第十七話 「や〇ざの方」
私の働いている所は、弘道会という「や〇ざ」さんの事務所のある辺りなのです。
最近はめっきり少なくなったのですが、以前は指を切った方がよくいらっしゃいました。
若い方は知らないかもしれませんが、その業界ではどうも不祥事を起こすと、責任を取って「指を詰める」という罰があったそうなのです。
特に小指が多かったのですが、痛そうですよね……。
それで、小指を自分で切断して、私のところに来るのです。
「先生、機械にはさんでしまったので、治してください」
もちろん、指をつなげてしまうといけないので、切った先を持ってきたことはありません。
なので、断端形成術と言って、切った先を丸めて縫合します。
これが意外に技術が必要で、
当たって痛くならないように骨を削ったり、
感染を生じないように腱を引っ張って切ったり、
断端が丸くなるように形成したり、と手間がかかります。
回数をこなしたせいかどうも噂が広まったようで、私のところに良くそんな方がいらっしゃる時期がありました。
皆さん口をそろえて、
「機械にはさみました。指の先はその時に無くなりました」
と言うので、
「……もしかして、そう言うように、ってマニュアルがあるのですか?」
と聞くと、
「……はい、あります」
と素直に答えてくれました。
あるんだ……マニュアル。
ご時世か、今はそんな方もすっかりいなくなりましたが。
ある下っ端の方が入院した時、しばらくして何かとてもあわてて退院をされてしまいました。
どうしたのかな……と思っていたら、どうもその方の上司、つまりは組織の幹部の方が病院にいらっしゃいまして、
「以前、こちらに入院していた〇〇という人間がいたと思いますが、どこに行ったかご存じありませんか」
と聞いてきました。
ああ、逃げていたのね……何をしたのだろう。
「あいにく、退院した先は……」
と答えたのですが、
「先生。先生にも病院にも一切ご迷惑はおかけしません。約束します。何卒、教えていただけませんか」
と話してきた幹部さんの迫力あること、迫力あること。
スーツを着ていますし、それほど筋骨隆々というわけでもないのですが、今まで感じたことのない迫力を感じました。
私に向けてではないのですが、殺気と言うか、気迫と言うか。
真剣さが伝わりました。
やはり下っ端の方と幹部の方では、いろいろ違いますね。
逃げていた方の無事を願いましたが、その後のことは解りません。
そういえば、私が研修医の頃、組織の組長さんが入院されていました。
私が担当していたのですが、個室に入院されていて、二人の女性が付き添いで寝泊まりしていました。
一人は正妻で、一人は愛人さん、とのことでした。
……同じ部屋で、仲良くできるのですね……。
愛人さんがネグリジェで髪をまくコーンを頭にあてた姿で、「点滴終わりました」とナースステーションに来る姿は、どこか昭和を感じさせました。
採血や点滴する時は、刺青のところを刺さないといけないのですが、紋様が崩れていちゃもんを付けられないかと心配になりましたが、
「先生……、気にせずにいってください」
とけっこう優しい人でした。
痛がりでしたけど。
私たち医療者に迷惑をかけると困るのは自分達、と解っているためか、今までに困ったな、という思いはさせられたことはありませんが、いろんな人間模様があるな、と勉強になる毎日です。