国を脅かすほどのモノ
馬鹿げたステータス。これがもう、人間なのかすらわからない。
おおよそミュハエルを超える存在。マジックに関しては、見間違いを疑いたくなるほどだった。
「魔族……は、全員、殺す!」
前へ飛び出したのはアインだった。誰もが立ち止まる時間。誰もが絶句する時間で、アインだけは前へ飛び出していた。
「無粋なガキは嫌いだよ」
百足の化け物がアインの横をつく。
横目で百足に一瞬注意を向け、すぐに左を向き、全体の状況を素早く把握。
百足の頭を斬り落とし、右から来ていたもう一匹の手を数本斬り落としてバランスをお崩す。挟み込まれた状況を即座に解消するまで僅か数秒。
一瞬で自らのキルゾーンに持ち込んだアインは怒りに身を任せながらも冷静だった。
アインの動きに合わせたのは、アヴィ。
ふたりで、挟む――
「あのね、ボクは遊びに来たんじゃないんだよね」
爆発、同時に吹き飛ぶ前に氷の壁が二人を抑え、高速と同時に圧縮されてはじき出された水の刃が辺りの壁を斬り割く。
「戦争しに来たんだ!」
刃は容赦なく、ふたりの首を狙う。
「あっぶね」
「勝手に前に出るな」
オーヴェンとミュハエルが二人の壁を破壊して土壇場で回避。
急造ではありながら、四人パーティーの戦い方が一瞬で構築されていた。
「さすがはアカデミー。まあいいや。ここはもうボロボロだろうね。ここに来るまでに何人か殺したし、ほら」
取り出したのは、初めて、アヴィたちを面接した男性教官だった。
既に生きていないのだけは分かる。首が、魔後ろを向いている。服を間違えてきているのかと間違える程に、曲がっていた。
「貴様ぁ!」
「そうそう。怒りなよ。技を放ちなよ。彼らがいても出来るならね」
男性教官の死体を捨てて、取り出したのは、小さな子供ふたり。
ミュハエルだけは、それが誰か分かっていた。ゼルが、命がけでフルススティルフから救った兄妹。あれから行方を追っていたが、魔族に捕まっていたようだった。
「この、外道が!」
「魔族と言った。君たち人間とは、あたまの作りが違う!」
魔族が兄の方の腕を片手でへし折った。子供が悲痛な表情を浮かべるが、我慢するように声が口の隙間から漏れる。小さいながら、理解していた。今叫べば、今泣けば、妹が一層の不安を抱えてしまう。兄として、ここで泣くわけにはいかないと。
全てを理解したミュハエルは剣を捨てる。
「目的は」
「いいね。話が速い。ボクがこの国を滅ぼすまで何もするな。そうすれば、目の前の命は救えるよ。ああ、どっちでもいい。目の前の命を捨てて、多くを救うのもアリかもねぇ!」
男の子の腕を今一度折る。今度は我慢しきれず、一瞬だけ絶叫を上げた。
「お兄ちゃん!」
「分かった! もう良い、その子を離せ!」
ミュハエルが叫び、アインとオーヴェンは動き出す。
オーヴェンの速さは普通じゃない。魔族が反応出来たとして、兄妹の命を奪う前に絶対に間に合う。魔族も兄妹を殺すより、反撃を選ぶ。
特にこの性格の悪さは間違いなく、反撃を覆して悦に浸るタイプだった。
だからこそ、隠し玉のアヴィの一撃が光る。アヴィの力なら、致命傷を加えることができる。
ここまでが、全てブラフ。
本命は、最初から動き、デコイに徹してきた、アインの一刀。
三本の矢。魔族に出会ってから、最後の最後まで、一瞬のうちまでが全て精密に計算された、アインの作戦。
全てを一瞬の内に理解した、ミュハエルが最速直線で、魔族を仕留める一撃を叩きこむことで、アインの作戦は完成する。
「ありがとう。優秀で居てくれて」
アインの見立て通り、魔族は確かに反撃を選んだ。
ただ、四方向からの攻撃をすべて排除するのではなく、ミュハエルただひとりを見ていた。
アインの誤算はただひとつ。魔族が、ミュハエルを殺す方法を、持っていたこと。
カランビットナイフが、ミュハエルの首を掻き切った。
「がっは……なに……」
