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伝説を知る者

 無事な腕で剣を握り直し、よろけながらも、アポロに相対する。


「そんな怪我で……もう良いです、逃げましょう! 師匠の足なら、出来るはずです!」

「この足はな、ガキ殺してでも生きるためにあるもんじゃねえ。ガキを守るためにあるんだ」


 剣を地面に突き刺し、口に咥えた瞬間、アポロの炎が飛んできた。

 ボロボロなはずなのに、もう、立ってる事すらできないはずなのに、なんであなたは、立ち上がれるんだ。


「ありがとよ。丁度、火がほしかったところだ。さあ来い、モンスター」


 アポロは師匠の折れない心と堂々とした様子に感銘を受けたように、剣を構えて、飛び出す。初速がこれまで以上の速さ。もう目に見えない。感覚したころには師匠は死ぬ。

 ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるな!

 弱いからってだけで、力がないってだけで、何もかも失えっていうのか。

 先を見せない大きな壁が見せつけるのは、いつだって見たくもない物だけだ。

 ふざけるな、ふざけるな。

 ふざ……けるな


 見えない左目が見た物は、間違いなく見えるはずのない、アポロの未来。


 僕は迷わず動いていた。見えた未来に従うように、誰よりも早く、見るよりも早く、動く。

 斬撃が、横から飛ぶ。体を差し込んでも間に合わない。

 手を精一杯伸ばして回り込み、剣を迎え討つ。

 足りない。

 迎え討っても弾かれて終わりだ。そうじゃない、軌道をずらせ、見えるなら、勝ち取れ。

 視えなかった時でさえ、僕は壁の向こうを、何も見えない左目で診ようとした。

 勝ちへの道筋が見えているなら、死ぬ気で、掴め!


「はあああああ!」


 裏から回して剣をぶち当て軌道をずらす。弾かれた剣を自由に回転させ、アポロの威力を大きく乗せながら、首を取る――

 金切音が、あまりに静寂な舞台に鳴り響いた。まるで、公演が終了したことを知らせる、エンドロールのように。

 アポロの首が落ち、恐ろしい表情が甲冑の中から垣間見える。これを見れば、本当に人じゃないってことは嫌でもわかる。


「……お前、何を見た」

「……近い、あまりに近い、未来です」

「今は、左も見えているのか?」

「はい。良く見えます。師匠、本当に小さかったんですね」


 殴られた。


   †


「ふええええ、ゼル、今日の狩りもかなりきつかったね」

「まあ、日銭を稼ぐことは出来たから十分だよ」


 実家を後にして一か月。僕らはギルドで探究者登録しつつ、無数にあるクエストを消化してきた。お母さん、僕たちはもう、穢れちゃったよ。モンスターの糞尿で。

 金の稼げる仕事は人が嫌がる仕事。ゴブリン狩りや薬草取り、あと汚い仕事だ。物理的に。

 稼いだ僅かな賃金でギリギリの激安宿屋を取って、馬鹿みたいに硬いパンと野菜の根っこが入ったスープで日々を過ごしてきた。

 一応、メテオグルスを倒した功績で上位のクエストは受けられるけど、二人じゃ無理。あと、パーティーに参加しようにもハンターもしくはなんちゃってレギュレーターとエンチャンターは間に合っている。ステータスの兼ね合いでネミュだけ誘われることはあったが、彼女は断っていた。


「ねえ、ゼル。今日から宿を一部屋だけにして節約しよ? そろそろ装備を慎重しつつ、アイテムも買わないと。エンチャンターだけど、マジック促進剤がないと間に合わない」

「さすがにそれはまずい。僕へのヒールは終わった時でいいよ。どうせ一撃でも食らえばほぼ死んだようなものだから」


 さすがに、良い歳の男女が一つ屋根の下はよろしくないと思う。いや僕はなにか良からぬことをする気はないけど、立場と建前と諸々がある。

 しかし、確かにジリ貧になってきた。こんなんじゃ、聖騎士への道はもちろん、兄貴を探すことも出来ない。ネミュの金稼ぎをしたいって夢も叶えられない。


「ネミュ――」

「それ言っちゃうと私たちの冒険はここで終わっちゃうから言わんで」


 僕と離れてソロになった方が、絶対に彼女は上手くいく。

 これまでのモンスター狩りで、彼女は自信をつけ始めた。ぢフェンスも今では275の高水準。あと大きな致命的危機を乗り越えればレベルも上がるだろう。

 僕の見立てが正しければ、あと少しで、彼女は最高ランクのパーティーすら視野に入る。


「そうは言っても、成果が出てないよ」

「そりゃ出ないっしょ。そんなポンポン出るのは運がいい人だけだよ。私たち、たぶん運だけでいうと本当にないからその勝負やめよ。なし」


 彼女と一緒にいると、不思議とネガティブさが無くなる。

 僕は自分でも重く理解している程、超ネガティブが治らない。生まれてから天才二人に挟まれて、天才の片割れにステータスをほぼ全損させられた。

 だけどネミュも、アヴィも、僕を一切否定しなかった。フィオンだけは、彼女なりの美学と哲学から、力のない僕を認めなかったけど。


「今日は僕が夕飯を作るよ。たまには美味しい物食べて英気を養おう」

「え、最高すぎ。好き」

「はいはい。と言っても、あんまりいいもの作れないんだけどね」


 買い物に市場へ向かうついでに、明日のクエストで使う用品も揃えていく。

 ここは帝国の都だから、物はかなり豊富だ。それこそ、僕らが住んでいた辺境まで行けば、ダークさんのような商人キャラバンが運んでくる商品を買う以外は内地へ出るしかない。

