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あさきゆめみし

 死角。僕の近接未来視が見た、唯一の死角。僕にステータスがあれば突いていた場所。

 ああそうか、君は、僕が諦めた選択肢に、優に届くんだね、アイン。

 アインは、オーヴェンの呪具を発動させながら、ダークの首を蹴り上げた。

 速度が威力に転化された強烈な一撃は、ダークの首を吹き飛ばす。

 一瞬一撃で、勝負はついた……かのように思えた。

 首が吹き飛んだダークはしかし、尻尾でアインに襲い掛かった。

 気づいていた僕が尻尾の軌道をずらして救うが、それが気に入らなかったのか、アインは僕に舌打ちしながら着地する。


「こいつ……生きてんのか?」

「生物的な観点で見てたら死ぬよ」

「ふん。良い様じゃないか、チビ」

「君はなにか、アレを倒すプランはあるの?」

「三位一体の同時攻撃だ。後ろにいる雑魚エンチャンターが目くらましでもなんでもして視界が狭まったところを、誰かが仕留める」

「らしくない戦い方だね」

「黙れ。こんな国ひとつ滅ぼしかねない化け物を倒すにはもう、理じゃ無理だ、運で、殺す」

「作戦、分かったけど、魔物が来てる。急がなきゃ。アイン、出来るの? あなた、指導者」

「黙れクソ女。俺は、デュエリストだ」


 アヴィの言う通り、魔物が集まってきている。もう、他の場所は破壊し尽くしたようだ。

 時間はない。だったら、やるべきことは――

 足元が爆ぜる。奇襲に誰も魔障壁が間に合わないが……ネミュがいる。

 無傷で済んだ僕らは、それぞれ三方向に散った。

 アインがデュエリスト……やっぱ、隠してたことがあったんだね。生きて帰れたら、今度聞こう。

 さあ、エンチャンター一人と、デュエリスト3人の、最悪なパーティーで、お前を討つよ、ジャンヌ・ダーク。

 アヴィが踏み込む。即座に炎と氷が同時に跳び、進路が祟れる。

 次は僕。一瞬で懐に潜り込んで切り上げつつ背後に回るが、はく離した体組織が捏ね上げられて出来た魔獣擬きに襲われる。

 僕とアヴィが封殺され、最後に残されたアインが神速で飛び込むけど、蹴りを見事に羽で弾いて見せた。僕らに一瞬で、適応している。

 全員封殺。しかも、手痛い反撃を食らってボロボロだ。

 何度も死にかけ、ヒールで回復、即座にリテイク、そして反撃。

 最早僕たちは、生死と言う境目を見失いながら、がむしゃらに……前へ進むことを選んでいた。


「足並み遅い、疲れたなら、下がって」

「君こそ、体の使い方が下手になってる」

「黙れ、雑魚ども」


 無数の攻撃。バリエーションによるかく乱。かく乱の中に隠した致命的な刃。

 全て、圧倒的な力の前に叩き伏せられる。最も厄介なのは、ステータスが1になること、

 僕以外、まともに戦えなくなる。むしろ、ステータス1で即座に生きることに全振りして逃げ回れる二人はもう、騎士の器を越えている。

 本当だったようですよ、ミュハエル・クレゼット。本当に、聖騎士の器だったようだ。


「ちっ、いらいら、する。攻撃が、当たらない」


 剣を握る握力がなくなりつつあるアヴィは剣を地面に捨て、腕を見た。即座に眼球付きの触手が腕を斬り落とす。ヒールが入るも、アヴィは朽ちた腕を、ダークの眼球に突き刺す。


「ああ、当たった。あなたはやっぱり、小賢しい。知能を失った振りをする。そこまで大きな体になったのに、相変わらず、小動物みたい」


 正気か、こいつは。

ヒール直前の腕で、自分の、露呈した骨を武器に眼球を潰した?

