明確に開くレベル差
「うわああああああああああああああああ!」
「きゃああああああああああああああああ!」
拝啓、お母さん。僕とネミュは今、めちゃめちゃデカい虫に追いかけられています。
敬具
2メートルほどの胴体。黒いボディには滅菌用の粘液がついていて黒光りしている。
二本の触角はその辺の細い木の枝よりも太く、強靭な顎は岩でも噛み砕きそうだ。
かなりの巨体だというのに、百本くらいはある足で地面を這いまわりながらリーサルレンジに入ると羽を開いて飛び掛かって来る。
「ゼルゼルゼル! お願い、こけて!」
「最悪だな君は!」
†
「アヴィのお嬢さん、あんたは何のクエストにするんだ?」
「ん? 一番上のやつ」
「おいおい、ナイトメア=フロストの拠点制圧。死ぬぜ? 止めときなって。あんたもこれが何を意味しているか分かってんだろ?」
「なんのこと?」
†
「無理無理無理無理むいむいむい!」
「落ち着け! 喋れてない! 迂闊に口を開けたら口に飛び込まれるぞ!」
「ひえ!」
「かかったな、口を閉じたせいで、今は僕の方が早い!」
「うっざ! バカ、死ね! ばーかばーか!」
「策士の勝ち――いってえ、汚いぞ、足元に障壁出して転ばすなんて!」
「無視に食われて死ぬよりましだよ!」
†
「やりたいならやるといい。私も、好きにやる」
「おいおい、あんたは冷静に物事を捉えるタイプだ。このクエストの本当の意味は――」
「バカは放っておけ、バカ。お前、そんなワンマンプレイじゃ、いつか限界が来るぞ」
「良い。ゼルがいる」
「奴が死んだら、どうする」
「死なない。ゼルは、私の次に強いから」
†
「死ぬ! 死ぬ死ぬ! 僕終わる!」
「待って増えてる! 虫増えてる! だっからみんなやりたくなかったんだよこのA級クエスト!」
「光物集める特性があるから拾い物拾うだけで戦う必要ないって思ったんだよ! ああでも、ほら、呪具はゲットした」
「帰るまでがクエストだよ! 私たちこれ帰れるの!?」
「まあ、フェロモン的なので一生追って来そうではあるよね! 縄張りないし、ああ、死ぬ!」
†
「勝手にしろ。お前もあの、グレンローゼスと同じように、思い知ればいい」
「彼女ならもう先に行った。私も先に行く。あなたの目的をどうこう言うつもりはないけれど、私にも、目的があるから」
「目的だ?」
「親友と、最強になる。私が最強になれば……ゼルもきっと、目的を叶えられる。私たちは親友であり、共犯者だから」
「下らない。勝手にやれ。格上のクエストをたった一人で受けることの意味をよく考えたら、連絡して来い」
「ん? 会うのは、クリアしてからでしょ」
「……ある意味な」
†
「覚悟を決めろ! 止まれば死ぬ、振り返って反撃するコンマ数秒で、奴を倒す!」
「どうやって! 止まったら死ぬのにどうやって! 身体強化でももう追いついてくるくらい速いのに!」
「僕は雑魚だ!」
「こんな時にまでネガティブ止めて!」
「違う! 弱けりゃ、狂え!」
立ち止まると同時に、並走するネミュに目配せをする。僕の意志をくみ取ったか、天性のセンスからか、ネミュは僕の背中に障壁を展開。さらに、身体強化でディフェンスアップ。
本当に一瞬しかない。間違えれば食われる。あの顎だ、食らえばぼくのステータスなんてひとたまりもない。
だからこそ、視ろ、奴の未来を。
左目が描き切る、虫の近接未来。
剣を立て、顎と顎の間に……差す。
剣に自分の加速力で突っ込んできた虫は真っ二つに引き裂かれた。
爆発的な加速から放たれる攻撃に吹き飛ばされないように、背中に壁。当たってもギリ無事程度の障壁。隙を縫うようなタイミングと、少ない時間での応用。完璧だ。
虫の死体がどちゃっと潰れたところで、僕は自分の服を脱いで虫の液体を着け、遠くに投げる。
「ネミュ!」
「この服お気に入りなのに!」
「卵植え付けられるのとどっちがいい!」
嫌がるネミュを説得し、上着を脱がせて粘液を着けて投げさせる。
追手の虫はフェロモンを追って服に突貫。隙を突いて僕らは脱出に成功する。
なんて、格好のつかない戦闘というか、クリア方法なんだ。
