追いつけない。


 『操糸術』。『五指』である桃緋もんひが編み出した糸を使う絶技。障害物のある戦場での対人戦では負け知らずの最強戦法だった。


 しかし、帝には通用しない。


 『双刀術』。『五指』である黒鴎こくおうが斬咲赫羅と刃を交え、その動きを模倣したことによって生まれた最強剣技の一つ。習得難易度に見合う圧倒的戦闘力を誇る技術で、蛇足が身につけるまでにおよそ三百年も要した。


 しかし、帝より弱い。


「ぶ」


 下駄に顔面を潰され、鼻血を吹きながら吹き飛ぶ蛇足が、晴宮を一望できるほどの高さまで吹き飛ばされる。


 その間、着地を待ってはくれない超越者は、足場を失った哀れな男へ追撃を叩き込む。

 

 蛇足はあらゆる忍術や技法を駆使して帝を遠ざけようとする。が、その全てが一足に追い抜かれ、破られ、瓦解してしまう。


 積み上げた努力による小細工は、超越者の一撃を反らせない。


「あぁぁッ!!」


 糸も編めない。死結にも届かない。体を硬くしても防げない。足場がないので移動ができない。


「手がないか?哀れな男よ」

「女狐がァ……」


 宙を舞いながら歯を食いしばり、蛇足は袖からそれぞれの腕に短刀を握りしめる。


 足場がなくても戦えるはずだ。この目で見た英傑は、空でも地上でも海中でも、変わらず最強であった。


 彼に最も近い剣術であれば、超越者にだって届く──、


「古ぼけ、朽ちる寸前のただの木の棒で、俺を殺せると思うなよォ……!!」


 煌めく刃に殺意を乗せ、この国で一番偉い狐へそれを振るう。興奮し、あの時の英傑と自分を重ねたこの瞬間、蛇足の『双刀術』は最高峰の一撃を放った。


 それを前に、帝はバチを握りしめ、


「阿呆。朽ちるほど一つの道を信じ、極めた証こそこれよ。貴様のような半端者には──」


 最高峰の一撃は、空を切る。


「は……!?」

「分からぬだろうよ」


 真下から追いかけていたはずの帝は、いつの間にか蛇足の背後へと回り込んでいた。

 足場のないこの空中でどうやって──、


「何を不思議がる。風を蹴るだけじゃろうて」

「………はぁ?」


 それが、超越者が超越者たりえる要素であった。


「ま──」


 手を伸ばそうと、もう遅い。何もかも、遅すぎる。


 朽ちるほど叩かれ、歴史を紡いだバチは軽快な音を刻んだ。


「打打打打打打打打打打打打打!!!!」


 超高速で振るわれる打撃の数々。雨よりも、流れ星よりも、この世の人の数よりも多い打撃が、音速を超えた速度で蛇足の全身を穿つ。


 衝撃波が夜を突き抜け、地面にいる輪廻達にまで軽快な音を響かせる。


「くぁぁああッ!!!死んでなるものかァアア!!!」


 打たれに打たれ、それでもなお短刀を振るおうとする蛇足の額を、帝を踏みつける。


「時代は変わるもの。妾は見守るのみ。じゃが、お主はそれに縋り付き、生き恥を晒し続ける」


 血走った目で睨む蛇足に、帝は嘆息して、


「見るに堪えんな」


 蛇足の顔面に、渾身の一撃がぶち込まれた。


「ぶぁ!!」


 あまりの威力に顔面の骨が砕け、鼻が潰れ、崩れた残骸が気管に入り込む。それを苦しむ間もなく、迫る地面に蛇足は叩きつけられた。


 地面を大きく凹ませ、蛇足の全身の骨はひしゃげて動かない。短刀もへし折れ、動くのは口と目だけだ。


「お、れぁ………ま、ぁ……!!」

「潮時よ、蛇足」


 地面へ軽やかに着地した帝。バチを豊満な胸の谷間にしまう帝を、死にかけの蛇足は恨みを込めて睨んだ。


「れ、いなぁ……!!」

「妾の名は呼ぶな。貴様にその資格はない」


