ロビィと遥かなる友人
『待ってよロビィ! 待ちなさいよ!』
背を向けて、"斬り傷"へと足を踏み出すロビィに追いすがる。
このわたしが、ここまでしてやってるのに、ロビィのアホは振り向きもしない。
『言ったでしょ、トルテ。これで話は終わりよ。もう二度と会うこともない』
『納得できるか! アタシとの決着はどうしてくれんだ、テメエ!』
すらりと伸ばした背を向けるロビィの、ぐにゃぐにゃ曲がってバラついたサイドテールの揺れが止まった。
と、思えば一気に外へと広がり、馬鹿でタコ助のロビィが、こちらへと振り向いてくる。
こんな時でも、このバカはいつも通りの凪いだ表情をしていた。
つまらなそうで、冷めているようで、何にも興味なさそうな顔で。
畜生、畜生。最後までアタシをコケにしていきやがって。
いつもいつも、いつもいつも。そんな平坦な眼で、アタシを見下してやがって。
斜めに切り揃えた前髪。先の曲がった帯みたいな伸ばし横髪。
それらがかかった無愛想顔が、形だけはイヤミなぐらいにキレイで可愛い顔が、台無しなぐらいに冷たい声で喋ってくる。
『そうね。あなたとも無関係な仲でもないもの。リシュトルテ』
何だ、その評価。
アタシとは、行きつけのコンビニで話す店員よりかは深い仲ってか。
ふざけんな。舐めやがって、このクソアマ。
『何よ。それ……アタシなんて、友達とも思ってなかったって事?』
『都合がついたら、また遊んであげる。その時、わたくしが死んでなければね』
『何だよ……何よ、ソレ! 分かるように言いなさいよ!』
嘘だ。説明なんか求めていない。
ただ、この女がアタシの前からいなくなるのが。たまらなく、どうしようもなく悔しかったのだ。
『リシュトルテ。悠久の彼方で、また会いましょう』
『ふざけんな! アタシも──』
再び背を向けて歩き始めるロビィ。それを追おうと踏み出したアタシの足が、なぜかそれきり動かなくなった。
『"移動"斬り……ごめんね。着いてこないで』
『ロビィ、キサマ……"時"を! 何でだよ、ふざけんなァ! ロブリン、ロビィ!』
何で、そこまでするんだよ。そんなにアタシが邪魔なのかよ。
ふざけんな、ふざけんな。ふざけんな!
「──ロビィイイ~!」
怒りと無念の絶叫を張り上げ、リシュトルテは玉座から飛び起きた。
横髪根元の長いリボンがふわりと浮いて、頭ががんがんする、最悪の起床だ。
「お早うございます、トルテ様。大丈夫ですか。うなされてましたわよ?」
「うるさいっ。いちいち言うな! 分かってる……」
玉座のかたわらで、葡萄色の髪を獣耳のように逆立てた、貴人ふうの女、裘雲が扇子を口もとに話しかけてくる。
赤とマゼンタ長髪のボリュームを更に増した、縞柄ドレスのビーム女王、リシュトルテがイライラしながら、豪華な玉座にどっかりと腰をおろした。
ここは外へ吹き抜けの、玉座の間。
ニュー新生キング・リシュトルテ城リニューアル改どうしようもう新しい名前が思いつかない別に付けなくてもよろしいのではそれもそっか城……略して、最新のリシュトルテ城だ。
旅の若者にして、トルテ生涯のライバル……あのロブリンが自ら消息を絶った、あの日。
あれから、7年。もう、この城が砕け散り、破砕倒壊することもなくなった。
ロビィが現れなくなったのは、もちろん。トルテも7年間で更に力を増し、もはや、ただ城の壁を破ることも難しくなったからだ。
となりの裘雲……渦雲の神仙獣にも、負けないぐらいに強くなった。
なのに満たされないのは、トルテが自分で分かってる。強くなったことを、いちばんに褒められたい相手がいないからだ。
「それにしても、どこ行ったのでしょうね。宝の君にさえ、分からぬなどと……屈辱です」
「うるさいってば! あの女の話なんかするな、イライラするっ」
「おや? わたくしは何も、ロビィ様のことだなんて言ってませんよ」
トルテはビームで適当なマグナムを形成し、扇子で顔を隠す宝君へ、素早く"即死"光線を放つ。
裘雲は慌てず扇子を閉じて雷をまとわし、ビームをあっさりと弾いてみせた。
「おお、怖い。いけませんね……君主たるもの、このような安い挑発に乗られては」
「ガルルル……!」
「まったく、けものはカルシウムが足りない。待っててください。この穹霆めが、外に朝食を取りに行ってきますとも」
異世界から来た裘雲だが、至るところに安全な食べ物が定期的に発生する、この世界には面食らった。
