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実家の居心地

 帝国の端っこにあった小さな村に、僕は生まれた。かつて、この村には二人の天才がいた。

 ひとりは、史上最強の剣士として腕を認められ、騎士となった兄貴。

 もうひとりは、史上最高のマジック量を誇った僕の妹。

 この奇跡の間に挟まれた僕はいつも二人を誇りに思っていた。

 だが、兄貴が僕の左目を奪い、妹のユアを何故か昏睡にして村を去ってから、両親は家を村から外れた場所へ逃げるように移した。

 木々に囲まれた森を切り拓いて作られた土地に建てられた一軒家。外には自家製の野菜が作れるように野菜畑と、道具が納められた、納屋があった。

 久しぶりだな。と言っても、1年ぶりかな。


「こっちだよ」

「はあ、はあ、疲れた。山道だね」

「まあ、田舎だからね」


 疲れ果てたネミュの手を取って言えの扉を開ける前に、血相を変えた様子で母さんが出て来た。


「ゼル、やっぱりゼルよね、声が聞こえて……1年間も連絡しないで、心配したのよ」

「色々あってさ。ああ、紹介するよ、彼女は――」

「あら、お嫁さん!?」

「え?」

「あんた、家出て行ったと思ったら、そんな急に孫の顔でも見せに帰ってきたって事!?」

「違うって、彼女はネミュで、あー、騎士候補正で今は僕と一緒に野良の探究者をしてる」

「初めまして、ええと」

「お母さんで良いわよ。今の内に慣らしておいた方がいいと思うの」

「は、はい! お母さん!」


 もうダメだ、帰りたい。ああ違う、ここ実家だった。どうしよう、逃げ出そうかな。

 逃げること叶わず家に入った僕に、ネミュは耳打ちしてくる。


「元気なお母さんだね」

「……この間まではこうじゃなかった」

「え?」

「母さん。ユアは」

「……2階のお部屋よ。会っていく?」

「そのために来た」


 お茶の準備をする母さんを置いて、ネミュと2階へ上がった。

 2階に部屋は一つしかない。手作りの木製扉を開けると……小麦色の髪の少女が眠っていた。当たり前だが、僕らが入っても目を覚ますことなく、安らかな寝息を立てていた。

 髪もすっかり伸びていた。丁寧に切った後があるけど、母さんかな。

あの頃から変わらない物なんて、何一つないんだね。


「そっくりだね、ゼルに。雰囲気とか」

「目がそっくりなんだよ。今は開かないから見れないけど。頭が良くて、生意気で、将来はマジックで人を幸せにする魔法を作りたいって言ってた。魔族と人が仲良くなれば、魔族の進んだマジックを勉強したいって」

「良い妹さんだね。少し下位の歳かな。私の妹と同じ位なのにしっかりしてる」

「僕らは上下に3歳ずつ離れてるからね。だけど、安心した。僕がどれだけ無茶をしても、皆前を向いて進んでる。今日はその確認のために来た」

「確認……」

「僕のステータス異常は、兄貴が僕の目を潰した時にはもう起きていた。母さんは兄貴のせいだと思って、僕に無茶をしてほしくないと思いながらも、強くなりたいと思う僕を止められなかった。かなりの心労だったと思う。だけど、元気になってくれたなら、僕は無茶をしてでも兄貴を探し出す。僕はどうでもいいけど、ユアを起こす方法を、見つけるために」

「……わかんないけどさ、そんなこと、お母さんは望んでないと思うよ?」

「え?」

「お兄さんのせいとか、ゼルを気にかけてとかじゃなくて、理由も特になく子どもを心配に思うのは親の特権だよ。子供の幸せを一番喜べるのが親の特権と同じなように」

「……君は、強いね」

「弱いよ。ゼル、あなたのお母さんは、ゼルもお兄さんもユアちゃんも、みんな好きだよ。だから、もう二度と言わないで。ゼルがおまけだなんて。一番悲しいのは、ゼル自身が自分を嫌いになることだよ」

