そうだ、実家へ行こう
「で、でも、ゼルは絶対倒せないと思ってたメテオグルスも倒しました! レベルだけで、ステータスだけで決めつけるのはあんまりです」
「ミスカトーレリ。いつまでも味方がいるとは限らない。ひとりになった時、彼は何も出来ない。
彼がたった一人の時、背中に君の大切な人がいる町を守り切れるかい? 全部避ければいいという理屈は、守る者がない人間のエゴだよ」
正論だった。だが、アヴィは一人飛び出して、正論を蹴り飛ばす。
「騎士団長おおおおおおおお!」
「おのれ、いくら候補生とは言え、これ以上騎士団長を――」
「止めてくれ! これは、友人を思う気持ちの表れだ。私はこれを、甘んじて受け入れる義務がある」
よろりと立ち上がり、もう一度僕を見た。
大丈夫ですよ、そんな目で見なくても、答えは決まっているから。
「ゼル。こんなところに用はない。私とあなたなら、最強に――」
僕は親友の背中を、強く押した。情けないことに、全力をぶつけても、アヴィの強力な体幹はビクともしなかった。
「ゼル?」
「先に行って待ってろ、すぐに追いつく、親友」
アヴィは自分の髪留めをシュルシュルと解くと、僕に差し出す。掌を向けると、ゆっくりと手を開いて落とした後、奥の方へ歩いて行く。
「ちょ、アヴィちゃん!」
「待ってるから」
「……ふん、下らない。あんたじゃ、無理よ」
分かってるよ、フィオン。だけど今、僕が追いかけているのは消えた兄貴の背中じゃない。もちろん、兄貴を探す目標は諦めない。だけど、見てしまったんだ。
壁が閉ざして見えなかった、閉塞感で満たされた世界が晴れて、四人で僕らが最強になるっていう、彼女たちが見せてくれた、景色が。
「おい、クソガキ」
アインは僕に詰め寄るなり、胸ぐらを掴んで顔を寄せた。粗暴で荒っぽい言動と違って、瞳はあまりに静かで顔が良い。男の僕でも思わず目を逸らしてしまう。
「這い上がって来い。これじゃ終わらせない、俺はお前を殺して上へ行く」
「……気づいたら背中を刺してるかもよ」
「やってみろ」
投げ出され、僕はみんなの背中を見送った。
先に行く彼女たちと、止まった僕の距離は遠のくばかり。試験場の外を出て、茜色の空に見下ろされながら、息を吐いた。
アヴィ、ネミュ、フィオン、アイン、オーヴェン。この五人は恐らく将来大成するだろう。
レベルが上がればさらに化け物に磨きがかかる。追いつくための努力じゃない、越える努力をしないと――
「ゼル!」
次を見据えた僕の背中にかかる声。聞き馴染みのある声にゆっくりと、振り返った。
「……ネミュ、なんで」
ネミュ・カトーレリ。彼女は変わらない笑顔を向けて来た。一瞬、何が起きているのか分からなかった。
「君は、夢を諦めるつもりか! せっかくアカデミーに入れたのに!」
「うん。来ちゃった」
「哀れみなら――」
ネミュは人差し指を僕の唇に当てて、ムッとした表情になった。
「さすがに違うんよ、それ。あそこにいても、私じゃ、ね? たぶん、埋もれるんよ。だけど、ゼルと一緒なら、もっともっと、強くなれるって思った」
「強く……え、強く、なりたいの?」
「うーん、ちょっと恥ずかしいんだけど、さ。アヴィちゃんやフィオンちゃんと肩を並べたいって、夢見ちゃって」
才能に恵まれているネミュでさえ、僕と同じ壁を見ていた。
彼女は気づいていないだけ。自信の無さのせいで、自分の才覚を見ることが出来ない。
だが、腐ることなく、エンチャンターとして強者の背中を守り続けた、僕たちが助けられた、僕たちが助けた、最強のデュエリストたちの背中に、夢を見た。憧れた。
気持ちは十分、分かる。ネミュが次に何を言うのかも、わかる。
「ふたりと肩を並べるなら、同じ場所に居ちゃいけない。同じ成長速度じゃ、一生、追いつけんけえさ」
「……危険だよ、僕と君のステータスじゃ、たぶんこの先誰にも拾われない」
「あんさあ、ゼルはちょっとネガティブすぎるんよ。いいじゃんさ、最初は。拾われなくていいよ。頭下げて入りたいですっていう位、有名になろ。ね?」
眩しすぎる笑顔に、思わず俯いてしまった。
もう、わかった。僕は自分の見たくない物をしっかり見つめて、覚悟を決めよう。
ネミュを守る。どんなことがあっても、彼女に奇跡を見せた責任を、取らないと。
「分かった。だけど始める前に一つだけ確認したいことがあるから、付き合ってほしい」
「どこへ?」
「家だよ」




