現状はまったく勝ち目のない戦い
「では、もう何も言いません。こんなことを言うのもあれですが、ご武運を」
ギルド。一番追跡者や住民の近くにいる存在。多くを知るからこその配慮。痛み入ります。
軽くストレッチをしながら、土壁で出来た通路を進む。
至る場所に点在した照明のお陰で明るいし、進んでいけば開けた場所にも出られそうだ。
「メテオグルス戦をはまだ覚えているね? 僕ら急造パーティーの作戦は一つだけだ」
「私が倒す」
「あんた、私が助けたのもう忘れたわけ? 精々、私のやり損ないを拾ってなさい」
「喧嘩だけは止めて。私、いつでも吐くよ? 緊張で」
大分バラバラだ。仮に作戦を立てるとすれば、今回は3組が生き残り、3組が落ちる。
最初に戦うとどうしても狙われるから、適当に静観して漁夫の利を狙う――
「いた」
対象を見つけるなり、アヴィが先陣を切る。追随するようにフィオンが大剣を構えた。
そうだね。君たちはそうだ。そうだと思った。
「僕から離れるな、サポート頼んだぞ、ネミュ。タスキも君に預ける」
「分かった。大丈夫、マジックはそこそこあるから」
あらゆる効果をマジックの量に応じて発動させることができる。付与術師はその知識に長けた人を言う。つまり、別に僕が付与術師を名乗ったって良い。
だけど、ネミュのように自分を犠牲にしてヒールを続けるような優しさはない。
思考を切り替えよう。
相手は男女四人組。装備から、ハンター1,デュエリスト1,エンチャンター1,レギュレーター1か。一番よくある構成だ。
まず誰よりも前に出ているのがハンター。軽装で動きやすい装備を引っ提げ状況を把握。後続に伝えてレギュレーターの目となり、デュエリストの懐刀となる。
そんな有難いハンターを、アヴィは会敵早々突貫し、一撃で屠り去った。
前への軽い跳躍。鮮やかな軌道は見惚れてしまいそうなほどで、剣線は見ようとしても見切れない程素早い。その上、大層な破壊力で武器をへし折り無力化しやがった。
倒れたハンターの腹に膝を入れて完全に沈黙。その横を抜けてフィオンがデュエリストとタイマン。大剣を振り回し、ぶつけ、ただただ圧倒する。
その顔は凶暴さが宿り、破壊を楽しむ怪物のようだった。
狂気で凶器を振るうフィオンの太刀筋はしかし、あまりに鮮烈だった。美しい、お手本になるような剣筋。見切れず、かといって大剣を受ければ体を差し込んで体術へ移行。止められたものじゃない。
暴れ散らかす前衛の中、僕はただ真っ直ぐ……レギュレーターを狙う。
「なんだこいつら、様子見って言葉を知らねえのか!」
「リーダー! 障壁魔法叩き割られるし、ヒールも一撃で沈められちゃ間に合わない!」
「分かってる! 体制を――」
「何を、どうするって?」
懐。他人の懐に潜るのは得意だ。
かき乱してくれたお陰で、僕の間合いまで割と安全に潜り込めたんだから。
「こいつ、レギュレーターじゃないのか!」
「新米だけど、そうだよ」
ウィークポイント、腹を狙う。切れ味は十分だが、殺してやるのも癪だから峰内。
「つ……あれ、意外と――」
一発は耐える。そりゃそうだ、僕の攻撃力は、無いに等しいんだから。
地面を蹴ると同時に男の頭上に跳び、回し蹴り。弾かれた反動で、地面に顔面をぶつけて男は沈んだ。
最後残ったのはエンチャンターだ。タスキは彼女が持っていた。エンチャンターは基本的に守られる存在だ。マジックの利用についての知識やマジック量が求められ、ステータスはそこまで必要視されない。だからこそ、エンチャンターにタスキを持たせるのは理に適ってる。エンチャンターが襲われるということは、もう負けているんだから。
「ゼル。それ、どうするの?」
「決まってんでしょ、ボコボコよ」
「って言ってるけど、どうする?」
戦闘要員を失い、パーティーの頭脳も地面に沈んだ今、少女は割と容易にタスキを渡した。
これで、生き残ればクリアか――
「うえー、なになに? 俺らの他にも、クリア決まった奴いるぜ、おもしれえな、アイン」
「興味ない。さっさと終わらせて次だ」
高身長の青年。銀髪でオールバック気味に髪を後ろに流している。宝石を思わせるような瞳はどこか爬虫類御すら感じる。軽装でポケットに両手を突っ込んで僕らを見下ろすように腰を曲げた。
隣には黒髪の少年。全身黒に染めあげられているが、僕の目が捉えたのは、濃密な殺気。知ってるよ、その顔。この世の全てを恨んでるって顔。僕の顔と同じだ。
「あいよ、んじゃあ、お前らさあ、選べや。俺にやられるか、タスキを大人しく寄こすか」
ああ、なんでそう言う言い方しかできないんだろう。そんな言い方で思い通りになる世界は、悪いけどここじゃ――
両サイドから、疾風が抜けていく。
一つ付け加えるとしたら、彼女たちは僕の言う事なんて一切聞かない。
バカしかいないのか。仮に彼らがタスキを全て取ったんなら、僕らはタイムアップまで戦う必要がない。
「おっほ、速すぎ。ほんでいきなり」
おいおいマジかよこいつ。
思わず拳を力強く握りこんだ。ウチのパーティーは最強のデュエリスト二人とそれを補佐する僕。マジックで全体のバフとヒールを担当するネミュで構成されている。
だが、銀髪長身はそんな有難い最強デュエリスト二人を、いなしてみせた。
「ちっ」
思わず舌打ちが出た。相手はデュエリスト一人、たぶんレギュレーターの黒ずくめ。あと二人はどこだ?
ふたりはタスキをかけていないところを見ると、恐らく残ったメンバーが持っている。
こいつらふたりが現れた時からずっとふたりだった。タスキを隠して二人だけで勝つって自信が? 狂ってるな本当に。
「こいつ!」
「デカい武器振るって一撃必殺に頼る戦い課と思えば近接距離では体術。おもしれえ女だぜ、お前は!」
「黙ってなさい!」
「叩き潰す。ただ、勝つだけ」
「おっと、あんたの攻撃は受けたくねえな。俺のディフェンスじゃ、消し飛んじまう」
「遊ぶな、オーヴェン。さっさとそいつらを沈めろ。このまま時間経過で終了を待つ気はない」
「分かってるよ、アイン。全員、ぶっころ!」
「ネミュ、僕を見てて」
「う、うん!」
バチバチと、銀髪長身の足元が輝く。随分と、良い靴を履いてるじゃないですか。
僕の中にある疑念が正直な形を象り始めた。
ギルド職員が教えてくれた注意事項。そうか、あんたらか……推薦組は。
そして、推薦組の銀髪が装備している靴は恐らく……呪具だ。
騎士の本懐が防衛にあるように、追跡者の本懐は、呪具捜索にあると言われる。
簡単に言うと、マジックなしのノーリスクで人が使えない強力なマジックを使える――
「離れろ! アヴィ、フィオン!」
「遅いね!」