 血を流し、何も機能しなくなった体に訪れるのは死。刻々と迫る蛇足の死を待つ帝。その見下ろす視線は、なんとも冷めたものであった。


「……ぃんで」


 英傑は死なない。


「ぃんで」


 英傑は笑う。


「ぁるぉのか」


 英傑は言った。言ったんだ。確かに、あのご尊顔を笑みに染めて。


『磨けば光るんじゃねぇか?テメェみたいな野郎でもよ』


 それがたとえ、記憶に残らぬほどの戯言だったとしても──


「あぁぁあああッッ!!!」

「む」


 死に際の雄叫びを上げた蛇足。彼の周りに十体の『分身』が出現し、四方八方へと駆け出した。

 一歩、『分身』らが地面を踏み締めた瞬間、五体が帝の攻撃により命を落とした。


 次に三体が二歩目で死に、三歩目で一体が消えた。


 残り一体、やり損ねたそれが向かう先は、


「斬咲、赫羅ァァッ!!」


 伸ばされる手。追いつこうとする帝だったが、何かにその足を掴まれる。


「ッ、貴様!」

「ァァ!!」


 本体の蛇足が帝の足をまぐれで掴み、火事場の馬鹿力で帝の動きを止めた。バチで弾かれた腕はふっとび、その拘束はすぐさま解けたが、『分身』へ追いつくには遠すぎた。


 執念と強い羨望。それだけで六百年以上生きてきた男の魂の最期。

 伸ばされる手が求めるのは、英傑の誕生の阻止。


 自分が死んだ後に咲く伝説など、許さない。


「し、ねぇぇええ!!!」


 邪悪な手から守るため、輪廻が紅葉の前に立ちはだかった。


「紅葉様ッ!!」


 これから来るどんな苦しみよりも、この人が悲しむよりもマシなはずだから。


 ──だが、その苦しみも、もう訪れない。



「某の家族に、何をするッッ!!!!」



 美しい銀閃が、『分身』の体を撫で切った。


~~~


「がぁあ!?!?」


 『分身』は死に、最期の悪足掻きも無意味に期した。その瞬間に、この瞬間に、蛇足の完全敗北が決定した。


「みとめ、ぁい、あぃぞぉお!!」


 蛇足の魂が動く。『魂喰』の力が発揮され、蛇足の魂が肉体から飛び出そうとする。新たな肉体に乗り移り、再び望みへ近づこうと画策し、


「させぬ」


 印を結んだ帝。その直後、蛇足が炎に飲み込まれた。


「あぁぁあああぁぁあぁああぁあッッ!!!」


 炎は魂を焼き尽くす妖炎。それは蛇足を持ち上げ、狐の頭の形となって蛇足に牙を見せる。


 ───それが、最期の景色だ。


「こ、の……化け狐がぁああーーー!!!」


 妖炎の狐が、蛇足の頭を噛み砕いた。


~~~


 下半身の感覚がなくなるほどの苦しみが支配していた。帝の背中を見送ったあとからの記憶がほとんどない。


 人生で体験した痛みでダントツで、それはこの世に新たな命を産み落とすという行為に付きまとう代償。


 それを愛する者のため、これから愛するこの為、母なる紅葉は耐えようとした。

 

 しかし押し寄せる苦しみは、たった一人の紅葉を呑み込んで、どこまでも終わらぬ地獄へと引き釣りこんで───


「紅葉」

「……灰呂?」

「あぁ、某だ。某である。其方が愛し、其方を愛する、ただ一人の其方の夫は、今ここにいる」


 手を握られ、冷たい海へ沈んでいくような気分が暖かさに包まれる。背中に添えられた手が、絶対に落とさないという安心感を与えてくれた。


「紅葉、其方は一人ではないぞ!!某と出会ったあの日から!!其方は某と共にある!!」


 怖さはなくなった。あとはただ、苦しみに耐えるだけだ。


「ううぅぅぅううんんん!!」


 苦しみが一挙に和らぎ、耳を劈く泣き声が聞こえたその瞬間、紅葉の目を開かれた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………」