 都会は楽でいい。クエストも豊富だし、金払いの良いお金持ちもいっぱいいる。

 ただ、いつまでもこうしちゃいられない。家を出て一か月、アカデミーを出て二か月程経ってる。

 アヴィたちはこの間にどれだけの進化を研げているのか分かった物じゃないんだ。


「あー野菜たっかいな。シンプルに狩りに行った方が安かったりするのかなこれ」

「ああ、お買い物ですか?」


 賭けられた声につられてギルド職員の女性がいた。もう制服は脱いでるから、プライベートなようだった。この人のお陰で、僕とネミュ以外は何とか合格できた節がある。


「その節はどうも。僕と、あと一人以外はおかげさまで受かりましたよ」

「基本はパーティーで受かるはずですけど……」

「辞退がひとりと、僕はレベルが上がらないステータス異常を抱えてて。門前払いです」

「それは、残念ですね。私も出張していたものですから、今後はサポートさせていただきます」

「それは頼もしいですね。そうだ、何か、良いクエストはないですか? 僕はハンターとレギュレーター、もう一人はエンチャンターでレベルも低くステータスもバランスが悪いのでパーティーも見つからなくて」

「良いクエストと言うと、どういったものをご所望で?」

「一撃で名前を上げられるような、そんなすんごいクエストです」

「すんごい、クエストですか。そうですね……ああ、未公開クエストと言う物にありますが、こちらはS級向けの物なので、まずはランクを――」

「それを上げるためのクエストを求めてるんです」

「……これは、ギルド職員としてではなく、仕事出来お姉さんとして意見させていただきます。死に急いでは良い事なんて起きません。まずはご自身のランクという現在地点を認め、出来ることを伸ばしていくことが良いかと思いますよ。壁という言い方をしていいかは分かりませんが、越え方を知らないまま飛び込むと怪我をするだけですよ」

「重々承知してますよ」


 僕の現在位置の話をするなら、僕はマイナスから始まった。

 別にステータス異常に陥ったからマイナスじゃない。天才二人に追いつく、0ニルス溜めに生きなきゃいけないのが僕の現在位置だった。

 その後は、0どころかどこに立っているかすらわからなかった。だけど、師匠に会って、僕は前に進める。進み方があることを知った。


「師匠が言っていました。壁は敵じゃない。昨日の手前だ。だったらお前は壁の壊し方を知ってるって。そして、僕は師匠に、昔の自分を殺されました。今は結構楽観的ですよ。前に比べると、ですけど」

「……その言葉、なるほど。あなたがそのステータスで強い理由がよく分かりました。エレア教官はお元気ですか?」

「知ってるんですか?」

「私たち帝都のギルド職員は戦闘研修を受けます。と言っても、戦うためではなく、生き残り、逃げ延びる方法ですが。エレアさんは過酷かつ過激な訓練を施しました」

「あはは、お察しします」

「お陰で私たち職員は無力で一方的に戦場へあなたたち探究者を送り届けるだけじゃなく、真に気持ちがわかる状態で送り届けることが出来ていますので、エレア教官には感謝してもしきれない。分かりました、恩人の弟子とあらば、推薦を出します」


 職員の女性は手持ちの籠へ適当な食材を急いで入れて会計を済ませると、一枚のカードを取り出した。


「これはA級の探究者からしか手に入れることが出来ない推薦カードです。あなたのランクは最低ですが、エレア教官の弟子ということで特別推薦します」

「ありがとうございます……」

「これを持って未公開クエストから選んでください。名とランクが上がります」

「助かります、本当に」

「ただ、これは職員としてはあまり正しくないかもしれません」

「大丈夫です。全部僕の責任ですから」

「エレア教官はお元気ですか?」

「はい。息子のジゼットは可愛いですし、ご主人のアーランドさんは優しいです。幸せそうでしたよ」

「そうですか。それを聞けて、何よりです。では、頑張ってください。くれぐれも死なないでくださいね」

「分かってます。絶対に死にません。守らないといけない人がいるので」

「なら、安心です」


 職員さんが去っていく背中を確認しながら、推薦カードを見た。

 なるほど、一か月通い詰めてそこまでいいクエストがないなと思ったらそう言う事か。

 ランクによって分けていると言っても、そこにクエストがあれば受注される可能性がある。禁止されてても。

 だからそもそもクエストを未公開にして、高ランクの人間に見えるようにするわけ、か。


「あ、ゼル。お買い物は済んだ? って……え、何も買ってなくない?」

「代わりにいい物は手に入れたよ。明日から、いけそうなクエストを受けてみよう」

「何か、楽しそうだね」

「昔を思い出したからね」


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