飢えることのない世界というのは便利なもので、なぜ他の世界はこうしないのか、今では疑問に思うほどにこの世界を宝君は、また愛しくも思っている。
バカみたいに広い謁見の間を滑ってゆき、バカみたいにデカい扉を、生成した雷の手で押し開ける。
裘雲は異世界の出身だが、生まれつきビームを出せない空も飛べない生き物が、この世界に来たらどうやって暮らすのだろう。もっとも、何の力も持たない生き物が、世界の壁を容易く越えられるとも思えないが。
重苦しい音を立てて、デカデカ扉を後ろ手に閉める。
そして、やはりバカ広い廊下にて、裘雲は、すぐそこまで来ていた"客人"と対峙した。
「──さて、トルテ様ほどではありませんが。わたくしも結構、イライラしてるんです。なのに今頃、何の用ですか?」
「面白いわね、この城。前に見たよりデカくなってる」
「それはどうも……アナタの方も随分と、様変わりしたものですねぇ?」
ロビィ様。そう呼ばれた客人は、それには答えずに。
ただ身にまとう、揺らめく山吹色のビーム・オーラを、ふわりと膨らませた。
「──遅いわね~~~。どこまで散歩に出てんのよ、裘雲のやつ」
吹きさらしの窓から風を浴びながら、トルテは玉座の背もたれに干し布団のように引っ掛かった。
「ん?」
そこで、トルテは顔を上げる。完全防音・耐震ビーム材。
その壁や扉から、微細な振動が伝わってきたのだ。
よく耳をすませば、打撃音や斬撃音……よく聞き慣れた雷の音さえ、聞こえてくる。
裘雲のやつが、何を暴れてるのか。立ち上がる元気もないトルテは、やつが帰ってきたら叱り撃とうと心に決めた。
「──キャアアアアァッ!」
「なっ!? え……?」
そして、宝の君は思ったより早く帰ってきた。トルテの決心、直後にデカすぎる扉を割り砕いて、穹霆宝君がブッ飛んできたのだ。
弾かれたようにトルテは跳び上がり、空中の宝君をキャッチする。そして抱きしめたまま着地して、ヒール靴の足音がイヤに部屋中に響いた。
「どうしたのよ、裘雲! 何があったの!?」
「お、お逃げください。トルテ様、やつは……やつは!」
裘雲の服はズタズタに裂け、ところどころに切り傷がはしり、乱れた髪まで血でベットリだ。
どこのどいつだ、許さない。トルテは顔を跳ね上げて、玉座の間にやってきた下手人を睨みつける。
そしてトルテは、怒りにつり上がった目を丸く見開き、絶句した。
「ろ、ロビィ──」
「やめて、トルテ様! 彼女は、」
「──じゃねぇな。誰だ、テメェ」
トルテは両目をぎゅっとして、更に激しい怒りに歪めた。
下手人は、あのいなくなった日のロビィの姿、そのままであったのだ。
いや、そのままとは言えない。ただ、トルテのように背が伸びたり、造形に何か変化があったわけではない、という意味だ。
つまり、むかつくムッツリ顔は、そのまま。
全身にまとわりついた、山吹色のビーム・オーラ。プラチナブロンドのサイドテールには、赤いツバキのビームかんざし。
髪先と羽織はイエローゴールドに染まり、膝丈のスカートは葡萄酒色のタコラン柄。
そして色を失った瞳には、前より瞳孔がハッキリとしている。
姉妹か何かってぐらいに似てはいるが、カラーリングがトルテの記憶にある彼女と、あまりにがらりと変わり過ぎていた。
横髪を揺らし、無表情の女が口を開く。
その小さな口の開け方だって、認めたくないほどにロビィと同じ。
「何よ、そんなにヘンに見える? イメチェン、失敗とか?」
「…………だとしたら、大失敗ね。似合ってないわよ、ニセモノ女」
「偽物? ……そんなにヘンかしら、このシュワシュワオーラ」
偽ロビィが両手を持ち上げ、自分の体を見回すようなしぐさをする。
やめろ。そんな動きをするな。それ以上、アタシの友達の顔で動くんじゃねぇ。
「とぼけんな、クソヤロウ。テメェ、いったい何者だ」
「何者って……ああ、でも。そうね、今のわたくしはロビィにあって、ロビィにあらず」
プラチナ・ゴールドの偽ロビィは、すまし横顔を見せ、その上下を両腕で挟むようにしてポーズを決めた。
やめろ。それはアイツが、面白くもない冗談でやってたポーズだ。テメェは誰だよ。
「いわば、わたくしは……超ロブリン」
「そうか……死ね!」
偽ロビィ……超ロビィに向けて、トルテが暗黒の"即死"ビームを撃ち放つ。