 慌てふためく可愛らしい忍。傍にいる震えた夫。そして、その腕に抱かれた、小さな我が子。


「……生まれ、たんやね……」

「……あぁ、あぁ!よく頑張ったぞ紅葉!!本当に、よく、頑張った!!」


 生まれたての子供に匹敵するほど、愛する夫は泣いていた。腕の中の新たな命に、紅葉と灰呂は親としての宿命を背負う。


 これからの人生、親として、この子のために生きていく。そのための最初の一歩、『出会い』は果たせた。


 次の一歩は、


「灰呂……この子の、名前ぇ、どうしよ……?」

「……そうさな」


 灰呂の髪が揺れる。空を見上げた彼の横顔が、水平線から昇り始めた太陽の光が照らした。

 その美しい輝きが、二人の子の誕生を祝福しているようだった。


 その景色を見て、灰呂は子の名前を決めた。


あかつきあかつきはどうだ?紅葉」

「ふふ……いい、名前やね。暁」


 灰呂が寄せてくれる我が子に頬擦りして、紅葉は笑った。泣きながら、これ以上ないほどの喜びを噛み締めて。


「灰呂」

「うん?」

「うち……今、幸せやよ」

「……某もだ」


 この日、斬咲家十四代目当主が、この世に誕生したのだった。


~~~


「ふぅ………」


 全身の感覚麻痺。何も分からず、何も感じず、ただ死に近づいていることだけが分かる。


 岩と瓦礫に寄りかかり、徐々に自分を照らしていく太陽を見上げながら、大きくため息をついた。


「新瀬凪紗」

「……帝様」


 血を流し、四肢が動かぬ奉行所隊長の凪紗の前に、帝が姿を現した。


「風の知らせ。お主のそれがなければ、妾は晴宮の異常に気づかず、危うく全てを失いかねなかった」


 帝は動けぬ凪紗の前に屈み、その大きなしっぽで凪紗を包み込んで、頭を優しく撫でた。


「大義であった。その決死の覚悟、妾は決して忘れぬ」

「……僥倖です」


 薄れていく全ての感覚。最後に感じられたのが太陽の暖かさでよかったと、凪紗は最後の息を吐いた。


「灰呂と紅葉へ、伝えてください」

「ふむ、申してみよ」

「……甘やかしすぎるな、と」


 誰にでも厳しい性格の凪紗は、最後の最後まで、優しさの裏返しを表にすることはできなかった。


~~~


 全てが終わった後、太陽が登る朝、その邪悪は静かに闇へと逃げ込んでいた。


「けけ、けけけ、けっけっけ……!!」


 森の中、落ち葉を踏みつけながら千鳥足で歩く男がいた。


 その男は『分身』だった者だ。


 他の『分身』へ注目を集め、隠れて逃げさせていた本命に魂を移し替えた。意識し続けなければならないが、これで魂を肉体へ徐々に馴染ませれば、いずれ本体と遜色ない者へと変わるはず。


「生きる、俺は、英傑を見るまで、俺はぁ……!!」


 よろよろと森の中を歩きながら、不条理な世界へと己の望みを知らしめた。


 その時、護衛として付けていた忍達の気配が消えた。


「あ?」


 どたどたと音を立てて、護衛をしていた忍達の死体が木の上から落ちてきた。その全てが首を切り落とされ、だくだくと血を流していた。


「な、なんだ……!?」

「それが里長の姿か。初めて見たぞ」

「ッ……」


 背後からの男の声に、蛇足は勢いよく振り返った。


 そこに居たのは、黒装束を身につけたガタイのいい男。気配を辿られずに背後をとるあたり、その男も忍だろう。

 ただ、その忍は蛇足の部下ではない。


 しかし、蛇足にはその忍に見覚えがあった。


「お前……前に斬咲家へ送り出した忍の頭を任せた……」

「あぁ、流石だ里長。よく部下のことを覚えている。慎重で臆病な里長らしい」

「……まさか、お前が俺の忍を……?誰の依頼か知らぬが……お前、俺を殺すつもりか?」


 決して万全ではない、が、蛇足の実力は並の忍を凌駕している。目の前にいる忍は確かに強いが、蛇足に勝てるほどの実力の持ち主だとは思えない。


 蛇足は戦っても勝てるつもりだった。


 しかし、その忍は嘆息すると、


「里長と戦うのは、我ではない」

「……何を、言っている?」

「部下を殺したのも、里長と戦うのも、我の仕事ではない」


 その言葉の意味を理解する前に、答えが自分から現れた。


「ッ……」


 その気配の出現を理解した時、おぞましいと蛇足の全身の毛が逆立った。


 地面に刃を引きずりながら、不敵な笑みを返り血で彩る少年。明らかに普通でないその少年に振り返り、蛇足は目を見張った。


 蛇足の耳に、特徴的な音が響いたからだ。


「心の、鼓動……?」


 人間の体を生かすため、血液を送り続ける心の臓。少年のその鼓動が、明らかに普通よりも早くうるさく響いていた。


 それは、あの英傑と同じ体質の──


「師匠、こいつが頭領だな?」

「そうだ」

「親父はこいつの首を見て、なんて言うかね」

「知らん」

「そうかよ、じゃ、死ね」


 蛇足の前にいるのは、伝説と同じ道を生きるもの。与えられた才能を完璧に使いこなす、超越者。


「……けけ」


 最後に零れたのは、乾いた笑いだった。

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