疲労で死にかけた僕らはギルドに戻る途中で飲み物を買うことにした。アルコールを入れたい程度には今日のことは忘れたい。暫く夢に出てきそうだ。
僕は人より遅い。本気を出して、技術を使って、死ぬ気で走ってやっと五分。全力で動くと体中が痛んで軋む。
「お疲れ様です。クエスト報告を確認。クリア要件である呪具も……間違いないですね。はい、クエストクリアです。おめでとうございます、こちらが報酬になります」
貰ったのは見たこともない額だった。これが、一流の探究者の仕事。死にかけた身としては、少し足りないと思ってしまう。本当に、あの虫、名前は……ああ、デッドローチ。シンプルに速いのと躊躇なく齧り付いてくるからしんどいんだよね。
「ネミュ、めちゃめちゃ稼いだけど、どう思う?」
「……億万長者になる頃にはきっと私はこの世にいない」
「だよね。やっぱり、誰かに頼らないといけない、かな」
別に最強が一人欲しいわけじゃない。単純に、手数が必要だった。さっきのデッドローチだって、僕とネミュは基本的にぴったりくっついて動くから相性が馬鹿みたいに悪い。
誰かがヘイトをかっている間に闇討ち、スイッチして攻撃、もしくは防御。その後闇討ちの繰り返しで大分楽になるはずだ。その分、クエスト報酬の取り分は減るが安定する。
奥が深いな、探究者って言うのは中々どうして。
「どしよっか、さすがにもう無理だよね、次のクエスト行くの」
「無理だね。僕が動けそうにない」
「じゃあ、次のクエストを吟味しようか。やっぱり、一匹強いの狩った方がいいのかな」
「一匹強すぎて終わるよ。メテオグルスを想像してほしい。ネームドなんかに当たったら最悪だ」
「ぐぐ、確かにあれは強すぎだった」
「まあ、現実的な部分だけ見ると僕らじゃ狩れるモンスターが少なくなるから多少の無理はしないとね」
最悪、僕だけ犠牲になれば、ディフェンスが限界突破しているネミュだけでも生き残れる。
「ネミュ、天窓を見せてくれないか?」
「うん」
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ネミュ・カトーレリ
レベル:3
パワー:35
アジリティ:20
ディフェンス:450
マジック:120
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「あ、レベル、上がってる」
「……おめでとう」
「う、うん。ありがとう」
素直に喜べないのは、どれだけやってもレベルが上がらない僕への配慮だろうか。
にしても、すごいな。確認しただけでもディフェンスは本来のレベル上限を超えている。もしかしたら、師匠と同じようなステータス異常か? アジリティがかなり低い。
けど、マジックがそこそこあるから、ディフェンスに振った分他が少なくなった感じか。
ステータス異常に定義があるかは知らないけど、僕みたいに上がらない物は、師匠のように0は稀だ。ほぼ有り得ない。
ギルドの適当な席に腰かけながら、クエスト一覧を隅にまとめた。
「何か頼もう。せっかくのお祝いだから」
「いやあ、あはは……あのさ、偉そうとか思わないでほしいんだけど、聞いてくれん?」
「何?」
「私がレベル10になっても、一緒のパーティーだからね」
レベル10は、最早一人で何でもできるレベルだ。レベル9でさえ、英雄になれる強さなんだから。
そんなものになれば、僕は必要ない。お荷物でしかない。
この旅で、恐らく僕は止まったままで、ネミュはどんどん前に進む。横に居ても背中を追う事も出来ず、ただ見送ることしか出来ない。
彼女はそんな僕の考えを、正面から、勇気をもって砕いてきた。
壁があるなら、壁と向き合う方法を、彼女は僕に教えてくれた。
「ありがとう。だけど、ネミュがレベル10になる頃には、僕はもう引退してるだろうね」
「あー失礼な! 私もどんどん成長してますから! しますから!」
「そうだね。だと良いね」
「もー……ていうかさ、ゼルはどうすんの? この後」
「んー? 兄貴を探し出して、この目の落とし前を着けてもらう」
「その後だよ」
「その後……」