「……君にわかるのか?」

「分んない。でも、これから分かってけば良くない? 面倒くさい事言うのやめよ。ね?」

「……ごめん」

「いいよ」


 息を整える。決心はついた。ユアと自分のためにも、そして母さんのために、兄貴を探す。その道中で、兄貴が拒むのなら、力づくで。

 一階に戻ると、丁度扉が開いた。

 そこにいたのは、初めて見る人だった。中肉中背よりやや小柄で、ピンク髪。長髪の癖毛で、一度見たら忘れられそうにない鮮烈さがある。

 体の線は細く、一瞬女性かとも思ったが、たぶん男性だ。オーヴェンとアインを足してアヴィで割ったような感じがする。

 彼は僕を一瞬中止した後、目を細めて「ああ、君が」と呟くように言った。


「え?」

「ああ、ごめんね。ボクはジャンヌ・ダーク。この辺りで商人をしているんだ」

「ああ、ダーク君、いらっしゃい。ごめんね、それ、息子と、将来の娘」

「母さん!」

「お母さん!」

「あはは、相変わらずですね。どーしよっかな。あれだよね、親子水入らずだから、邪魔しない方がいいよね」

「ああ、いや、お構いなく。僕らもお茶を飲んだら出る予定だったので」

「そうか……じゃあ、お邪魔しちゃおうかな。あと、タメ口で構わないよ、君と僕は一つしか歳が変わらないからね」


 お茶とお茶菓子を用意した母さんはテーブルに素早く並べると、ユアの世話があと、二階へ上がっていった。


「ごめんなさい、母が迷惑を」

「いやあとんでもない。それより、怪しいよね、僕は父の手伝い商人のまねごとをしているんだけど、かつて君たちのお兄さんに父が世話になってさ。お母さんと、あとご主人が家を探してると聞いていても立ってもいられなくて、ここを用意して、お恥ずかしながら売りつけちゃって」


 ははっ、と最後に甲高い笑いで締めつつ、どこか居心地の悪さを隠すように体を揺らした。随分多動な人だし……優しい人だな。


「売りつけたって、家に蓄えは……」

「ああ、うん、大丈夫! 利子なしで月々バカ安いから!」

「え、そんなので、利益あるんですか? ああごめんなさい、部外者、部外者」

「だから父さんには普通に怒られました。ははっ! いやあでも、本当にお世話になったそうで、この位は。最初はお母さんも随分ショックを受けてたみたいだけど、環境変わって、そこそこ会いに行って話す内に、元気になったみたいで。ああそうそう、君の話をいつもしてたよ。無茶ばかりして心配だけど、ユアちゃんのために色々動いてくれたり、お兄さんを探したりしてくれてる、自慢の息子だって」


 お茶を飲む僕と、にっこり笑うダークさん。そして、何故かドヤ顔のネミュ。

 僕は一つ咳払いをして立ち上がると、ダークさんの横に立って……頭を下げた。


「ありがとうございます」

「え、いやいややめてよ! ボクは父さんに怒られたくらいだからさ! 何もしてないって、頭上げて低い低い、ああ、じゃあボクがもう一段下に行くよ」


下げた頭の下に頭を持ってくるダークさんに僕は、顔をしばらく上げられなかった。

すごく、不自然にネミュが僕の背中をさすってくれた。勘がいいのか鈍いのか分からない。

家に帰ってきて本当に良かった。僕は、幸せだ。


「あはは、それに、お兄さんの君に言いにくいんだけど……ユアちゃん、きれいだからさ」

「あー、なるほど。だって、ゼル」

「何?」

「……え、私さ、すっごい今後が不安なんだけど」

「何が」

「おほん。まあそう言う事だから。そうだ、さっきはごめんね、君が……お兄さんに似ていたから、思わず」


 出会った時のことを言っていたんだろうけど、気にしてない。慣れっ子だから。


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