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恩人の未来

 ネミュは僕の咬力をブーストさせた。死にかけていた僕のヒールではなく、確実に殺しきるため僕の強化を選択した。

 その目には、涙が浮かんでいた。僕は運が良ければこいつと一緒に心中するだろう。

 分かっていて、確実に仕留める方法がそれしかないと確信した選択。

 この土壇場で、成ったか、ネミュ。僕の思い描いたビジョンは、最初に会った時から変わらない。

 君は付与術師(エンチャンター)じゃない、君は……最高の統率者(レギュレーター)。パーティーの……司令塔だ。

 ありがとう、ネミュ。ひとりじゃ何も出来ない僕に、力を見せてくれて、ありがとう。

 生まれて初めてかもしれない。誰かに見せてもらうものじゃなく、僕は今、自力で――

 壁を、砕く!

 パキュアっと、何かが割れる音と共に、フルススティルフは地面に横臥した。

 これが、僕の、欲しかった……勝利。やっと、勝てた……。


「ゼル! 大丈夫、全力でヒールする! 勝ったのにこんなの、絶対許さない!」


 暖かな光が、消えゆく意識をこの世にまだ引き留める。

 血を失いすぎた。喪った腕はすぐに引っ付けてくれたが、さすがにまだ感覚がない。ネミュのマジックはそこまでない。このままだと――

 僕は首を擡げて、前を見た。

 そこには……

 剣をフィオンに突きつける、ミュハエル・クレゼットの姿があった。


「止め……止めろ! ミュハエルさん!」

「私は、誰にも、負けない!」

「君は……そうか、魔に、飲まれたのか」


 僕の制止を振り切り、顔を斬り、フィオンが倒れる。

 倒れたフィオンから青いバラが爆発するように生え、やがて青い炎がバラごとフィオンを焼き尽くす。

 信じられない光景は、まるで夢を見ているように現実味がなかった。

 炎は森の一部を焼き尽くす程大きく燃え上がる。茨も、蔦も、バラも……フィオンさえも、何もかも、燃やし尽くした。

 ミュハエル・クレゼットは僕に近づくと、膝をついて手をかざす。

 一瞬、ネミュが苦労していたヒールを、たった一瞬で、完了させた。全快した僕はすぐに自分の剣に手を伸ばすが、その手をミュハエルさんは踏んで抑えた。


「止めるんだ」

「僕が……理性を失った獣にでも見えますか!」

「落ち着け。彼女は仕方がなかった。既に呪具に呑まれていた。死した生命を操る力など尋常じゃない。人の精神力では荷が重すぎたんだ」

「だからと言って、殺せばいいって話じゃないでしょう!」

「これは君の弱さが招いた結果だ!」


 胸ぐらを掴まれ、ミュハエルさんの綺麗な目が眼前に迫る。


「私だって、教え子を殺したくはなかった。彼女の膨れ上がった自尊心に気づけなかったのは私のミスだ。だが、君は私に任せた。私にはこの町を、国を、守る責任がある。まるでさっきの彼女は……聖戦の時の魔族だった」


 魔族……かつて王たる邪竜と共にこの世界の支配者になるとまで言われた勢力。

 邪知暴虐の王をしかし許さなかった5人の聖騎士がその命を賭して邪竜を封印。王と力を失った魔族は姿を消した。

 数百年も前の話を、引き合いに出されたところで僕は全く納得できなかった。


「あなたも聖騎士と噂されて、魔族を殺す以外の方法を知らないと」

「魔族は殺す。これが、私の責任だ。いつでも私のところへ来い。相手をすると約束しよう。それが、君の友人を殺した私の、一生で払える、償いだ」


 手を放して、ミュハエル・クレゼットは姿を消した。一瞬で僕を全快させたヒール。動体視力で追いつけないような馬鹿みたいな速度。

 これだけの才能がありながら、終わらせるだけでしか解決できないなら……兄貴。

 僕はもう、兄貴のような聖騎士を追わない。僕の夢は今、消し飛んだ。


「怨んじゃだめだよ、ゼル」

「ネミュ」

「あの人も、辛いんよ。殺したくて殺したい人なんていない。ゼルの悲しみも、自分が悪役になることで全部背負った。あの人は多分、ずっと、そうやって生きてきたんよ」

「……恨む気はない。だけど、許す気もない」

「その事なんだけど、ボクが、悪いんだ」


 森の奥から姿を現したのは……商人、ジャンヌ・ダークさん。都の傍にいるのは別におかしな話じゃない。だけど、ボクが悪い、だって?


「どういうことですか、ダークさん」

「僕が彼女に、呪具の核を渡したんだ。彼女は力を欲していて、ボクとしてもこの森の開発が進むことは悪い話じゃなかった。ウィンウィンだった。なのに……あんなことに。よく分からない力を、渡すべきではなかった」


 悔しそうに自分の足を叩くダークさんに、僕もネミュも何も言えなかった。

 この結果を想像できる人間はいない。誰も、幸せにならない唯一の方法と言っても過言じゃない。


「ダークさんは悪くないんよ、全部、力が悪い」

「そうです……結局、力に呑まれたフィオンの責任だ。貴方は気にしないでください」

「それは、ボクが許せない。償いをさせてほしい」

「そんな……呪具の核と言いましたね、呪具とは違うんですか?」

「任意の物に装着することで力が解放される物。本来、核を装着した物を呪具と呼ぶ」

「聞いたことのない話ですけど、じゃあ呪具ってなんですか」

「何者かが核を装着させて安定化させたもの、だね。遺跡から出土している以上、何百年も前にこの技術が確立されていることになる」


 おかしい話ではない。聖騎士たちは呪具の暴走というリスクを隠していた。呪具に夢を持たせて発掘させ、集める方が効率がいいと考えたんだろう。

 この国は、聖騎士と共に病んでいる。英雄の伝説も、怪しく思えて仕方がない。


「今回の核は恐らくあの炎で……彼女ごと……」

「どこで入手したんですか? そんな技術を知っている人間なんてそういないでしょう」

「顧客の情報は伝えられないが……やむを得ない。眼鏡をかけた男だったよ。普段はアカデミーで呪具研究をしていると、ああおい、まだ途中だよ。名前は聞かなくていいのかい?」


 僕は踵を返していた。

 なんて、ことだ。なんで、こんなことが、起きるんだ。いや違う、何が起きているんだ。


「アーランド、そう名乗ってませんでしたか?」

「なんでそれを――」


 師匠、アーランドさん、一体、何が起きているのか、教えてくださいよ。


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