都合よく伝わりはしない
ひとり、暗い森の中。孤独がより色濃くフィオンに襲い掛かってきた。
静かな羽音と、小動物の生活音。少し湿った場所だからか水音も聞こえる。
怒りと悲しみ。どうしようもない不安がフィオンをただただ、前に突き進ませる。
どいつもこいつも、分かったような顔をして、優しさという凶器を振りまく。
それはつまるところ、疎外感を助長させた。自分を特別だと突き放しながら、期待をしないと突き落とす。
冗談ではなかった。
幼稚だと自分でも分かっていた。ただ、フィオンにはこれ以外、自分の自尊心を保ち、正当化する方法が、無かった。
「全部、壊してやるわ」
「あー、穏やかじゃないと思うのは、ボクがお人よしだからかな?」
ピンク色の髪。人懐っこそうな笑顔に声でも男女がどちらか分からないが、恐らく男性。
スラッとした体躯。武器は一切持っていないのにこんなところにいるなんて普通じゃない。完全に警戒態勢を整えたフィオンに、男はそれでもにこやかに笑った。
「ボクはジャンヌ。ジャンヌ・ダーク。商人をしている者だ。この森に自生する珍しいキノコを採りに来たんだけど、ああ、その、失礼無いように言葉を選びたいんだけど、少々……怖い人がいたから声をかけて見た」
「そう。良い性格してるわね。ああ、褒めてるわけじゃないわ」
「ありがとう。大丈夫? 顔色が悪そうだけど」
「あんたに関係ないでしょ。私はこの森の主を殺しに来た」
「それはありがたい話だね。フルススティルフが消えれば開発が進んで僕らは潤い、利益で多くの人が救える」
「殊勝なことね」
「君はハンター? 他のメンバーは近くかな」
「あ? デュエリストだし、奴は私一人でやる」
「いや無茶苦茶な……まあ、訳ありなのはわかるし、ボクにも色々目的があるから手は貸せないけど、これは上げられる」
見せてきたのは、紅蓮に輝く掌大の大きな宝石だ。輝きに魅せられて、思わず手を伸ばそうとして止めた。
「何よ、これ」
「呪具だ。正確には、呪具の動力と言うべき物かな。探究者が必死で探している呪具は、全てこの動力を元に最適化したもの。ああ、そう言う意味では、呪いだ」
「そんなものを、私に渡してあんたに何の得があるのよ」
「困った人を見ると救わずにはいられないってのが一個。あとは、君がもしここを解放してくれれば、ボクとしても仕事がしやすい。ここは、金の生る木が多いから」
「拝金主義ね。いいわ、ありがたく受け取っておく。あんたな逃げてなさい」
「あはは、悪いね、女の子に任せちゃって」
「……あんた、私の嫌いな知り合いに似てる」
「君は唯一無二だ。期待してるよ。上げたそれを無駄にしないでね」
「……うっさい」
正面から褒められるのは悪い気はしなかったが、もう今更、遅かった。
†
「嘘だろ……これは」
思わず、口に出してしまった。
燃える、森。紅蓮の炎に染まった森は生きた炎が肌を焼き、煙が喉を焼く地獄の渦中。
燃える森の中心には、燃える森の主。フルススティルフだったものが横たわり、傍らに居は……燃える大剣を持つ、フィオンがいた。
倒したのか……ネームドモンスターを、たったひとりで。
「フィオンちゃん!」
「……この力、すごいわ。これがあれば、私は一人ででも、上に行ける」
禍々しく光る呪具の輝きを、フィオンは目に宿していた。
「今の私なら、あんたにも、余裕で勝てるのかしらね」
炎が足元から渦を巻き、上空へ立ち上る。
まずい……攻撃の起こりを隠された。何をしてくるか――
炎の壁をぶち抜いて、真っすぐフィオンが仕掛けてくる。一方的な、1on1だ。
大剣。低い軌道から得意の切り上げ。悪いが最初から左目を使わせてもらう。
近接未来。軌道を……違う!
