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壁の向こうで見えていたもの

 ゼルの腕が飛ぶ――

 ジャンヌ・ダークが魔法と呼ぶ攻撃の嵐を、低いステータスで紙一重で避けるシーソーゲームが続いていた。集中力と技術を出し惜しみなく全部を使うゼルも限界だった。

 いや、違うと、ネミュは思わず絶句した。

最初から、全ての回避が神がかり。全ての戦術、躱しの技術が神業レベルだったのだ。

 勝てないと分かっている相手にそれでも挑むのは単純な怒りと、大部分を締める、人を守りたいという気持ち。

 その大部分の中に、果たして自分はいるのだろうかと、急速に過ぎていく戦闘時間の中、ネミュは考えた。

 考えて、ハッとした。


「ゼル! 傷は全部、私が治す、から! 全力で――」


 ゼルの苦痛に満ちた顔に、自分の声が届いていないことに気付いた。

 戦闘の音で声が届かない。全てのステータスが1にされたせいで、ヒールが回らない。

 それだけではないことを、ネミュは遅れて理解した。

 自分が、随分と、ゼルから遠いところに立っていた。

 苛烈を極めるふたりの戦闘。周りは最早瓦礫の山と魔獣の死体の山が築かれていた。醜い落城の中で踊る二人の攻撃を、ステータス1のネミュはかすりでもすれば即死。

 気づかぬ内に、足が引いていた。

 同時に、改めてゼルの強さを認識した。ステータスを1まで下げられた自分と大差ないステータスのゼルが、戦っている。

 胸に抱いた恐怖が足をすくませる。前に、進めない。声が、これ以上出ない。

 なぜか涙が出た。無力な自分、何も出来ないことを悔やむしかない。


「終わりだ、ゼル君!」


 魔法でゼルの逃げ場を消し去り、自らはナイフで前に出る。

 身体強化を極限までブーストしたせいでも、もうネミュには目で追えなかった。

 このままだと、ゼルが死んでしまう。なのに自分は、足が動かない。

 足を何度も叩いた。動けと、進めと、それでも、天窓がちらつく。ステータス1の文字。防御力に自信のあった自分がここまで恐怖に襲われるとは思ってもいなかった。

 ゼルに迫る凶刃に目を瞑りかけた瞬間――


「遅くなった」


 見えない程に鋭い刃を、いとも簡単に、彼女は止めて見せた。

 往々しい姿。凛とした佇まい。何を考えているか分からないが、剣線だけは素直に勝利を見据える天才の怪物。

 アヴィリア・フロージス――

 アヴィは、ネミュが恐怖のあまり、ゼルが死にかけても尚踏み込めなかった領域を、土足で、いとも簡単に踏み越えた。


「君は、あの時の! 殺し解きゃよかった邪魔だ死ね!」

「死なない」


 鍔迫り合い。パワーの差はブーストしている分、ダークが上。

 否、アヴィが勝り、ナイフを持つ腕ごと、剣で轢き切られた。

 消し飛んだはずの腕はしかし、暖かな光で即座に治癒する。

 馬鹿みたいに速い速度でのヒール。魔族だからこそできる、隙がほぼない急速回復だ。

 どちらも強い。

 歯がゆい思いだった。自分では、ステータスの言い訳なしでも、踏み込めない領域なのだと、悟った。恐怖ではなく、悔しさで、頬が熱かった。


「やっぱり、あなた、マジック全部、ブーストしてない。ある程度のステータスなら一撃で殺せるパワーと、見えない程のアジリティ。後は手数と種類豊富な攻撃魔法。あなたがミュハエル・クレゼットを殺した時から、そうだった」

「中々お勉強ができるようだね。そのタイプには見えなかったよ、お嬢さん。師匠の仇討ちからな? そこの出来損ないの師匠と合わせて何人殺せば、不愉快な連中が増えなくて済むのかなあ。そもそも、弟子がゴミなのは、師匠に見る目がないから、お仲間の子も死ぬんだよ――」


 冗談からの切り上げ。無駄のない動き。見える見えないじゃなく、当てる技術に長けている。リーチと踏み込み。アヴィの強さは迷いのなさに比例する、圧倒的な自信だ。

 またも胸に傷を負うが、即座に治癒。魔族は不死身かと思う程に、堅牢な守りに囲まれている。


「ちょっと、下品。もう聞きたくない。あと、ゼルはゴミじゃない」

「斬りすぎだよ、人の腕を!」


 斬り結ぶ。魔法を次々と避け、攻撃を弾き、自分の攻撃を押し通す。

 アヴィの登場に、ゼルは、苦笑していた。

 ただ、その場に現れるだけで、ゼルに安心と、希望をもたらした。

 思わず心の中で、ずるいと、言ってしまった。言ってすぐ、後悔した。

 違う、そうじゃないと、すぐに否定した。

 どれだけ先に居ようと、どれだけ前に居ようと、背中を追いたくなるような、魅力、強さ。

 ただ対等にあろうとするゼルと、自分すらも置いて行くほど前へ進むアヴィ。

 ふたりは恐らく、並ぶことがない。互いに並ぶことを許さない。どんどんどんどん前に行く。

 行けるかな、と、涙を拭いた。

 私もふたりのところに、自信を持って、並べるのかな、と。

 もう、迷いはなかった。恐怖は、ふたりの背中が遮る。

 出会った時からそうだった。ふたりの背中は、大きい、壁だった。

 だけど、ただの壁じゃない。差し伸べた手の先に、自分が笑って……願わくば、その中にフィオンがいれば、どれだけよかったか。

 もう泣かない。二度と、失わない。この一歩は、死への逃避でも蛮勇でもない、覚悟だ。


「ゼル! アヴィ! 傷は、私が治す!」


 ゼルの腕を治癒した。ステータスは、神が作った人の秤。来れる方法など、いくらでもある。


「分かった! 頼んだよ、ネミュ!」


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