追放されるしかない!?
「入りなさい」
書斎の扉を開け、きびきびした歩様で私の前に立つ。
10歳になる私の自慢の息子だ。少しふくよかだが。
「お呼びと伺いました」
はきはきと挨拶する息子に頷き、私は執事に退室を命じる。
代々火魔法の適正を持つ我が子爵家は、その特性から寒さ厳しい極北の地を任されている。息子も火魔法の適性を持ち、子供ながらに勉学に励み、火魔法を学び、その才能は偉大な先祖、溶岩王ヴォルクストの再来だと教師が嘯くほどだ。
礼儀作法も嫌な顔ひとつせずに習得し、今こうやって私が難しい顔をして座っている間も息子は黙して直立不動の体勢を崩さない。
息子の半分でいいから娘にも礼儀作法を身に着けてほしいものだ。
だが……
「楽にしていい」
息子に告げるが、息子は緊張を崩さない。
「父上、今日はひときわ厳しい雰囲気を感じますが、何かありましたか?」
さすが息子。
勘がいいな。
「そうだな、どこから話したものか」
言葉を濁しつつも話す事は決まっている。
「いい報告と悪い報告がある……でしょうか?」
「うむ。 いい報告は、クラリーネが無事に子を産んだ事だ」
長年子宝に恵まれずやっと産まれた子供は娘だった。
それからさらに12年、諦めていた所に子ができたのだ。
がんばったのだ。
「それはおめでとうございます!」
息子もここぞとばかりに優雅な礼を取る。
「そして悪い報告は子供が男子、息子ということだ」
礼の姿勢のままこちらを向いて首を傾げる息子。
「男子であれば私の弟です。 慶事ではありませんか」
ふう、と息を入れる。
「そこで重要な事実をお前に伝えねばならない」
「……」
「お前は私の実の息子ではない」
「えっ?」
息子が固まった。それはそうだろう。
今まで息子として育ててきたし、今でも息子だと思っている。
10年前に養子として私に託されて以来跡取りとして育てて来たし、息子もそれに応えた。
今更血がつながっていないと言われたら驚くに決まっている。
「え? ちょっと、ちょっと待って?」
眉間にシワを寄せて考え込む息子。
「父上。 あ、まだ父上と呼んでもいいですか? もしかしてボク、処されます?」
さすが我が息子。頭の回転が早い。
もうちょっと痩せていれば完璧だ。
「もちろん父と呼んでかまわん。 なぜそう思う」
「例外はあるけど嫡子の指定は12歳になってからが通例で、まだウチの跡取りは決まっていない。 その一方で弟……一応弟の成長はこれから。 無事に育つ保証はないけど、弟を害する可能性がある立場にあるのがボク。 もちろんそんな事はしないけど、ボク以外にはわからない」
息子は頭がいっぱいいっぱいになると言葉が崩れる。
子供らしい部分ではあるがな。
「ボクを残して家臣か保険に……いや、ダメだ。残っているとボクを担ぎ出す人が出てきて家が割れるかもしれない。他に選択肢は……ボクの生家はどうですか?」
息子はあまり……いやほとんど外にはでないが、カイロという長時間熱を発する石などの魔道具を作って領地に貢献しており、領民や兵士に人気があるのだ。
息子を跡取りに、という動きは十分考えられる。
もちろん外の貴族の陰謀も含めてだが。
「お前に生家を伝えることはできない。 それで察せ」
息子は我が子爵家の寄親である代々水属性の侯爵家で産まれた。
水属性の両親から火属性の子が産まれることは非常に珍しいがないわけではない。
しかし、不義を疑ったのか自覚があったのか、産まれてすぐ秘密裏に火属性の家である我が子爵家に養子に出されたのだ。
後継ぎのいない私達夫婦には渡りに船でもあった。
「てことは国内も無理じゃないですかー! 弟が産まれたのは嬉しいけど処されるのは嫌ですよ父上ー!」
息子の泣きべそなど何年ぶりだろうか。
思わず頬が緩みそうになる。
「これは私の独り言だが、お前が家を出ても冬の間は追うことはできないと思うぞ」
「いいの?」
「子を殺したい親などおらん」
私がテーブルに革袋を置くと、じゃらりと重そうな音が響く。
「これも独り言だが、この袋は私のヘソクリだからなくなっても問題がない袋だ」
息子は破顔する。
「ボクも独り言だけど、魔法研究の成果は全部残していくよ。上手く使ってね」
私は膝をつき息子を強く抱き寄せる。
「離れていても、名乗れなくても、血がつながっていなくとも、お前は私の自慢の息子だ」
「父上……! 今までありがとうございました……」
「達者で生きろよ。 そしてもうちょっと痩せるように」
「父上、ベルクマンという学者によれば寒い地域ほど動物の体は大きくなるそうですよ? 自然の摂理です」
では南方へゆけば痩せるのだろうな、という言葉を飲み込み、来た時と同様優雅な歩様で去る息子の背中を見送る。
わずか10歳、しかし子供離れした10歳だ。
狩りも稽古もせず部屋に籠もって研究した数々の魔道具や火魔法が息子を守ってくれるだろう。 申し訳ないとは思っているが、息子の行く末はあまり心配していなかった。
翌日、厨房にあった食料と共に息子は姿を消した。
ーーー
吹雪の中、サクサクと雪を踏みしめてぽっちゃりとした少年が雪原をゆく。
「貴族の息子に転生して、家族円満で生活安泰のマジカル食っちゃ寝生活だと思ってたのに」
はぁとため息をついて、また歩を進める。
「こんな形で追放されるのは予想してなかったわ」
気温は氷点下の寒さだが、少年のマントは断熱の魔法がかかっており、熱を発する魔導板もあちこちに仕込んでいるため快適であった。
「ま、なんとかなるか」
バターとハチミツがひたひたに染み込んだパンをちぎって火魔法で少し炙り、甘い香りとともに口に放り込むと、少年は再び歩き始めるのであった。