「どうだい? ステータスが1になった気分は。努力が根底から叩き壊される気分は」
魔族の目が、妖しく光った。
「そう、か……呪具、か」
「ししし、しー。もうすぐ血が肺を満たして、すぐ終わる」
「……無事でよかった」
「死に際まで心配かい? フィオンだっけ、あのお嬢さんを殺した時もそうだけど、君は本当に清廉潔白な人間だな。人間が全員そうだったら、話し合いって手段もあったかもね」
「良く喋る、な。弱い、証拠だ」
「そう言う物言いは、嫌いだね」
ナイフがミュハエルの右目を刻んだ。仰向けに、倒れる。
帝国のナンバーツーが。聖騎士になることではなく、帝国市民を守ることを選んだ男が、床に転がった。
最悪な笑みを浮かべて、抑えきれないというように笑う魔族の姿は最早、悪魔だった。
百足の化け物と大口の鳥が、ミュハエルに群がる。三人は眺めるしかできなかった。
阿鼻叫喚の地獄絵図が外からの悲鳴で嫌でも想像を掻き立てる。
「彼と正面から戦ったら、余計なレベルアップをされる恐れがあった。随分時間はかかったし、最愛の師匠を殺してしまったし、ここまでからめ手を使ってしまったのはボクのミスだね。さあ、君たちはどうする――」
アヴィは間髪入れずに突貫していた。
「私が、一番強い」
「ボクはステータスを盗めるんだよ?」
「私が一番、強い」
「魔族は魔法を使える。マジックの量が君らとは違う。本当の魔法を、見せてあげるよ」
「私、が、一番、強い」
「……ボクは君が嫌いだ」
「同じ」
ステータスを奪われたアヴィは攻撃を避けながらも苛烈な一撃を加え続ける。
しかし、パワーのない攻撃を、魔族はカランビットナイフで悠々と防いだ。
余裕を纏った魔族の後頭部を……オーヴェンが蹴り飛ばす。
「うっひょ、良いの入った」
「君さぁ!」
「そのスキル、タイマンなら最強だが、どうやら服数人のステータスは奪えないらしいな」
「だったらさあ、俺らの波状攻撃、避けきれねえんじゃね?」
「残念だな、魔族。俺たちはパーティーだ」
「雑魚がしゃあしゃあと、ボクの前に立つんじゃない!」
魔族を中心に爆発。
化け物も纏めて、大爆発が起きる。アカデミーの建物は倒壊し、瓦礫と粉塵が辺りを覆った。馬鹿みたいな威力と規模はもう、人の物じゃない。
ステータス1ながらも全てを反射で避けたアヴィは、戻ったステータスで出し惜しみなく辺りの瓦礫を破砕した。近くにいた化け物もすべて消滅し、残ったのは燃えカスと瓦礫。焦げた臭いと肉の焼ける匂いがして、アヴィは思わず顔をしかめた。
残されたアインは……オーヴェンに、救われた。
「よう、元気にしてるか、小僧」
頭から血をぽつりと落とす。腹に突き刺さった瓦礫と鉄材が血を滲ませて、オーヴェンの服を赤く染めた。
「何を……している」
「何って、俺の特技は速さだ。お前さん一人助けるには十分なんだよ」
口の端からさらに血を流して吐血する。アインの顔に血が流れるが、アインは驚愕でそれ以上動じる隙をもらえなかった。
「それでなんで、こうなるんだ」
「頭は良いのに馬鹿だなお前は。俺はお前みたいに大きなもの背負っちゃいねえんだぁ。だから、救える命を救うっていう、騎士の本懐に殉じただけだ。わかれよ、馬鹿」
「バカはお前だ! 死んだらこれまでだろうが! 何考えてんだ、さっさとヒールで」
「おいおい、このまま瓦礫の山とくっつく気はないぜ。このでかい瓦礫を、はあ、切ってから、抜いて、ヒール。悪いがそんな隙は、もらえないようだ」
中の化け物は消し飛んだが、外の化け物が何かを嗅ぎつけて砕けた壁から入って来る。空は気味の悪い鳥が飛び回っていた。
「ヒールで延命しつつ助けを待つ。ジッとして――」
空から大量の鳥が飛来し、オーヴェンの背中を襲う。すぐに、アヴィが駆けつけ蹴散らすものの、出血が止まらない。
アヴィのマジックでヒールを唱えるが、その隙を百足の化け物が許さない。