超ロビィは「なに怒ってんの?」と言いながら、無表情でエネルギーブレードを手刀にまとい、あっさりとビームを弾き消した。
「"即死"斬り。ねえ、治したんじゃなかったの? その悪い癖」
「うるせェ! アンタだけは絶対に殺す! 踏みにじって、撃ち砕いて……ブッ殺してやる!」
「……そうね。話し会いに来たわけもなし。早速だけど、決着をつけましょうか」
トルテはボロボロの裘雲を床へと寝かせ、それからビームを噴き出し、超ロビィへと飛んでいく。
超ロビィとトルテ、共にビームをまとい殴り合い、吹き抜けから外へと出ていくのに、裘雲が焼け焦げた手を伸ばした。
「いけません、トルテ様。戦っては……その方が何者であろうと、その、かたは──」
"魂"をこの場へ、持ってきてはいない。
いわば遠隔操作のラジコンのような、姿だけの、動いて喋る体だけの存在なのだ。
動く体に当然ついてまわる精神……"魂"を感じなかったから、トルテはロビィと認めなかったのだ。
大切な友人を模した、気味の悪いデク人形。トルテはキレて、完全に冷静さを失った。
城の窓壁をブッ飛ばして、空中へとロビィとトルテが躍り出る。
2人は何度も飛び回りながら、パンチやキック、チョップの応酬でぶつかり合う。
だが、7年間で神速の域まで辿りついたトルテの動きに、音速越え程度のロビィではついてゆけず、段々とロビィの体に刻まれる傷が増えてきた。
「そんなもんか、ニセモノ!」
「ううっ……う! くうっ」
「ロビィはね……アイツはもっと、もっともっと強いのよ! ロビィを……アタシ達を、バカにするな!」
ついに真っ赤なビームをまとったアッパーを、トルテが一気に突き出した。
それを、すんでで腕をクロスして受ける超ロビィ。だが、威力は殺せずに遥か天空へブッ飛ばされた。
どうにかブレーキをかけ、トルテの上空であえぐロビィ。
「……さすがね。随分、ウデを上げたものだわ」
「っ、ブッ殺す!」
「それでこそよ。わたしも本気を出さないとね」
超ロビィが拳をつくって、腰へと引く。そして「ちゃっ!」と一気に気合いを入れた。
その左胸に幅広の刀身を持つ、大型拳銃が現れ、トルテの目がまた更に怒りに歪む。
マグナムは以前の赤と黒でなく、ゴールドを主体にプラチナを差し色にしたものとなっていた。
超ロビィのまとうオーラがデカく膨らみ、斜めに切り揃えた長い横髪が持ち上がって、ゆらめき始める。
構えたロビィの両手刀から、まばゆいビーム・ブレードが伸び、彼女の周囲を何度も何度も赤黒い剣閃がはしり出した。
「……どうかしら。これが、戦闘形態"超シュハリ"」
「今度はビーム武器か! 次から次へと、このパクリ野郎がァ!」
「そして、これがバニシングブレイド。いくわよ、トルテ。構えなさい」
バラついたサイドテールがバタバタとはためき、直後に残像を引きながら、ロビィがトルテへ突攻する。
その速さは、ついに神速の領域に到達。トルテはビームでキャノン砲を形成し、ブレードの高速2連撃を砲身で受けた。
「チッ。硬いわね」
「舐めるな! ビーム──」
「"魂貫きの斬りあらし"」
剣閃がひらめき、ロビィの体が宙吊りで回る。
即座に薙ぎ払い、2連突き、飛び上がってバツ字斬り。デタラメな速度で、滅茶苦茶にブレードを振り回す。
「うおっ!? く、ぐああ……おお、このおっ!」
なかばヤケクソのような攻撃を、トルテは砲身を右へ傾け左へ傾け、どうにかこうにか防ぎ切る。
そして剣閃のみに夢中になっていたトルテを、ロビィは砲身ごと蹴りつけた。
「くぅ──ッ!」
「チッ……だめね。もっと動きを速くしないと」
「──オプチカルブラスト!」
吹き飛ばされた先で、がんばって飛びとどまるトルテ。ちょうどキャノンの砲口がロビィの方へ向いたので、すかさずビームを発射する。
当然、ビームを撃たれるのが見えた人間は誰もが皆そうするように、ロビィは宙を滑り飛んで避けようとする。
だが、
「……!? か、カラダが……動かな……」
白く眩いビームの根元を飛び回る、幾何学的なカラフルの丸や四角を視界に入れた時、ロビィの瞳孔がグルつき、一瞬からだを動かせなくなった。
むろん、神速で迫るビームの前で、一瞬でも動かないということが、どういう結果を招くのかは言うまでもない。
ロビィの視界が白色に染まる。
「あ……あ、」
「勝った! 消えろ、ニセモノヤロウ~!」
「──"超シュハリ2"」
ボカァアアアン!
