理不尽なほどの暴力
お互いの意見をきちんと言い合って、それでも答えに辿り着く。ふたりが出会ったのは偶然かもしれないけど、結婚したのは運命なんだろう。
師匠の修行は過酷を極めた。何度、というか毎回死にかけて、学び続けた。
敵の弱点を突く方法と、敵の視界から消える方法。手数で低い攻撃力を補う方法。
去年に比べて明らかに僕は成長していた。だからこそ、驕っていたのかもしれない。
「師匠、今日は何の修行ですか?」
「お前が訓練を開始して一年。いよいよ佳境だ。お前に私の奥義を授ける」
「奥義?」
「アーランドはああ見えて優秀な呪具研究者だ。そして私はステータス異常を抱えたマジック0の人間だ」
「知ってます」
「そもそもマジックとは何だ? 何の意味がある」
「そりゃ、身体強化とかの補助です」
「なるほどな。じゃあ、マジックの値が高くても無意味なのか?」
「いや、ユア……妹は天才魔法使いになるって言われてました。それこそ、魔族のように」「そうだ。魔族はマジックの値が私たちとは全く違う。奴らはマジックを補助ではなく、攻撃に転化させることができる。マジックの値が高ければ、それこそ呪具なしで呪具と同じ効果が使える程に」
「それが、どうしたんですか?」
「呪具が先か、魔族が先か。呪具の作り方をアーランドはある程度突き詰め、そして答えを導いた」
「バカな、それが本当なら、今頃アーランドさんは引っ張りだこです」
「本人がそれを望まなかったとしたら?」
「え?」
「呪具が作れると知れれば、世界は混乱に陥るだろう。そして方法は確立されておらず、偶然の産物であればその価値は計り知れない。だからアーランドは私だけに教えた」
「……呪具の作り方、ですか?」
「ああ。これを私は奥義とした、劣化呪具と言っていい。これをお前が取得した時、修行を終わりとする」
「……どうすれば、良いんですか」
「私を殺せ」
冗談を言っているわけじゃないのが、冗談じゃない。
エレアさんを殺せ? 何を言うかと思えば、真面目な顔でこの人は史上最悪のボケをかましてきた。
夜の森がざわめいた。人気のない場所に連れてきたかと思えば、これが最後の……。
「もしかして、僕の兄弟子はあなたを殺せなかったと?」
「ああ。お前と違って、躊躇なく1on1をして私に負け、どこかへ消えた」
「あなたを殺すつもりはない」
「なら消えろ。お前に用は無くなった」
いつも通りのエレアさんなのに、何故か僕はムカついた。
彼女の態度が、どうにも兄貴を思い出させて仕方がなかった。だけど、だとしても、僕は師匠を殺せない。そもそも、そんなことしてまで手に入る奥義ってなんだ。
「これで終わりでも構いません。僕は十分強くなった――」
僕の言葉を切るように、エレアさんが襲い来る。
急な展開に出遅れたが、様子がおかしかった。
「ここから逃げるぞ。あれは私たちが相手できる奴じゃない」
轟々と、燃える炎の剣を手にした、白銀の鎧。背は優に2メートルを超え、ガシャガシャと奇妙な音を立てるソレは、甲冑の後ろで紅い芽をぎょろりとこちらに向けた――
瞬間、薙ぐ一振りの剣が森の木々を焼き払い、辺りは光に包まれた。
爆炎立ち上り、一瞬で焦土が作られる。豪炎の中心にいたはずのナイトメア=アポロは白銀の鎧と明るすぎる炎剣を見せつけるように輝かせた。無傷って……。
規格外のこいつもモンスター。ゴブリンやリザードマンのような亜人型モンスターの頂点に位置する。生まれた瞬間からこの状態だというのだから、生命の遊びが過ぎる。
「ナイトメア=アポロ。亜人系モンスターの中でもランクが高い。国境沿いの遺跡から出現する奴がこんなところまで……聖騎士は人手不足らしいな」
「どうするんですか、こんな……」