 しかも、ヒールを待たずに開いた腕で剣を取り直し、次々自分に向いていない眼球を潰す。

 狂った作戦をしかし、僕はアヴィとの信頼で。

 アインは、持ち前の読みで、理解した。

 自分に向いていない眼球。つまり、他のふたりを見ている眼球を潰すことで、僕らはステータスを失わないまま、目を一撃で仕留めることができる。

 しかもふたりとも、端から僕に向く眼球は無視している。正解だ。僕は1にされたところで……師匠との修行時代と変わらない。クソ雑魚こそが、僕の全盛。


「バカな……ボク、は……そんな、ありえ――」

「本当に馬鹿の振りをしていたのか。小賢しすぎるよ、ジャンヌ・ダーク」

「お前たち……ゼハードは、呪われた、きょうだい――」

「それは違う」

「黙って死ね、これは、俺の友の、仇だ!」


 フルアタック。

 三方向同時攻撃で、肉を、骨を、そして……こいつの弱点である、呪魂を、斬る。

 師匠……安らかに、お眠りください。


 パキャ――


「はっはっはっは! ボクは、魔族だ!」


 砕け散り、安息を迎えるはずだった呪魂が、禍々しく輝きを放つ。

 最後の最後に、アヴィが言っていた勝つための一撃を放つつもりか……。

 全てのステータスを流し込み、暴走を越えた先の、自爆。

 途方もない光が僕らを包み込む。さすがに死んだ。

 全てを諦めた僕たちをしかし……魔障壁が、包み込んだ。全方位魔障壁は、爆発に軋み、ひび割れながらも、全てを賭けて自分の役目を果たすように、守り抜いた。

 爆発は、国の中心に大きな穴を開け、周りの建物を全て吹き飛ばした。

 蜘蛛ごと吹き飛ばした爆発が、青い空を以ってすべてが終わったことを知らせた。


「……終わった」

「黙れ。始まったんだ、クソみたいな、戦争が。俺は城に行く。お前らはどうする」

「僕は兄貴を追うよ。それが、僕の目標だから」

「好きにしろ」


 呪具を使ってすぐに僕らの視界から消えたアイン。彼の責任感の強さは、折り紙付きだな。


「アヴィ、君はどうする?」

「ん。私は、どうしよう、か。私は、子どもの頃、あなたに助けられた」

「ごめんけど、記憶になくて」

「すっごい子供だった。でも、あなたは言ってたよ。お兄ちゃんなら、絶対助けるから、僕は、お兄ちゃんの弟だからって。私はあなたを目指した。名前も聞いてないあなたを見つけるには、一番になればいい。一番に近いところに、あなたは来るって。思った通り、ゼルは来た」

「あはは……じゃあ、どうするの? もう超しちゃったけど」

「まだ、越してない。一番じゃない。ゼルの隣にいるには、まだ足りない」

「そっか。なら、着いてくるかい? ネミュとふたりだと、デュエリストが足りなくてね」


 僕は後方にいたネミュの元へ向かう。あれだけのヒールと、最後の極大魔障壁。疲れてしまったのか、寝てしまっている。目を閉じて、壁にもたれかかって、眠ってる。

 やり切った顔。満足そうな笑顔を浮かべていたネミュに近づき、跪いて、僕は天を仰いだ。

 僕はネミュをゆっくりと背中に負ぶった。


「三人なら、僕らは最強だ」

「……待って、ゼル。ちょっとだけでいいから、待って」

「僕らなら、魔族も倒せる。兄貴にだって勝てるだろう」

「お願い、聞いて。分かってるから、聞いて」


 アヴィが伸ばす手を僕はかわして、ゆっくりと、彼女とは違う道を進んだ。


「待って! ゼル、ネミュは……」

「……なあ、アヴィ。僕と君は、なんだ」

「……親友」

「共犯者だ。この騒ぎ、国が滅びかけても出てこない聖騎士。そして単独で自爆した魔族。ここにいるだけじゃ、足りない」

「ゼル、お願い、だから。大丈夫、だから。待って、そっちに行くと、私はもう追いかけれない」

「構わない。君は聖騎士を。僕は魔族の頂点を追う。そうすれば、君の望む通り、一番になる。聖騎士になれ、アヴィ」

「なるから、わかったから、一緒に来て、お願い」

「……そうはならないよ、アヴィ」


 共犯者(しんゆう)に背中を向けて、僕は青から暁に落ちた空へ向かった。

 魔族の戦いも、聖騎士も、どうでもいい。どうでもよかった。僕は、壁を壊してくれた、君たちと、違う未来(けしき)を見れたら、それでよかったんだ。


「なあ、ネミュ。疲れたろ。何か食べたいものはある? 今日は、何でも好きなものを食べていいよ。僕の奢りだ。作ったっていい。ああでも、安心して。虫系のは作らないから。まあ君は、文句を言いながらも食べるだろうけどね。