空にお月様ほどもある大爆発が膨れあがり、ロビィの体が遥か上空へのぼってゆく。
トルテは油断せずに、キャノンを片手にロビィを追う。もちろん、確実にとどめを刺すためだ。
空を越え、雲を突き破り、成層圏をも貫き越える。
ついに戦いの舞台は、冷たい地獄の宇宙空間へと場所を移した。
「ふぅうううううっ……ハァ!」
かなり勢いを失った白色ブラストを片手で弾き、ロビィが姿を現す。
その体にまとうオーラが激しいスパークを繰り返し、後頭部から伸びる幾つものビームが、長く量の多い後ろ髪のような形を持ち始める。
「ぐ、う、ぐおお……! ぐがぁあああ……!」
歯を食いしばり、拳をかたく握り、体じゅう明滅しながら叫ぶロビィ。
そこへ追いついたトルテが、容赦なくビーム砲にエネルギーを充填させる。
「見て分かるパワーアップなどさせるものか! 死ね、ロビィ! "壊滅・即死"ビィ~ム!」
漆黒の殺人ビームが放たれ、山吹色の台風に吸い込まれていく。
そして闇の柱は台風の目へと突き刺さると、轟音と衝撃波をまき散らし続けたのち、先より酷い巨大爆発を起こした。
「きゃぁああああ──っ!?」
防護壁をはり忘れたトルテが、爆風にあおられ宇宙の彼方へブッ飛ばされる。
そして月へと激突し、月の体の3分の1を砕いて、ようやくトルテの体はとまった。
「ぶへ~~っ。ぺっぺ、ぺっぺ! クチん中に砂が……」
星の砂と岩がれきにまみれて、這う這うで身を起こすトルテ。
砂ボコリをビーム振り回しで消し払い、急いでロビィの方を見る。
「……いい加減にしてよね」
黒く、おぞましい炎の巨玉。どす黒い太陽のごとき暗黒球へと目を向けて、トルテはうんざり、目を細める。
今のが、トルテの最強技だ。もう、これ以上の出力など無い。それを、こうも容易く。
「──はぁー。ハァ!」
気合いの声と共に太陽が破裂し、黒い炎が周囲に飛び散る。
まばゆい白烈波と爆風に、トルテは腕で顔をかばう。
そして、ロビィの全身から突き出たステイタス・プラチナのブレードが、四方へ一気に飛びだして、視界一面の白をかき消した。
「何なのよぅ。アンタは……」
出てきたロビィの顔は、いつもの表情から少し目が見開かれ、その色がプラチナゴールドにひかっている。
頭部後ろからはいくつものビーム槍が伸びて、まるで長く広がる後ろ髪のようだ。
横髪の根元には、長く伸びた赤黒いビーム帯が2枚ずつ浮いて、それを見ると髪リボンを付けたトルテに似ている。
そして宇宙にたたずむロビィの周りには、大小さまざまなプラチナ色のビーム・ブレードが、常にグルグルと回っている。
手のひらを差し出したロビィが、冷たい表情のまま言った。
「……これが、超シュハリ2よ。遥か遠き地、"聖杯"の力によって得た、わたくしの新しき究極戦闘形態」
「……くそったれ」
「これは、単なる残滓だからビーム出力の底上げにしかなってないけど……ただ決着をつけるだけなら、これで充分」
フッ、とロビィが姿を消す。即座にトルテが跳ね飛び、砕けた月を後にする。
そして岩と砂ボコリの跡地にロビィが現れ、手に取ったビーム・ブレードを恐ろしいほど長く伸ばし、