足に全力身体強化。筋肉の弛緩から放たれる爆発的初速で、逃げ延びる。
僕のいた場所にバラの蔦が巻きつき、赤い花が咲き誇る。
美しい赤バラは策と同時に爆発し、蔦は緑の炎を上げて茨を飛ばした。
広範囲飽和攻撃。初見でこんな物、避けられない。
「ああそう、あんたも、呪いを持ってるんだ。だから、負けてたわけね。納得いった。あんたを倒す算段を考えるわ」
「おもちゃをもらって冷静になったわけか。まったく、面倒くさい物を」
「あんたも同じ穴の狢でしょう」
足元から蔦が伸びる。どんな効果があるか分からない上に、バラが咲けば大爆発を起こす。
まずい、呪具一つだけで、フィオンの選択肢が無限に増えた。
戦いのレベルが一つ上がる。高速戦闘。
蔦と茨、バラから逃げつつ、それらをデコイにした本体が突撃してくる。
今までは見て避けられた。だから、フィオンも自分の強みを存分に活かしたカウンターという戦術をとってきた。
しかし、もう関係ない。バラをデコイに闇討ちすれば、フィオンは一撃必殺をノーリスクで打ち出せる。
「どうしたの、その程度?」
大ぶりの攻撃。隙を素早く茨とバラが守り、斬撃を受けると爆発で威力を殺しつつ反撃の隙を無理やり作る。
戦術的で厄介。この力があれば、恐らく単独で多人数戦をカバー可能だ。
「強すぎだな」
「これでもまだ、あんたは私が弱いって言える?」
「最初から言ったことないだろ別に」
「言ってんのよ!」
近接未来を読む。
フィオンらしい隙の無い綺麗な攻撃だが、それは攻撃が完成してからの話し。
完成する前なら、攻撃を避け続けることができる。
「なんで、当たらない! あんたは、そのステータスでなんで……」
「あのさ、僕は別に、自分のステータスを気にしてないわけじゃない。君と同じだ、言わせないために、技術を磨いた」
「そんなこと――」
「黙って聞け! だけど、磨いた僕の技術を、才能だけで真正面から叩き潰してくる存在がいる。努力も技術磨きも、僕のは追いつくための手段でしかない。だが君のは、追い越せる手段だ! 戻って来い、君なら、僕の兄貴にも、勝てる!」
「……るさい、うるさいうるさいうるさいうるさい……るっさい!」
目が、禍々しい紫の光に代わる。バラも青く変化して、炎は、青く染まった。
何だこれは、呪具の、力……違う。僕はこれを知っている。
呪具は本来の安定した状態と、僕の目が急に見えたように、覚醒した状態になる。
だがこれは覚醒と言うよりはまるで……暴走している。
こんな話――
「聞いたことない、か。分かるよ、私もそうだった。ただ、一度だけ見たことがある」
狼狽する僕の横に現れたのは、帝国最強の男、第二騎士団団長、ミュハエル・クレゼット。
「あなたは……なんで今頃ここに」
「アジリティ全ブーストで他の三人と彼女を交互に見ていた。少し対応が遅れた。何、驚くことはない。私が本気を出せば、君の師匠を超える」
「……ご存じだったんですね」
「ギルドの女性に聞いた。真面目な人が、君たちを優遇した理由としては納得だ。そして君は、あの、ニア・ゼハードの弟君だったわけだ」
「隠していた気はないですけどね」
「ああ。君に会う度に君のお友達に蹴り飛ばされた私のミスだ。目がそっくりだな。彼は聖騎士になる前、第三騎士団を壊滅させている」
「そんな話――」
「ああ。そんな話を表に出せるわけがない。そもそも理由が、第三騎士団全員の呪具が暴走し、町をひとつ蹂躙した、なんてことを出せるはずがない。まさか、優秀な呪具持ち第三騎士団がたった一人の男に壊滅させられたなんて情報も、出せるわけがない」
淡々と言いながらも、拳に力が宿っていた。彼は強いからこそ、背負いすぎだ、色んなものを。




