楽に勝ては絶対しない
「暴走するリスクがある物を、騎士でもない人間が使っているなんて」
「その話は後だ、今は――」
森が、爆散した。赤々と舌、まるで太陽のような炎。
ああ、クソが。本当に、どうなってるんだ、この森は。
現れたのは、かつて僕と師匠お殺しかけた人型モンスター、ナイトメア=アポロ。2体。
次から次へと、厄介事が舞い込んできて……とてもじゃないがやってられない。
「ゼル! 私たちがやることって、たぶん多くない!」
ネミュの一言でハッとした。そうだ、僕らに出来ることなんて、ミュハエル・クレゼットに比べれば一つしかないようなものだ。
「僕が、僕とネミュが、彼女を止めます」
「ああそうしてくれ。こっちは、私が一人で片づける」
ミュハエル・クレゼットは僕の目の前から姿を消し、次の瞬間……ナイトメア=アポロの首がはねられていた。
「まず、ひとつ」
さすがに最強の男。あいつを一撃で倒せるなんて普通じゃない。
だが、ナイトメア=アポロも、2体じゃない。どんどん、増えていく。まるで、炎に吸い寄せられたように、数を増やした。
「さすがに多すぎる。出来れば早く説得してくれ、君の友達を」
「そうします。落ち着け、フィオン! それ以上は――」
「うるさい! あんたのことが、嫌いだ!」
「待って、フィオンちゃん!」
ネミュが、燃え盛る炎の中を、茨光る蔦の中を、突き進む。燃えようが傷つこうが、フィオンの拒絶を全く意に介した様子がない。
「大丈夫。私、ずっと友達やけ」
「……あんたが、一番、ムカつくのよ。そうやって、良い子で、良い人の顔で、土足で私に近寄るな!」
蔦がネミュを掴んで弾き飛ばす。気にぶつかるが、ネミュは即座に「大丈夫!」と叫んだ。
説得が無理ならもう、やるしかない。
「ネミュ、僕を見てろ!」
「分かってる! ミュハエルさんも、ヒール欲しいトキは自己申告で、私、マジック少ないので!」
「ありがとう! その時は叫ぶよ!」
フィオンは強い。今も前もずっとそうだった。ひとりじゃ勝てない。
僕らは自分の弱さを知っている。だけど、フィオンは抗い続けた。ひとりで勝てる力を求め続けた。
僕らは間違った価値観を、正しいんだと理論で殴って彼女を傷つけた。詫びは、後だ。
近接未来を視る。
攻撃の起こりを止め、攻撃を避け、距離を縮め続ける。短期決戦だ。
暴走状態の今、何をするか分かった物じゃ――
「がああ!」
爆炎。フィオンを中心に、青い炎が伸び、死んだはずのナイトメア=アポロの死体に命の火を灯す。
死んだはずの首なしは立ち上がると、炎の剣を青色に変え、襲い掛かって来る。
強力すぎる、何だこの力は……死体とは言え、自分より格上のモンスターを操るって。
「どいつもこいつも、認めなさいよ、私の、力を!」
「分かってるって、言っても君はもう、聞かないんだろう。全員を倒さないと気が済まない、まるで子供の癇癪だ。らしくもない」
「うるさい!」
「もう良いよ、君はもう、救わない。勝手にしろ」
ネミュの身体強化を借りて、彼女の目からしたら何倍にも早く見えるだろう。
決めさせてもらう。君がどう立ち上がるかももう、僕は関与しない。
叩き潰して床を舐めさせ、負けの味を知れ、君はもう、弱い。
「攻撃は当たらない。ナイトメア=アポロの倒し方も――」
炎の剣を弾いて自分に突き刺させる。前の戦い方の応用。自分の力で眠れ、幽霊。
「知ってるからね」
「雑魚を倒しても、私が倒せないと意味がない!」
「そうだろうともさ!」
剣戟。片手直剣じゃあの大剣を押し切れない。今のフィオンに押し勝てるのは一人でナイトメア=アポロの軍団と倒した端から生き返る屍兵を制圧している騎士団長とアヴィと兄貴位だ。
だけど、僕は一人じゃない。サポートを受けて、これまでの技術をぶつける。
「甘いのよ、軽いのよ、あんたの刃は、まるで、メッキね」
大剣が、剣ごと僕を吹き飛ばす。
馬鹿な……ずらした芯を土壇場で合わせ直して吹き飛ばした?