一閃。
そして連続轟音、連続爆発、連続爆風。
月が完全に砕け散り、他の星ぼしが巻き添えとなり、凄まじい範囲で星の小爆発が次々次と巻き起こる。
「……!」
今のは、ロビィがやったのか? 魂なき姿でも、その無慈悲さ、残虐な身勝手さに、宙空でトルテの血の気が引く。
最悪の破壊者は、ふわりとトルテへ振り返り、それから今度は2本の指をつき出した。
「これが超シュハリ2のバニシングブレイド。そして、"星"くだき」
「は? ……クッ!」
2本の指をちょきちょきと動かす。トルテは意味を理解した途端、限界を越えた加速で飛び上がった。
トルテがいた地点──もとい宙点を、おぞましい斬撃の波動がロケットのごとく走り抜け、遥か遠くの星々一帯が次々次々とブチ貫かれる。
もはや数えきれないほどのピンクの煙が膨れあがり、宇宙のまたたきが声なき断末魔をあげていく。
いったい、今のでいくつの命が失われたんだ。
「な……なんてことを」
「"被害"斬り」
ザキキキン! 連続した赤黒い剣閃と斬撃音。
あらゆる破壊あとが、一瞬のうちに元に戻った。
すなわちガス煙は吸い込まれ、粉々の岩と破片は星に、月さえ何と斬撃どころかトルテの着地あとさえ失い、きれいに元に戻っている。
「さあ、構えなさい。トルテ、死ぬわよ」
「あ……あんた! 気は確かなの!?」
「恐ろしいほどに、気は確かよ。ただ、自分の力に酔いしれてるだけ」
言い切るやいなや、またロビィの姿が消え、愕然とするトルテの頭上に逆さまで現れる。
轟音と共に振り下ろされた足を、トルテは腕をクロスして防ぐ。手足にまとったビーム同士の衝突が火花を散らし、宇宙空間でありながら、空をつんざく音を立てた。
「ぐ、ぎぃいいいい……が!」
「耐えないで、トルテ。あなたの体が潰れるわよ」
「がぁああ、あ、あ……あッ──」
ドゴォオオオオン! 強烈な衝撃音と、ソニックブーム。
ついにガードは決壊し、落ちていくトルテが隕石と化した。
すかさずロビィは成層圏内へ滑り飛び、全身にまとうブレードを束ね、長く伸ばした。
両手足の先から、肩や背中、腰やらから伸びる刃が、剣だけでなく翼や鎧、高すぎるヒールを連想させる。
炎を噴きあげ、悲鳴をあげて、地表へ墜落するトルテ。
おなじく燃えながらも、炎をビームで弾き飛ばして、落ちながらカーブを描いたロビィがトルテの横へ飛びついてくる。
「──ぁああああ! がぁああああ~っ!」
「くらいなさい、トルテ!」
そして、ロビィはトルテのわき腹へと、思いっきり手刀を叩きつけた。
ブレードが幾重にも振りかかり、殺到する刃に、あえなくトルテは水平線の彼方までブッ飛ばされる。
「ぐあ~! あ、あ……!」
「こいつが超シュハリ2の、"魂貫きの斬りあらし"!」
炎が散り消え、空中で大回転のすえ、飛び止まるトルテ。
もはや神速をも越えて、流星の尾を引き突撃してくるロビィに、トルテは拳にビームをまとわせ天を仰いで絶叫した。
「ぐくっ! ……舐めるな~!」
ドゴォン、ドゴン! ドゴゴン!
ドカァン! ガガン!
