祝 アカデミー
「アカデミーの入学試験は篩だ。挑戦者は多く、大半が篩に絡まれるが……まさか、メテオグルスのネームドを倒した? 余程の上玉か、今年最高のほら吹きか、どっちだ、お前ら」
やる気のなさそうな男性が、書類と僕らの顔を見比べる。
黒髪。今にも全てを捨ててしまいそうな程力のない瞳。アカデミー教官の格好をしていなければ、チンピラか浮浪者か区別がつかない。
だけど……服の下からでも分かる、鍛えられた肉体と、首にちらっと見える、大きな傷。
なるほど、アカデミーの教官職に就いているだけのことはある。
「やあ、遅れてすまない。今日は、入学試験だったね。書類審査は……今か」
現れたのは、金髪の青年。純白の制服に腰には上等な剣を携えている。
見るからに人がよさそうだし、物腰も柔らかで尋常じゃない人の良さが滲んでいる。
ていうかこの人どっかで見たことある気がするなあ……なんか、有名な人。
ほら、何か、部下のような騎士の格好の人たちも来た。この人たちはアカデミーの厳しい試験を抜けたか、推薦されないとなれない、僕らが目指すべき騎士だ。
「遅いぞ。一応紹介しておく、彼が帝国第二騎士団長、ミュハエル・クレゼットだ。お前たちが、これから何十年もかけて目指すべき、目標だ」
「止めてくれ、ルゼウ。私はまだまだ成長――」
え?
あれ? え? 何? 分かんない。分かりたくない。僕の中の僕が、現状の把握を完全に放棄したせいで、何も分からない。
え?
見間違い? 何か、アヴィが……騎士団長殿を……蹴り飛ばした?
『き……』
『騎士団長――――!」』
騎士たちの叫びを受けた騎士団長、ミュハエル・クレゼットは、面接会場の奥へ吹っ飛ばされた。なんだこれ、何が起きたかもう一度、誰か僕に教えてくれ。
「アヴィさん、何を」
「蹴った」
「知ってるよ? 何で蹴ったの?」
「アレを目指した。あれを倒せば、私は私が一番だって証明できる」
「あんた……普通に馬鹿なの?」
「む……馬鹿じゃない」
「バカ! 今から僕らは入れてくださいって言いに来てるのに、蹴り飛ばしてどうするんだ!」
「え? でも、蹴れたから」
「蹴れたからって蹴っていいものじゃないよ、アヴィちゃん! うわあ、これどうしたらいいの!? ゼル!」
「無理無理無理、馬鹿みたいなお願い止めて!」
「……認めよう」
僕の心配とは裏腹に、男性教官は書類を纏めて、首を鳴らした。態度が、ずっと悪い。
ああいや、こっちは何か勝手に蹴り上げてるんだ。人の態度に文句言えない。
「曲がりなりにも奴は騎士団長だ。それを蹴り飛ばした力は認める。だが、ここかが地獄だぞ。特にお前、分かってるな」
さすが、教官。このパーティーが抱える問題にちゃんと、気付いてくれた。
「……はい」
「いやあ、良い蹴りだったよ、君、名前は」
立ち上がった騎士団長。良かった、無事っぽい。
アヴィの蹴り、というか攻撃は正直異常だ。
大剣を両手で振り回すパワータイプのアヴィより、片手で不利な体勢から放った一撃が勝る。この間のメテオグルス戦で、攻撃力は145まで上がった。成長が、続く。
彼女の成長に、僕は……ついて行けるのかな。
「ゼル」
「ん? どした、アヴィ」
「ゼルは私の、親友?」
「なんだ、急に」
「さっき、ネミュに教えてもらった。ふたりはたぶん、親友だって」
ふたりはメテオグルス戦を通じて、そんなことを言い合う程度に仲良くなったみたいだ。
下らないと一蹴することも出来ない。そうか、親友かそれはちょっと、面白いな。
「ゼル?」
「ごめん。ああ、共犯者よりはマシだな。僕らは親友だ」
「じゃあ、親友なら、ずっと、私をもっと強い場所へ連れてって」
「約束するよ」
「あんたら、ちんたらしてんじゃないわよ」
フィオンに言われて、次の会場へ向かう。
今のはただの、篩だ。本当の試験はここから始まる。アカデミー、ああ、武者震い、かな。
ようやく、あんたに一歩だけ、立った一歩だけ、近づけたよ。
アカデミーの近くに作られた選考会の会場。篩を生き延びた候補生たちは、傍の遺跡に移動させられる。
遺跡……人類未踏の地であり、モンスターの巣窟。モンスターの討伐をすることで領土を拡大すること。遺跡から出土する、呪具と呼ばれる財宝の獲得。後はモンスターの中でもネームドと呼ばれる上位個体から取れる素材を得るため。
まあ普通に危険なので、騎士、もしくはプロの追跡者がその仕事を担う。
ここは人工的に作られた遺跡で、土山をくりぬいて作ったみたいだ。入り組んだ洞窟って印象がある。この中で、何をするんだろうか。殺気の教官もいなければ、第二騎士団長殿もいない。
僕が多少なりともこの後の展開を考えている中、アヴィとフィオンはまた喧嘩してる。ネミュはずっとおどおどしていて結局誰も落ち着きがない。
そうだ、僕も、高まって仕方がない。あと一枚、この試験という名の壁を越えれば……。
「お疲れ様です、候補生の皆さん、パーティーはお揃いですか?」
ギルド職員の女性が、事務的な笑顔と共に現れた。ギルドの仕事はこんなこともあるのか。
「はい。全員揃ってますよ……心根はバラバラですが」
「それは、この後がきついかもしれませんね。余計なお世話かもしれませんが、急造での挑戦は相当辛いかと」
「ありがとうございます。気をつけます」
笑顔で返すと、女性は慣れた様子でルールを話し始めた。
「ここにはあなたたちを含めて6つのパーティーがいます。皆さんにはそれぞれ戦っていただき、フラッグを奪い合う形となります」
「フラッグ?」
「こちらです」
渡されたのは、旗と名付けられながらタスキ。しかも白地に黒字でフラッグと書いてある。なんだこれ。これで良いって許可出した人がいるのがにわかに信じられない。
「え、これは」
「こちらを誰かが身に着けていただきます。身に着けた方は、奪われないでください。奪われたらその時点で失格です。制限時間終了時、タスキが二本ある、もしくは制限時間終了までに残ったパーティーの勝ちとします」
「攻撃しても、良い?」
「問題ございません」
「何それ、本気で殺し合ってもいいってこと?」
「問題ございません。リスクについて命を落とす可能性があることを、ご案内いたします。辞めるなら、今です」
それまで淡々と事務的に説明をしていた職員さんの表情が曇った。単純に聞いてるんだ。お前たちにそこまでの覚悟があるのかって、確認だろう。
僕は横と後ろを見た。誰もが別の意志や考えがあるんだろうが、誰一人、止める気はない。
「分かりました。では、最後に私の独り言です。今回の選定では、推薦組のみで構成された格上のパーティーが参加しています」
「え!? 何ですかそれ、ずっる!」
「関係ない。私が全部倒す」
「同感ね。別に、各上なんてこの先いくらでも相手するでしょ。それこそ、魔族とか」
楽観なのか馬鹿なのか分からないアヴィと、初めて大きなことを言うフィオン。そうだ、僕は彼女たちが上を目指す理由を、そう言えばまだ知らない。
ネミュは家族や、自分の生活を豊かにしたいって願いがあった。一番、叶えてほしいよ。少なくとも、僕の復讐よりは、絶対に。