「逃げるぞ。一度戦ったことはあるが、私は戦闘ではなく撤退と報告を選択した。まず勝てない」
「どこへ。このまま家に連れ帰ったら、ジゼットもアーランドさんも危ない」
「じゃあお前だけ退け。ふたりを安全な場所に連れて行ったら戻って来い」
「こんな時でも嘘バッカ吐いて。今のあなたは前線から離れすぎててこいつをどうにかする力はないはずです」
「言ってくれるなバカ弟子。来るぞ躱せ」
眼光鋭く、目から強力なマジックが放たれた。二本の光線はさっきみたいな派手さはないけど、当たれば当たったとこから下も上も別たれる。
転げて避けた先。既にアポロは剣を振りかぶっていた。
尋常じゃない速さに思考すらも追い付かない。光線で僕の場所をずらして最短で襲ってきた? 場慣れしすぎてる――
「ちっ、下がってろと言った!」
間に支障が入り、僕を蹴り飛ばして自身は剣を交えつついなした。
いなされた炎剣は地面に突き刺さり、刺さった場所から炎柱が吹き荒れた。
大きな隙を狙って胴体を狙うが、非力かつ身体強化が使えない師匠じゃ決定打に欠ける。
「かてえな」
「師匠!」
頭がクリアになった。師が目の前に迫って初めて、僕は戦いに脳をシフトした。
今まで散々死にかけて来た。
だが、いつもは師匠がいた。このイレギュラーで、本当の死と向き合わないといけない。
アポロの背中に炎の炎が出現、さらに攻撃が加速する。
こいつ、本当に自然界が生み出した生き物か?
「体近め! 離れたら1on1二回やって死ぬだけだ!」
合わせる――
戦い方は分からなかった。いつもやっていたのは、兄貴との1on1だ。いつでも、どんな時でも、必ず一日一回はやった。いつだって僕が負けて、兄貴が勝った。
体が軽い。昔から解放されて、合わせることは、あまりに簡単だった。
師匠の戦い方が、分かる。師匠が何をしてほしいか、僕にどこにいてほしいかが、分かる。
アポロの斬撃を、師匠仕込みの剣さばきでいなして、弾いて、軌道を逸らす。
攻撃を師匠が行う。尋常じゃない速度でアポロを振り切りつつ、必ず視界のどこかにいることで僕へイトが向くことを防ぐ。僕のつたない動きへの完璧なフォロー。
これが、合わせることに合わせたデュエットだ。
「ヒュオオオオオオオ――」
アポロが咆哮を上げて、炎を体に纏わせる。
攻撃がもう一段階上がった。速度、威力、盤面制圧力、たった一人で行って良い攻撃の幅じゃない。こいつはもう、ひとりで戦争だってできる。
「攻撃は通ってるが私らでは致命的に足りねえ! デュエリスト持って来い!」
「ハンターの弟子はハンターですよ」
そう。かわし続けようと、避け続けようと、僕らは致命的に攻撃力が足りない。
このままやっても、追い込まれるのはどう足掻いても僕たちだ。
それに、今は森を使った機動でかく乱できているけど、それももう、もたない。
力を溜めるようにアポロが地面を蹴ると、放射状に破壊と炎が広がった。
辛うじて跳ぶことで回避は出来たが、そこは随分と、開けた場所になってしまった。
着地の瞬間、無防備な僕の腹を、炎の拳が強襲する。
避けられるわけがないし、僕のディフェンスじゃ、耐えられな――
「手のかかる、弟子だぜ」
支障が間に入り、剣を横に倒して受ける。
が、師匠もディフェンスがなければ受けきれる地のフィジカルがない。
僕と共に、軽々吹き飛ばされた。
吹き飛ばされる中、僕は師匠の腰を抱えて地面に剣を突き刺し、ギリギリ止まる。
背中は山。もろにぶつかっていれば骨が滅茶苦茶になっていた。
「師匠!」
「黙ってろ」
口から血を吐き、剣が地面に落ちた。もう、手が剣を握れるような形状じゃなくなっていた。
僕を守るために……こんな、僕が、弱いから。
「お前のせいじゃない。さって、師匠の責務を、果たすか」