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何もかもが逆転する

「おいおい、お嬢ちゃんが死んだって、嘘だろ」

「どうでもいい」

「その言い方はどうなんだ、アイン」


 ミュハエル、オーヴェン、アインの3人はアカデミーで、今回起きたフィオンの事件を共有していた。

 フィオンが死んだ。呪具の暴走や、フィオンをミュハエルが殺したという情報は完全に封殺。アカデミーによくある事故死として処理された。


「俺のせいだとでも? あいつは今回の課題を考えもせず突っ走った。挙句の果てリスクも考えずいかがわしい呪具を使った。遅かれ早かれこうなっていた」

「君の家族や友人が同じ目に遭っても、それを言うのかい?」

「残念だな、帝国二位。俺の家族も友人ももう、何もしゃべれない」

「君のご家族のことは残念だと思うが――」

「あんたがそれを言うんじゃない」

「落ち着けよ、アイン。どっちにしろ、俺らはパーティーメンバーを一人失った。分かってるか? レギュレーター。四人個人戦で一人死んだぞ。お前さんの計画は完璧じゃないわけだ」

「黙ってろ。もう二度とお前らを信用しない。俺の役に立たないなら死んでろ」


 今回のアインが出した課題は、窮地に陥った状況で素早く助けを求める判断が取れるか。

 自分の弱点を探し、見つけ、仲間を使って穴を埋めるためにどう動くか、という事。

 事実、アインとオーヴェンはたったふたりでネームドモンスター三種類の討伐に成功している。あえて自分と相性の悪いモンスターを選択した上で、弱点を補い合った結果だ。

 フィオンは課題を考えもせず、自分のエゴに殺された。アインとしては自業自得だった。


「新しいメンバーを選定するが……ミスフロージスは」

「知るか」

「いる」


 戻ってきたアヴィリア・フロージスは、血に塗れていた。種類が多すぎて、まるで墨汁でもぶっかけられたように酷い有様だった。

 普通じゃない状態だというのに、集合時間はばっちり。まだまだいけたが仕方なく戻ってきたと言わんばかりの余裕があった。

 オーヴェンからタオルを投げられ、掴むと同時に顔だけ拭う。

 何か違和感を覚えたミュハエルが、アヴィの天窓を確認した。


アヴィリア・フロージス

レベル:5

パワー:820

アジリティ:500

ディフェンス:250

マジック:50


 あまりの成長速度にまさに度肝を抜かれた。

 速すぎるレベルアップ。最早自分を越えかねないパワーを獲得していた。

 怪物。怪物が、目の前に立っていることに、三人は戦々恐々としながらも気づいた。

 現実離れした、まるで酷い冗談のような出来事。確かに、今回のクエストでオーヴェン、アイン共にレベルが上がり4となっていた。

 荒療治ではあるが、可能な限り死なない状況で抗えない死に直面したからだ。

 しかし、誰の助けもえず、死に直面しながら、アヴィは正攻法で壁を破壊した。


「何をしたんだ、ミスフロージス」

「何って?」

「おいおいこの期に及んでとぼけんなよ。一体どんなからくり使ったんだ?」

「フロージス。お前、何のクエストをクリアした」

「ん? ここから、ここまでって。あと二つ残ってる。丁度みんな詰まってるなら、手伝って。数が多い奴、私は苦手だから」


 あまりにも皮肉だった。

 たった一人でクリア困難なクエストをクリアしておいて、人に助けを求める冷静さをきちんと持っていた。

 皮肉にも、アインが出した悪魔の課題を正面から叩き潰してその上に来た。

 アインとオーヴェンは、心臓の高鳴りを感じながら、確信した。この異常者(デュエリスト)を前に立て、自分たちが完璧なハンターとレギュレーターをこなせば、敵などいなくなる、と。


「いいぜ、手伝ってやるよ、お嬢」

「アヴィで良い。指示を出す時、時間ロスになるってゼルが言ってた」

「……アヴィ。お前、その強さで、なんであの雑魚にこだわる」

「雑魚じゃないけど……私が聖騎士を目指したのは、私が出会った中で一番強い人が、目指してたから。辺境の村、はずれの村で、私はある人に助けられた。有名な兄妹だったけど、名前を覚えてない」

「……ゼハード、じゃないのか?」

「……分からないけど、かもしれない。ゼルを見ると、それをよく思い出す。死にかけた。お母さんも、お父さんも、助けてもらった。名前、聞き忘れたから、最強になれば、あんなに強いならいつか会えるかなって。ゼルはそれに協力してくれてる。理由も聞かずに」