 怒ったかい? ごめんごめん。でも、今日は大活躍だったね。あのままアカデミーに居たら、君は大金持ちになるところだったのに、僕なんかについてきたせいでさ。

 今度は君のおうちに連れてってよ。君の姉妹にも会ってみたい。僕もめっちゃ小さな頃は妹のユアと遊んでたけど、死ぬほどかわいいし、死ぬほどぶっ殺したくなるよね。ああ、兄貴の方は今でもぶっ殺したいけどさ。言っておくけど冗談じゃないよ。兄貴だけはいけ好かない。だけどユアと君は仲良くなれそうだから、遊んでやってくれ。

 君やアヴィ、フィオンは僕が見ていた壁を取っ払ってくれた。僕みたいな雑魚出も分け隔てなく接してくれた。君のことを僕は何度も救ったのかもしれない。ていうか、何度も死にかけてもついて来た君はすごいね。

 でも、僕だって君に救われてたんだぜ? 何度も何度も、こんな僕についてくれて、励ましてくれて、教えてくれて。

 だから僕も君に背中を任せて前へ踏み出せたんだ。本当は、怖かったよ、ずっと。ステータスが全部7だよ? もう、1じゃないっていう精神的な支えだけで前へ進むのってすっごい怖かった。

 アヴィって言う最強のデュエリストと、フィオンって言う、強く合理的なデュエリスト。あの時が僕の全盛期だったのかもしれないね。師匠に訓練を受けて、一番強かったし。

 だけど、その二人を失って、何もなかった僕に、君はずっとついてきて、声をかけてくれて、信じてくれた。僕に必要だったのは、僕が隠れる太陽の強さじゃない。僕に自分を信じろと教えてくれる、君だったんだね、ネミュ。だからごめん、気付くの遅れて、僕は僕を大切に思ってくれる君を傷つけた。僕一人だけを傷つけているつもりだけど、僕を大切にしてくれる君まで傷つけた。ごめん。

 あと、一番大切なことを言い忘れたことも謝るよ。

 ありがとう。僕について来てくれて、僕を信じてくれて、ありがとう。

 だからさ……起きてくれよ、ネミュ」


 背中で眠るネミュに僕の体温が写っていくのを感じる。もう、ネミュの体温は、ない。

 理性では、理解していた。あれだけの強力なヒール、最後の魔障壁。

 ネミュのマジック量では、無理だ。だけど裏技が一つだけある。裏技と言うか、師匠が僕に教えてくれた注意事項。マジックが空でもマジックは使える。ただ、燃やすのはマジックじゃなく、命だ。

 自分の命を燃やしながら、彼女は僕らを救い続けた。

 ふざ、けるな、ふざけるなよ!


「どうしてなんだよ、ネミュ……言ってくれなきゃ、分かんないよ……僕は、弱いんだ。前を全力で見ないと、戦えない。言ってくれなきゃ、見えないんだよ」


 涙が止まらない。

 何でみんな、僕より、強いのに、僕なんかより、余程ステータスが高いのに……先に行くんだ。なんで、どうして!

 師匠も、フィオンも、ミュハエルも……ネミュだって、僕なんかより、余程強いのに。


「なあネミュ、僕はまだ、君に、お礼を言えてないん……だよ、ネミュ……」

「お困りの様子ですね」


 ぼやける視界で顔を上げた。ミルクティ色の髪。短く結ったツインテ―ルの少女。

 貴族……というよりはメイドの服を着た少女は、茜色の空をバックに、色のない瞳でにっこりと笑った。

 僕はネミュを、そっと降ろして木の傍に眠らせた。


「ごめんね、こいつを、すぐに殺すから」

「ああ、どうかご自身の理性とお話しください。私はプリュミア・ダーク。血縁関係にはありませんが、先刻あなたが仕留めたジャンヌ・ダークの、妹です」

「殺す理由をありがとう」

「ああ、では、こうしましょう。あなたが私を生かす理由を贈ります」

「何だと?」

「我が主、魔族伯リベルテ・ダークはとある呪魂を持ち合わせています。貴方にその気があるのなら、私について来てください」


 魔族は平気で噓を吐く。

 平気で人が信じたいと思う嘘を吐く。

 嘘と呼んで言葉と書く。

 だから僕は、差し伸べられた手を、握った剣で斬りおとす……イメージをしながら、取った。


   †


「我々帝国は、永遠である。数百年前に魔竜を封じた英霊の御霊を、魔族は愚かにも愚弄し、踏み躙り、またも戦火でこの国を燃やそうとした! 我々帝国騎士団は、断じてこれを許さない!