もう斬撃の音とも思えない、大気を揺るがす衝突音。
空間が割れ砕け、飛び散る赤と白のビーム。
攻撃の速度はロビィが勝るが、拳のパワーはトルテが上だ。トルテの体を何度も刻んだって、タフネスと力でごり押しされる。
殴り合い、ラッシュ比べでは僅かに不利だ。
ロビィは隙を見てトルテから離れ、空の彼方まで飛びたった。だが、すぐさまトルテへUターン。
「!? 逃げるな、待──ごぬゥ!」
ブレードを伸ばした蹴りを叩き込み、すぐにまた彼方へと離脱。
またまた苦しむトルテへ飛びつき、すれ違いざまに手刀で斬る。
「ぐあっ! テメ、やめ──はぐ! ぶお!」
トルテの広範囲周辺空域を滅茶苦茶に乱れ飛び回り、彼女を中心にした斬撃あとの惑星をつくりあげる。
度重なるブレードに滅多打ちにのめされ、いよいよトルテは気を失った。
「──ガクリ!」
「はぁああ!」
これを好機とみなし、ロビィは全身のブレードをシャキンと伸ばす。
そしてビームのトゲだるまと化したロビィは、高速突撃。一番巨大に伸ばしたブレードの、握った拳を突き出した。
「ぐぎゃががががっ!? ぶえ~っ!」
間抜けな悲鳴をあげて、煙と共に地表へ飛んでいくトルテ。
手応え的には、まだ死んでいない。まったく、たいしたタフネスだ。
「──ぎゃあ! ぶあっ……死ぬかと思った」
チョコレ渓谷に激突し、またもガレキに埋もれるトルテ。
その遥か上空に、トゲを漂わせ降りてくるロビィ。
さすがに無理な速度がたたったか、広がった後ろ髪は消えており、超ロブリンの姿に戻っている。
ロビィは片手を伸ばし、無数のブレードを一気に束ね、極太の長ブレードを形成した。
「──終わりよ、トルテ」
「はァ!? あんた、正気ィ!?」
ブレードの先は、どんどん伸びて、成層圏を貫き、ついにトルテたちの暮らす星を越えて巨きく伸びる。
この星を砕くつもりか。まさか、ロビィの顔でそんなこと。
「避けてみなさい。あなたが助かっても、あなたのお城はコナゴナよ」
「バカか、テメェッ! 城どころか、この星が! ……皆の命が!」
ロビィは、くすと小さく唇の端をつり上げた。
急いでキャノンを展開したトルテは、目ざとく見つけ、それを咎めた。
「貴様……何がおかしい?」
「いいえ。ただ、やっぱり……あなたがいいと思ってね」
「はっ? ……おい、やめろ!」
いぶかる暇もなく、ブレードが軋みを立てて持ち上がり、バラついたサイドテールがバタバタとはためく。
本気だ。超ロブリンが何者であれ、やつは本気でこの星を消そうとしている。
「よせェ~!」
「止めてみなさい。世界終焉級ブレード……"星"くだき」
「ッ! 絶、対! "守護"ビィイイイイイムッ!」
──ぶうん。
唸りをあげて、死滅の刃が飛来する。
空間がたわみ、次元が乱れ、剣閃の残像が幾重にもブレつく。
シャウトと共にキャノン砲口が膨れ上がり、限界以上の極太プラチナ竜巻が、爆音を立てて放たれる。
そして竜巻と刃が宙でぶつかり合い、激しいビーム火花が周囲に飛び散り、爆発的な雨になった。
「ぐああ……ぎ、うあああ……っ」
「おおおおお……! お、この! ォオオオ……!」
竜巻に力を込め続け、キャノン砲身にバキバキとヒビがはしる。
視界すべてを塗り潰す眩さに、トルテはいくつもの景色を見た。
『誰よ、あんた! このトルテ様に何の断りがあって、ここを通るってワケ!?』
『そっちこそ、誰なのかしら。道路は皆が通るものだし、ましてやここは原っぱよ』
『うるせ~! ここら一帯はアタシの城……予定地! 文句があるなら、勝ってみせなさい!』
初めて会った時から、アタシはロビィに勝てなかった。
ビームの天才として生まれ、誰よりも強くなる運命を持ち、誰もアタシに逆らえなかった。なのに、アタシはアンタに負けた。
『な……なんで』
『動きが大振りすぎるのよ、あんた。隙も多いし、すぐに見え見えの高威力に頼る。それから……』
『う、う……うるさぁ~い! 次は絶対、負けないんだから! 絶対、絶対、負けないんだからぁ~!』
『あ、ちょっと! ……行ってしまったわ。おかしな子』
あたしと、そう背格好が変わらない。厳密には、あたしの方が少しだけ小さかったけど、年齢差を考慮したら寧ろロビィの方が気にしていたことを知っている。
『ロブリンシュハリ! 勝負しろ~!』
『また来たの? 懲りないわね』
『うるさい! くらえ、死の"即死"──』
『"即死効果"斬り。それ、やめなさい。"戦意"斬り』
とにかく、体格の上で不利なんてなかった。
大人たちのケンカでも負けたことないのに、ちょっと背の高めな女の子に勝てないなんて、どうして信じられる?