「へっ、兄貴の方だな。史上最年少の聖騎士。なあ、二番手さん」

「因果だな。確かに、その恩義を弟に返すというのはかなり、美談だ。私は彼に嫌われてしまったがね」

「何があったの? フィオンは」


 ミュハエルから全てを聞いたアヴィは、ステップと腰の動きをしっかり利かせた状態で、ミュハエルを蹴り飛ばした。

 蹴られた本人も、他のふたりも、止めず、何もなかったとばかりに、無視を決め込んだ。


「ゼルは、どこ。今たぶん、辛いから」

「クエストをクリアしながら探せばいい。行くぞ、ギルドに迷惑をかけると出禁食らう」

「そりゃ最悪だ。さっさといっちまおうぜ」


   †


 全く。こんな、話しをしに、ここに戻ってくることになるとは思わなかったよ。


「ゼル! ヒールは表面しか治せない。心までは治せないんよ! 今は休んで!」

「そうはいってられないんだ、ネミュ。師匠は僕の恩人で、アーランドさんは恩人の最愛の人で僕の恩人だ」


 アーランドさんは人格者だ。今回の件で何か巻き込まれたと考える方が妥当。

 だったら、急いで向かったところで急ぎすぎなことはあり得ない。間に合ってくればいい。

 ネミュの制止を振り切って、辺境にある村に向かった。

 村は静かだった。いつの物ことだ。村から外れた場所にオシャレな家が建っていて、いつも玄関先で支障がタバコを吸っているはず……いない。

 家に誰もいないのか?


「ゼル? ゼルか?」


 家に入る手前で声をかけられた。そこにいたのは……アーランドさんだった。どこかやつれているようだった。疲れている、の方が正しいか。


「アーランドさん、良かった、無事だったんですね」

「無事? 何かあったのか分からないけど、お連れさんと一緒に中へ入ってくれ」


 ネミュと一緒に、家の中に入る。前より少し散らばっているように見えて、しっかりどこ何があるか分かる配置。アーランドさんらしい部屋だ。

 座ると、すぐに温かいコーヒーが出てくる。ブラック。合理的な彼らしい。


「よく来てくれたね。一年経った頃かな」

「もうすぐそうなりますね」

「そうか。ジゼットが幼年学校に通う歳だからそうだろうね」

「ジゼットは元気なようでよかった。師匠は?」


 師匠の話を出すと、アーランドさんはかぶりを振って、手に持っていたマグカップをテーブルの上に置いた。

 何か話すのを躊躇するように、喉から出てくる空気を口の中で遊ばせ、噤んだ。


「アーランドさん?」

「エレアは……妻は、死んだよ。君が出て行ってすぐにね」


 一瞬、耳鳴りが頭の中を埋めた。何も、聞こえない。何も、考えられなかった。

 僕の動揺を察してか、ネミュが手を握ってくれる。


「ど、どいうことですか、アーランドさん」


 言って後悔した。そんな話、アーランドさんが一番言いたくなかったはずだ。

 だけど、アーランドさんは胸の中に溜まった物を吐き出すように口を開いた。


「君が出て行ったあと、妻は妙なことを言い出したんだ。ジゼットはお前が守れ。私に何かあれば、ジゼットを連れてこの町から姿を晦ませと」

「なんで、そんなことを」

「分からない。だが、妻はそう言った三日後の夜、殺された。傷を見た。即死だったよ。外傷もあまりない。恐らく…………一撃だ……」


 言い淀むアーランドさんから僕は目を逸らした。全てがフラッシュバックした時の辛さなんて、僕にわかるはずがない。


「もう、はなさなくても――」

「葬儀の時。ジゼットが、棺に寄った。私たち大人にとって、これが最後の別れになる。ジゼットもお別れのために近づいたと、あまりにも、普通の考えに誰も疑わなかった。ジゼットは…………ママ、お仕事いそがしー? パパ、ママ、おやすみできるね。よかったねって、笑って……」


 涙を、止めることが出来なかった。

 ジゼットは子供だ。死、というものがまだよくわかってないからこそ、笑顔で、言ったのだろう。いつも忙しいママが、ようやく休めると。


「私は…………私は……ジゼットに、ママはもうお仕事しないよ、としか……」

「もう、それ以上は。誰が、師匠を」

「それを言えば、君を巻き込むことになる。この件は、私が片づける。彼女の夫として」

「まさか、だから一年もの間、ここから離れてなかったんですか?」


 ネミュの問いかけに、アーランドさんは拳を固めておでこに押さえつけ、ゆっくり頷いた。


「バカなことだとは思っている。だが、私は許せない。私から妻を、ジゼットかラ母を奪った奴を許せない。決して、許してはいけない」

「だから、呪具の核を使って復讐しようと考えたんですか?」


 アーランドさんなら、呪具について見識は僕らより深いはず。知らないはずがない。


「あれは作るべきではなかった。だから封じたんだ。それを知っているのは、妻だけだ。私もこの力を使えば、妻を殺した犯人を、殺せる」


 テーブルの上に置かれたのは、青い宝石。思わず目を奪われてしまうような魅力的な輝き。力に溢れた、宝石だ。これが、呪具の核。


「だが、私にはできなかった。妻を殺した犯人を、殺せなかった。殺せば、私はジゼットをこの手で抱くことが出来ないと思ったんだ」

「立派、です。私でも、自信がないのを、アーランドさんは、選択しました」

「ありがとう」

「まさか、師匠が言っていた奥義って……」

「ああ。彼女は自分の体に核を取り込み、自分自身を呪具にしたんだ」

「なんでそんなことを……!」

「ジゼットは、本来生まれてくるはずなかった子だ。産めば母子ともに命が奪われる。だから妻は、私の技術を利用し、核で自らを強化した。結果は、母子ともに生き延びた……それが間違いだった。私はこの技術を、使うべきではなかった」