 多くの被害が出た。しかし、英雄たちに名を連ねたミュハエル・クレゼットは、多くの英雄たちを、この国に残した。彼の意志を継ぐ、第二騎士団へ補充し、新たな騎士団、第三騎士団を設立。指揮官にアイン・クレゼット、団長にアヴィリア・フロージスの両名を据える。聖騎士・ルナ・ルゼニスを皇帝専属騎士及び第二騎士団団長とし、魔族に対し、反抗することを国民に約束しよう!

 我々は、魔族からの戦線に、徹底抗戦すると、ここに宣言する!

我々は、父なる大地に足を踏み入れた愚か者を、皇帝陛下の威信に泥を塗る狂信者どもを駆逐すると、英雄、ミュハエル・クレゼットの名において、誓う!」


   †


「ここに、我、ディフェルシア・シャインの名において、汝に男爵候を授与する。これを受けるか、ゼハード卿」

「彼、沈黙の誓いを立てているので私が代わりに。はい、シャイン伯爵。ゼハードはその身を賭し、閣下のために戦う剣となることを誓います」

「では仮面卿。補佐として、ゼハード卿につき、不遜にも我が家を狙う愚かなダーク家との戦を納めよ。我が名において、ゼハード家を名乗ることを許し、軍を与える」

「仰せのままに、伯爵閣下。行くよ、ゼハード。ダーク家が君の弟を抱えて一年。もう、魔族でもあの才能を殺せない。殺せるとすれば、君だけだ」


   †


「ユア……あんた、目が、さめたの? そんな、お父さん! ユアが起きた!」

「……馴染むのに、まだ時間はかかる、か。しかし、偶然とはよくぞ見つけてくれたな、ジャンヌ・ダーク。生きていれば、褒美を与えたが、仕方がない。これも運命だ。さて、力が馴染むまで、身を隠すとしよう。ダーク家、シャイン家……いいや、あそこは昔から仲が悪い。ここは、ザイン家辺りにするとしようか」

「ユア……あれ、ユア、どこに行ったの、ユア!」


   †


「おめでとうございます、ゼル様。いやあ、さすがにお強いですね。あの時お声をかけて正解でした」

「黙れ。次は何を倒せばいい。お前の魔力が本物だってことはよく分かった。お前は僕が守ってやる」

「ありがたいお言葉です。次はシャイン家に次ぐ貴族家、トリュスタン家にしましょうか。しかし、シャイン家の新たな従家。ゼハード家も邪魔です。ああ、こちら、あなたのお兄様という噂がありますが、どうしますか? 止めますか? ゼル様」

「止める? それはなんの冗談だ、プリュミア」


 僕は、液体で満たされたガラスの箱に閉じ込められたネミュから視線を、魔族に向けた。


「そうでした。では、リベルテ伯爵閣下より、正式にあなたに騎士の爵位を渡すとのお話を、お受けするということでよろしいですね? ゼル様」

「魔族とは全員人が悪いのか? 人質のある僕に拒否権があるとでも?」

「ええ。魔族ですので。では、お兄様と戦うことになりますね。私、興奮してきました」

「殺さないまでも、刻むくらいは出来るんだぞ」

「恐ろしいですねえ、最高ですねぇ、ゼル様。では、この度は騎士候の叙勲、心よりお祝い申し上げます、ゼル様。永久に、あなたへの忠誠を誓いましょう。我が家、ダーク家がある限り。ゼル・ゼハード卿。魔族社会ふたりめの、人間として貴族入りを果たした、英雄に」


 待っててくれ、ネミュ。僕は必ず君に……ありがとうと、伝えるよ。

 その時までに、僕の心がまだ、人だったなら、君が信じてくれた通り、もう一度、逆転しよう。

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一章?完結おめでとうございます。 ひじょーに今後の展開が気になる終わり方ですが、とても面白く、戦闘シーンが熱い作品でした。
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