『生き返ったぞ、こらぁ! 勝負しろ!』
『リポップ早っ。あんた、けっこうタフなのね』
『うるさい、イヤミか! あんたを倒すまでは何度でも──』
『隙あり、斬首。そして"リポップ"斬り。これでも、まだ即時復活できるかしら』
ふざけんな、ふざけんな。あたしはトルテだ。リシュトルテだ。
ビームの天才、生まれついての最強だ。
あたしが永遠に勝てない相手なんて、そんなコトあってたまるか。
『……あんた、また背が伸びたわね』
『それがどうした! オマエだって伸びてるでしょうが。勝負しなさい!』
『あたしの成長期は、もうすぐ終わるのよ。憎いわね、背を伸ばす才能』
『はぁ!? 皮肉か!? ブッ殺してやる!』
憎い憎い憎い。ウザイウザイウザイ。
あんたはわたしを見てないのに。いつもいつも修行ばっかで、わたしとの勝負なんて片手間のくせに。
なのに、いつまでもあんたに勝てない。わたしの弱さが、いちばん憎い!
『ロビィ~! 勝負しろ~!』
『……またか。ハァ』
いつもいつも。いつもいつも、いつもいつも!
何、笑ってんのよ。人をバカにするのも大概にしなさいよ!
見てなさいよ、馬鹿ロビィ!
いつか、絶対! あんたの視界に入ってやるんだから!
「──負けて、たまるか~ッ!」
「クッ、……!?」
バキン、バキバキ、バリン!
プラチナ色のビーム刀身に、ヒビが入る。
割れた箇所から、竜巻が噛みつく。噛みつかれた刀身が山吹、赤黒、とじわじわ色のランクを落としていく。
食い破られた刀身は次第に折れ砕け、力を失い、ビームの竜巻に飲み込まれた。
「……!」
ロビィは絶句して、視界いっぱいに広がる竜巻の口を見つめる。
プラチナのサイドテールがバタバタと暴れ、だんだんと本来の葡萄酒色に戻っていく。
「! ……くっ!」
やがて山吹色のオーラも竜巻へと吸われ、ロビィは完全にいつもの姿に戻ってしまった。
歯を食いしばり、羽織をはためかせ、両腕をクロスして身を風からかばう。
今のロビィは、全身ビーム体の遠隔操縦。ここで全部を失うわけにはいかない。
だって、それじゃあ、あんまり不義理だ。気力を絞った彼女に対して、あんまり酷い話じゃないか。
「ひ……!」
ビームの顔に、ビームの冷や汗が流れる。
そして閃光がすべてを貫き、大爆炎が噴きあがった。
「──キャァアアアアアッ!」
「アグッ。ハァ……ハァ、ハァ……!」
爆発と同時に、トルテが岩肌にくずおれる。
潰れて息も絶え絶えの姿は、とうてい彼女が夢見ていた「カッコイイ勝者」のそれではない。
だが、それよりも。ただ世界を守れた安心が、今は彼女の胸を満たしていた。
「"回復効果"ビーム。ハァハァ、ハァハァ……」
潰れたまま寝転がり、手のひらを胸に当てるトルテ。
酷いことに自慢のドレスもズタズタだが、ビーム精度の腕は健在だ。
すぐにトルテは新品同然。ドレスまでまっさらの、生まれたて。
ほっ、と一息に立ち上がり、背筋を伸ばして辺りを見渡す。
すぐに探し物は見つかった。赤みがさし始めた夕空に、何か小さなものがヒュウゥと落ちてくる。
「ロビィ!」
ビームをまとい、ギャンと飛び立つ。空中で気を失ったロビィを抱きとめると、負担をかけないぐらいに減速、それから空中停止。
我ながら空中軌道のウデも上達したものだ。ひとりでに満足して鼻を伸ばしていると、腕に抱いたロビィが目を覚ました。
「──殺されるかと思った」
「アンタね……まずは、ありがとうとか何とか先に言うことあんでしょーが」
「そうじゃなくて……いえ、そうね。ありがとう。それと、ごめんなさい」
「フンッ……どぉいたしまして! フン、だ!」
手頃な岩場を探し、着地する。この辺りなら、先の激突の余波に晒されてはいないようだ。
広大な赤茶の台地から見おろすと、メチャクチャに砕け崩れたエリアがよく見える。ススまみれのロビィが、拳を口に当てた。
「メタメタね」
「……さっきみたいに"被害"を斬りなさいよ」
「もう体力がないのよ。あと1回、力を使えば、この世界から消えちゃうわ」