「ちょっと待ってください、なのになんで、ダークさんに核を売ったりしたんですか?」

「……何故、君がその名前を知っている」


 嫌な予感が、してならなかった。何かがおかしい。背筋が凍りつくような、何かとてつもなく愚かなことをしているような、嫌な予感がする。


「ダークさんは、あなたから核を買ったと」

「私が? 馬鹿な。こんな物を売るわけがない。それより、会ったのか? 何も、されなかったか?」

「何を、言ってるんですか……」

「ジャンヌ・ダークは、エレアの元弟子。君の、兄弟子に当たる人物だ。奴は一度妻に負け、消えた。そして君が出て行ってから、妻を殺しに戻ってきた」

「バカな……嘘だ、だってそんな……」

「ゼル。落ち着いて」

「落ち着いてられない! ダークさんは、家族を……妹も!」

「だからこそ、落ち着いて! アーランドさん、彼は今どこに」

「ここだよ。全く、まだ隠し持ってたのか。これはこの世にまだあっちゃいけない技術だ。天才はこれだから面倒なんだよね」


 いきなり視界に飛び込んできた、ダークさんに僕は弾かれるように立ち上がっていた。これは思考じゃない。師匠に教わった技術が、一瞬で僕を臨戦態勢に移した。


「あなたは、誰だ」

「ジャンヌ・ダークだよ。まったく、妻を思う気持ちというのは強いね。執念と奇跡、偶然と信念がこんなものを。人間が作れゃいけない物を作り出した」


 にやりと、あまりに凶悪で歪んだ笑みを浮かべて彼は宝石を手で握り潰した。

 星のような輝きが零れ落ち、床に散っていく。


「君たちを連れて行ってよかったよ。もう隠してないよね? じゃあ、ボクはこれで――」


 ダークを背中から切りつけるが、避けられる。さすがに、後ろに目がついているような動き。師匠を殺したというのは本当なようだ。


「逃がすと思うか、クズ野郎」

「口が悪いな弟弟子。さすがに同じ師匠を持った者同士、口の悪さは映ったかな!」


 蹴りが飛んでくる。重、すぎる。だが、受けつつ避けて最低限のダメージで抑えた。

 家は危険だ、ネミュに目配せしてアーランドさんを逃がしつつ、僕は奴を外へ追いやった。

 抵抗する気はないのか、端から外へ行くつもりだったのか、ダークは大人しく家の壁をぶち抜いて外に出た。


「ははっ、怒るなよ。君の家族を幸せにしたのは、ボクなんだぜ?」

「黙れ! あんた一体、何がしたいんだ!」

「黙れと言ったり喋れと言ったり忙しい子だね。し賞を見習えよ。物静かで、今や何もしゃべらない」


 カランビットナイフ。柄の部分に指を通せるようになっているナイフを出して、くるくる回して見せる。どこまで本気でどこまで冗談なのか、僕は今になってもこの人が見えない。


「なんで師匠を殺した」

「目的があったからだ。師匠の奥義とやらは、我々に対抗しうる力になり得たからね。君を使った甲斐があった。いや、彼女を唆した甲斐、と言った方が正しいかな。はっは!」


 彼女が誰を意味しているのか分かる。全て、点と点が線で繋がった。

 フィオンを騙し手呪具の力を使わせた挙句、暴走させて殺した。


「おい、何を思ってるのか大体わかるが、ボクのせいか? 君が優しい言葉をかけてくれたように、責任は彼女の弱さにあるだろう?」

「確かに、弱かったのはフィオンの責任だ。だが、力を渡した責任は、あんたにある」


 抜剣。同時に飛び出す。何者かなんて関係ない。

 少なくとも彼は、僕の家族に近づき、フィオンと師匠を殺している。

 生かしておく理由は僕には全くない。


「答えろ、家族に近づいた理由と、ふたりを殺した理由!」


 鍔迫り合い。カランビットの僅かな刃部分で僕の剣を完全にいなして鍔迫り合いに持ち込んだ。ほぼ素手と剣のリーチ差で拮抗させる。師匠の技術だ。

 だからこそ、その技術の弱点が分かる。いなされる直前で、力の流れを変えられると、困るだろう?

 バランスを崩させ、肩に剣を押し当てる。膝を崩したが、刃自体はナイフの僅かな刃で受けきられた。


「おっと、君はボクよりも優秀な弟子のようだ」

「答えろ!」

「分ったよ。師匠を殺したのは奥義という名の呪魂。君が言うところの核を得るため。あの子はミュハエル・クレゼットを殺してほしかったんだ。呪具の暴走は彼らが隠したいことだからね。せっかく暴走するよう手をかけたのに、死んじゃったんだねぇ!」


 足払い。緩んだ剣を押し上げ、逆に切られる。僅かにかわして何とか脇腹を切られるだけに済んだ。

 こいつ、身のこなしは師匠以上か?


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