アヴィがヒールを止め、アインが対応するが、瓦礫が足を潰している。まず自分のヒールを済まさなくてはならないが、それでは間に合わない。
「止めろ」
「黙れ」
「アイン」
「黙ってろ! 死なせるかよ、俺のいる戦場で、誰も死なせねえ」
「ああそうだ、お前は誰も殺させない。だが、忘れるな、お前の野望を聞いた時に俺が持ちかけた賭け、あれはお前の勝ちだ。もう、好きにしろ」
「ふざけんな、だったら最後まで見やがれ! 俺がもっと楽しいもんを見せてやるつったろ!」
「ああ、まだ何も見れてねえから、化けて出てやるよ」
「ふざけんな、おい! 起きろよ、馬鹿が!」
「殺せよ、聖騎士、全部」
「オーヴェン!」
答えるのは血が滴る音だけ。何も返してくれない事実に、アインは苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべ、足を無理やり引き抜いた。筋繊維
筋繊維が引き千切れ、骨がギリギリ繋がった状態の足を無理やりヒールし、立ち上がる。
死んだ人間にヒールは施せない。死んだら死ぬだけだ。だからアインは、死なせない方法を常に用意している。自分の言う事を百パーセント信用すれば、かなざる生き残れる道を。
「どこ行くの」
「俺の殺さなきゃいけねえリストに刻まれた名前を消しに行く」
「相手は、ミュハエル・クレゼットとオーヴェンを殺した魔族。貴方じゃ勝てない」
「手前なら勝てるっていうのか?」
「私が一番強い」
「マインドだけで勝てりゃ世話ないがな、女!」
アインはアヴィの胸ぐらを掴み上げて顔を寄せた。背の高いアヴィの瞳をまっすぐ見つめ、毒気を抜かれたように、アインは彼女を解放した。
冷静に、酷く冷静に状況を確認するように、きょろきょろと辺りを見渡す。
「現状、奴を殺せるとすれば、皇帝直属の聖騎士だ。あいつが真っ直ぐ城に向かうなら、恐らく間に合う」
「どうかしら。音的に、町を破壊しているような音が響いてるけど」
「目的が分からねえ奴だが、俺が殺す」
†
「おそ……すぎた」
僕とネミュ都に到着した頃には、見たことのない化け物が跋扈していた。しかもどさくさに紛れてモンスター、ゴブリンやドラゴン系の連中が町を破壊していた。
何が起きたか分からない。起きている情報量と持っている情報量が釣り合わない。
「大丈夫ですか!」
ネミュが怪我人を介抱している間、近接未来視を使う。誰でも良い、動いている人間を感じろ。モンスターの動き、人の動き、全ての動きをたった一瞬先だけ、視続けろ。
少し先をダブって進行する世界の中で、ゴブリンの間を駆け抜ける。
最速かつ最小で目標を討伐するのは師匠から教わった僕の得意技。
ゴブリンが襲撃していた場所は、ギルドだ。数人の探究者は既にもっと被害が大きな場所へ向かい、どうやら残った人間に大して漁夫の利を狙おうとしたらしい。相変わらず狡猾だ。
「お久しぶりです」
「あなたは……本当にいいタイミングでした。丁度全員出払ったところで」
顔なじみの女性ギルド職員は腕から血を流している様子だが、大した怪我じゃない。すぐに自分でヒールを施していた。この時間が一番無防備だ。敵がいたせいで出来なかったんだろう。
「何があったんですか」
「魔族を名乗る男、ジャンヌ・ダークが一方的に、戦争を死に来たと宣戦布告して町を荒らし初めて……最初の襲撃でギルドはこの通り、半分が爆散。町の至る所に巨大な氷塊が落ちて、見たことのないモンスターが」
口早に情報を伝えてくれたお陰で、事態は少しだけ把握できた。
ギルド職員の女性を送り届ける。彼女には彼女の仕事がある。引き留めてはおけない。
ジャンヌ・ダーク、ここまでやるか……。だけど、妙だな。ここにはあの最強がいるはず。
それに、魔族を名乗るとはどういうことだ? あの人は人じゃなかったのか。
ミュハエルさんに、アヴィ……まさか……
パン、と両頬を手で挟まれた。




