かつての友を追う
そうか……よかった。仲間には、恵まれたようだ。後は本人次第、か。
フィオンの攻撃をかわす。ギリギリで、上等だ。
恐怖に打ち勝つと同時に、前へ踏み込む。
カウンターの構えを取ったところで、あえて急停止――
同時に、左目の力を解放する。
フィオンは僕のフェイントにしっかりついてくる。だが、見えていれば、その限りじゃない。
先を取る。アジリティのない僕が、彼女を倒すにはこれしかない。
大剣の横を蹴ってバランスを崩す。同時に横へ跳んで回り込み、剣を回して腰から後ろへ刃を通す。
刃は、フィオンの背中を……貫きはしなかった。
殺る気のない殺意は、フィオンの脇を通って切っ先が頬を僅かに切って、血を欲するように表面に滑らせた。
「つ……」
「勝負あり、で良いかな」
「そんなこと――」
「フィオンちゃん! ごめんね、勝負の最中なんだけど、どうしても、言いたくて!」
ネミュが泣きそうな表情で、フィオンの元へ近寄る。
僕は剣を納めて、ゆっくりと距離を取った。
「あんた……」
「あのね、田舎生まれで貧乏人大庶民の私が言うのもなんだけどさ、お父さんもお母さんも、別に期待してないわけじゃなかったと思うんよ!」
「何言って……」
「好きなことしてほしいだけだったんだよ! フィオンちゃんが家に縛られないように、背中押したつもりなんよ! アヴィちゃんは、多分もうそういう子なんよ! だって、フィオンちゃん強いし、綺麗だし、いい匂いするし、私は、すごく好きだよ!」
矢継ぎ早の言葉に、思わず僕はくすりと笑った。
あの殺気立っていたフィオンが、思わずどぎまぎしてしまう様子はどこかおかしかった。
「それにさ、私もゼルも、アヴィちゃんも、皆頼りにしてたんよ。一緒にいた時さ。だからごめんね。フィオンちゃんは、言ってほしかっただけなんだよね。言葉にしてほしかったんだよね……フィオンちゃんは、聖騎士になれるよ」
頬の傷にヒールをかけながら、ネミュは笑った。
優しい言葉は、時に人を傷つけることもある。
好きにしたらいい。一見、思いやっているように見えても、伝わり方次第では全く逆の誤解を生む。
贅沢な話だな。期待をかけてもらった方が、頑張れるなんて、才能ありきの話だ。
「フィオン。君に見えてない物は、他人を頼らないことだ」
「……うる、さい。誰も頼らない、頼れない! 私は一人で強くなる。誰の手も、借りない!」
地面の大剣を抜いて、フィオンはギルドへ駆け出した。
「あ……余計な事、言ったかな」
「お節介は君の武器だよ。それに、アインが言う通り、フィオンは見えてない。ひとりじゃ勝てないから、パーティー何だって」
アヴィでさえ、パーティーを探していた。彼女も大概不器用だが、アヴィには信念があった。
全部私が倒すから、任せろと。だから僕は安心して、アヴィを百パーセントサポートする正解への暗躍を実行した。
だけどフィオンは……単純に、味方と……自分を信じてない。
「追いかけよう。あの様子だと、ひとりでクエストを受けかねない」
「う、うん!」
ギルドへ向かうと、既にフィオンの姿はなかった。
すぐに顔なじみの女性職員を見つけたから急いで寄って行った。
「あの、友達のフィオン・グレンローゼスが勝手にクエスト受けちゃって。僕らも一緒に行こうって話だったのに」
「……本来、個人情報保護の観点から、クエスト状況はお伝え出来ないのですが……物がものですので、あなたの言い分を信じてお伝えします」
渡されたのはクエスト受注票の控えだった。クエスト攻略条件は対象の討伐。
対象名……血穢れた異形フルススティルフの討伐。
ネームドモンスター。それにフルススティルフ……名前が言いにくい。
「あの、こいつの情報ってありますか?」
「もちろんありますが、ギルドでご用意できるものはあくまで通常時であることをご理解ください。こちらはあくまでS級を含めたパーティーでの討伐を推奨しています。例え、三人でも話にならないかと」
「そりゃそうかもしれないです。帰って来た時は報酬を使って飲み会をします」
「いってらっしゃいませ」
「はい」
フルススティルフ。別名影を纏う狼。かなりデカい狼型のモンスターで、影のような毒霧を撒いてくる。基本は群れで行動するが、このネームドは単独かつ狡猾で多くの探究者を死に追いやった。こいつのお陰で森の開拓がいつまでも進まないため討伐対象、か。
メテオグルスのように、人に危害を与えるタイプのモンスターなら、相当場慣れしてる。
「ネミュ、君は――」
「絶対行くよ。悪いけど、今はゼルより総合ステータスが圧倒的に上だから」
自信満々の表情に、僕の心配は霧散した。いつの間にか、頼れる存在になった。
フィオンは今、自尊心を満たすためにS級の探究者でさえ一人で参加しないようなクエストに向かった。この世界は残酷だ。生まれた時から、差という名の壁を見せつける。
逆に、今は残酷な世界が味方にいなって教えてくれている。奇跡でも着ない限り、フィオンのステータスじゃ、ひとりで絶対に勝てないという現実を。
開発の進まない森は伸び伸びと木々が伸び切って奥の方は陽光が遮られているせいで暗い。切り拓こうとしたらフルススティルフを筆頭にモンスターに襲われるし、面倒くさいタイプな上に報酬が微妙なせいで大手の探究者パーティーも手を出さない。
「こっちだな。獣道って言ったらいいのかな。フィオンが斬り割きながら進んでる」
「ほんと。大剣だからワンスイングが大きいんだね。早くしないと、フィオンちゃん、ひとりで絶対始めちゃう」
「ああ」