天才的な一手は僕の剣にひびを入れる。クソ、規格外も甚だしい。
最悪なことに、青い炎はさらに、屍兵が起き上がらせた。最悪の森の主、フルススティルフを。
獣は吠える。青い炎を身に纏い、毒の霧を振りまきながら咆哮する。
「バカなのか本当に」
「あんたが。はっきりと、憎い!」
「ネミュ、障壁!」
「張ってる! 一旦下がって、ゼルのステータスじゃ、一撃で全部吹っ飛ぶ! 悔しいけど、ミュハエルさんとスイッチして!」
「今ならぎり行けるけど?」
行けたとして、分かってるのか……いや、分かってるから言っているんだ。
自分たちに大して力がないせいで、フィオンを止められない。託すしかできない。これは、彼女が導き出した最大限の覚悟。
「任せます」
「ああ」
フルススティルフ。相手にするには強すぎるが、止めるくらいは出来る。
相対して分かるこの緊張感。獣の気迫に思わず身が竦むが、良ければ、良い。
攻撃を受け流し、かわして、弱点を見極める。
「魔障壁を薄く張るからガスは弾ける、思い切りいって!」
「オッケー!」
ネミュの指示を聞いて動く。押し込める。生前と死後では、動きの質が違う――
僕の近接未来が、ある物を見た。
この喧噪を聞きつけてか゚、元々いて巻き込まれたか……幼い兄妹が、小さく蹲っていた。
まずい、避けたら、当たる。この速度、僕にマジックのリソースを割いている分、ネミュが気付いたとして間に合わない。
生まれて初めて、自分よりも弱い物を背中にした僕の脳裏に、ミュハエルさんの言葉が繰り返される。
もし、避けられないタイミングで僕はどうするのか。こんな、命の駆け引きがあるところでふざけるなよ、本当に!
両手を広げて二人に覆いかぶさる。全ての身体強化を背中に集中。可能な限り、守りに特化した技術を行使する。
「ぐあああああ――」
連撃。フルススティルフの攻撃はこんなものじゃなかったはず。毒で弱らせ必殺の一撃で仕留めるスタイル。こんな暴力に訴えるような戦い方じゃない。
操られているのか、覚醒して、暴走した、フィオンの能力に。
背中に連撃と斬撃が来る。こんなもの、受け過ぎたら僕のステータスなんて一撃で吹き飛ぶ。盾にも、なれやしない。
連撃を受け、障壁は砕け、背中も悲鳴を上げる。
攻勢に、出る――
振り返って剣を振るう。剣を持つ手が、フルススティルフの爪によって吹き飛ばされた。
勢いで持っていかれそうだった体をそのまま前に押し込んで、墜ちかけた剣を左手で掴む。
一歩踏み込んで、フルススティルフの追撃を避けるが、左腕をそのままかみちぎられた。
失った腕、2本。
得た距離は、2歩。
あまりに、あまりにも……十分な距離だ。
「お前の命は、ここだろう!」
師匠、エレアさんに教ったのは、確実な闇討ちと、非力でも殺せる弱点を探す事。
そして、修行の最中、死線を彷徨い覚醒した、僕の左目。正体不明の呪具は、師匠から教わった僕の技術を、新しい物へと昇華させた。
メテオグルスを打倒した、近接未来視と、相手の弱点が見える技。
フルススティルフ、お互い、万全の、状態で、戦いたかったね。
「ふがっ」
首にかじりつく。元々受けていた大傷と、無理やり蘇生された傀儡の持つ弱点。
首筋に光るそれが、お前の大事な物だろう。
「ヒュアアアアアアアアアアア!」
フルススティルフが暴れる。死んでも、離すか、噛み、砕け。
師匠、僕に、力を貸してください!
「ゼル!」