「ハァ!? 何よ、それ! ふざけんな! それじゃあ、アタシは何のために──」
ロビィはさっと鋭く、目を向けた。
ただそれだけなのに、一瞬トルテは怯んでしまう。
「聞きなさい、トルテ。あなたは強い」
「……っ、ふざけんな。今さら、そんなリップサービス!」
「いいえ、違うの。確かに、あなたはパワフルだけど……その力で、皆を大切にしようという優しさも持ってるのよ。他人も、自分のこともね。それが何より尊い、強さのひとつ」
凪いだ顔のまま、ロビィはトルテの頬を撫でる。
なぜだかトルテは振り払えず、代わりに頬を汗がつたう。
「ふざ、け──」
「ふざけてないわ。あなたは我が儘で、酷い跳ねっ返り。でも、イヤなことを何が何でもイヤがれる精神と、皆を守れるだけの力がある。それが、わたくしは嬉しいの」
流れる汗が止まらない。視界がかすみ、ロビィの姿がぼやける。
ロビィが指を曲げ伸ばして、トルテの目のしたを優しく拭った。
「トルテ、強くなりなさい。もっともっと強くなって、もっともっと負けないように」
「イヤ……やめて。そんな言葉、聞きたくない……」
「あなたに感謝します。わたくしも、もっと強くなる」
トルテの頭に手が乗せられる。ひと撫で、ふた撫で。
やめてよ。ヘアースタイルが乱れるじゃない。
ロビィが、トルテから離れてゆく。頭に乗せられた手が、ゆっくりと離れていってしまう。
待って。やめて。
いかないで。
ロビィの髪が、プラチナに染まる。山吹のオーラが膨れあがる。
はためく羽織の裾が、先から泡になっていった。
「皆を頼んだわよ……"被害"斬り。じゃあね、バイバイ」
山吹色の特大剣閃が空をはしり、無数のがれきが音を立てて浮かび上がる。
トルテが膝をつき崩れおち、体がバラバラにほどけていくロビィがトルテへ向き直る。
「わたくしの敗因は、スタミナ不足。次に会うまでには、もっと超ロブリンに慣れてくるわね」
「何よ、それ……最後にかける言葉がそれ? 似合ってないから。あんたの色は、いつもの方が……」
「……あっ、言い忘れてたわ。あのね、」
誕生日、おめでとう。
また会えたわね、リシュトルテ。
「あっ──」
最後の微笑みが、泡となって消える。
しばらくトルテは動けなかった。やがて夕空が暗くなり、トルテは両手で涙を拭った。
「何なのよぅ……」
遠い、遠い空の上。
紫色の部屋のなかで、ロビィはビーム体で再形成をした。
「うわっ、早。おかえり」
手のひらを結んで、開いて、動作確認。
時計を見ると、トルテのとこまで行った時から1分も経ってない。
どうも、異世界旅行は時間の流れで混乱する。これも一種の、時差ぼけだろうか。
ロビィは振り向いて、ベッドに腰かけ部屋の主まで近寄って、跪く。
そして、白い肌をした長い足、その小さな膝にキスをした。
「ただいま戻りました。女王陛下」
「うっわ。好きねぇ、ソレ。向いてないし、やめといたら? 似合ってないし、気持ち悪いしぃ」
「あら、そう? わたくしは、形から入りたいから」
赤い髪を揺すって、主が笑う。自身の魂を溶け込ませた今、彼女の笑い顔ひとつすら、以前に増して愛おしい。
不意に、彼女が真面目な顔をして顎に手をやり、ロビィにたずねる。
「それで、どうだったの。友達に会いに行ったんでしょ。忘れ物は、もういいワケ?」
「──ええ、そうね。聞いてくれる? あのね……」
ロビィは愛しい主へ、話をした。
それは沢山、沢山してきた、長い修行の旅の日々。
ウデを磨くための修行。異世界に渡る手段の確保。
シスターの仕事手伝いに、闘技場の無敗の帝王。危険な宝探しの冒険に、海を渡る海賊と幽霊船騒ぎ。デッドヒート・レースに、迷惑な神仙獣に何度も苦しめられたこともあった。
そして、何より。遥かなる友人!
……ロビィの修行は、いつまでも続き、強さの探求に果てはない。
読者がたに、すべての話をすることは出来ないけど。
それでも、ロビィの修行の旅は、いつまでもいつまでも続いてゆきます。