第九話 「借金の返し方」
私は30歳の時、自分で決断した結果ではありますが、40億円の借金を背負いました。
あまりの高額な借金に最初は実感が持てず、そして段々と心に重圧がかかってきました。
本当に自分に返せるのだろうか。
どうやったら返せるのだろうか。
何年かかるのだろうか。
考えても出ない結論に、ただ不安ばかりが広がり、その時はかるい鬱状態になっていたことを憶えています。
ご飯を食べないといけないのに、口元に運んだお米をどうしても口の中に入れることができませんでした。
「ああ、これが鬱というものか」
と何か妙に冷静に、そんな自分を認識していました。
そして、たくさんの人に話を聞いたり、お願いしたり、本を読みました。
毎日やってくる難問に、がむしゃらに対応していました。
失敗ばかりの毎日に、誰も来ない場所で膝を抱えて座り込んでいたこともありました。
今はそんな借金も1/3まで減り、返せる目途もつきました。
何とかなるものですね。
自分自身でもびっくりです。
その時にとても私の心に響いたのが、ある一つの本でした。
京セラの創設者でauも作り上げた名経営者、稲盛和夫さんの著書「生き方」です。
残念ながらもう亡くなられてしまいましたが、JALの経営再建も成し遂げられ、稲盛塾などで経営者に惜しげなく経営について教えられ、亡くなる瞬間まで経営者でいられた方です。
「生き方」という本は経営の本というよりは、彼自身がどう生きてきたかという伝記のような本です。
彼の学生時代はけっして優秀な生徒ではありませんでした。
仕事を始めたときにも良い技術者とも言えませんでしたが、彼は何事にも一所懸命でした。
彼はセラミックの開発をしていたのですが、当初どうしても依頼元の要望を越えるものを作れませんでした。
セラミックを焼く作業で、どうしても不安定な加熱にセラミックがいろいろな形に変形していってしまいます。
何度試しても目の前で変形を始めるセラミックに、悔しくて悔しくてたまらなかったそうです。
「なんで曲がっていくのだ! この熱い炎の中に手を入れて曲がるセラミックを押さえつけられたら!」
そんな強い思いが胸に渦巻いたそうです。
その後、手ではなく、金属で押さえつけることで変形するセラミックの形を整えることに成功しました。
解決方向を聞けば簡単なことですが、たくさんの試行錯誤をして、厳しい現実を何度も目の当たりにし、何とかしたいという強い思いが、経験不足・勉強不足などのマイナスを越えていったのです。
現実と向かい合うのは辛いことですが、「何とかしたいという強い気持ちをもって、問題と向かい続ける」ということを、この話は私に教えてくれました。
そうすれば経験不足でも、勉強不足でも、いつかは何とかなる。
自信のなかった自分を支えてくれたエピソードでした。
次に感銘を受けたエピソードは、もっとも有名な経営者の一人でありパナソニックの創始者である松下幸之助さんの講義を、彼が受けたときの話です。
彼が経営に悩んでいた時、松下幸之助さんの話がきけると聞いて、ある会場に足を運びます。
しかし、時間になってもなかなか松下幸之助さんは現れません。
ようやく現れたと思ったら、汚れた作業着を着て、壇上に立ち、
「あなたたちは経営者なのでしょう。なんでこんなところにいるのですか? 早く会社に戻りなさい」
というのです。
来ていた経営者たちは怒り出し、
「私は経営を安定させたくてあなたの話を聞きに来たのだ。どうしたらいいのか教えてくれ」
と詰め寄りました。
その時、松下幸之助さんは、
「経営を安定させるには、お金のダムを作らないといけない」
と答えましたが、来ていた経営者は、
「そんなことは解っている。その作り方を教えてもらいに来たのだ!」
とさらに怒り出してしまいました。
しかし、松下幸之助さんはそれ以上教えてくれなかったそうです。
稲盛和夫さんは、この時に雷に打たれたようにはっとしたそうです。
そうだ、ダムを作らないといけない、と思うことが大事なのだ、と。
彼はすぐに会社に戻り、お金のダムを作るにはどうしたら良いかを考え続け、しばらくして経営的にも安定してきたとのことでした。
この話は私にもショッキングで、しばらく動けなくなる程でした。
まずはそう思う、考えることの大切さ。
そして、その思いが強ければ、何とかしたいとあの手この手を試す。
失敗もするが、その思いが強く、そして続けることができれば、いつか成し遂げられる。
もっとも大事なのは「思いを強く持つ」ことであり、具体的な方法をただ真似れば良いという話ではないのです。
もちろん具体的な方法は、それができればだいぶ時間の短縮となったりすると思います。
それで、目標を達することもあると思います。
ただ、何よりも大事なのは「思い」なのだと、感じました。
これは、もっと楽をしたい、具体的な方法を教えてもらってそれを試したい人には、何ともがっかりする結論なのですが、しかし状況も千差万別でその人に合う方法も解らないことがほとんどです。
ダイエット方法が無数に存在して、いろいろ「これが良いよ」と人によって進めていることが違ったりするのが、良い例かも知れません。
いろいろ試してみたり、失敗したりして、自分に合うものを見つけていかなくてはいけません。
そのためには、そんな大変なことを続けられるための「思い」が大事なのです。
「明確な目標」と言っても良いかもしれません。
それを心に持つ、掲げることが大切であること、この話は私に教えてくれました。
そして最後にもう一つ、「神は細部に宿る」という話です。
ある宮大工の方が、人が見ることのできない場所の細工を精密に作っていました。
それを見た人から、「何故、人が見えないような所まで、そんなに精密に食っているのですか?」と聞いてみたところ、
「神様が見ている」
と答えたそうです。
物事を成し遂げようとしたとき、人が見ていないからとか、ここはあまり重要ではないからと、人は手を抜きがちです。
そういった手を抜くことも時には必要なことでもありしますが、稲盛和夫さんはその言葉にもとても感動され、何事にも細部にまで心と気持ちを配り続けたそうです。
そして彼はauを立ち上げるときに、
「その思いに邪なところはないか」
と何度も心に問いかけたそうです。
何事も誠実に生きる。
誰が見ていなくても、神が、そして自分が見ているのだと、私も自戒を込めて日々を生きることにしています。
大変な生き方で、誰でも出来ることではないからこそ、稲盛和夫さんは偉大な名経営者たるのでしょう。
ただどれも、あげてみれば誰でも始めることのできる内容ばかりです。
ただ継続するのが、徹底するのが難しい。
少しでも、そうした自分であろうと、私も思い続けています。
この話のどこに借金を返す方法があると思われたかもしれません。
ただ本当に、こういった話達が私を支え、導き、私は何十億という借金を返すことができました。
もしお金のことで、経営のことで、仕事の方で悩まれている方がしらっしゃいましたら、一度この本を読むことをお勧めします。
きっと何かの力になってくれると思います。
自殺される人の原因に、経済的な問題があります。
死にたいと思うほどに絶望した時は、いちどゆっくりと休み、そして「なんとかなる」と開き直って、いろいろ試してみてください。
失敗もたくさんありますが、それでも、本当に、なんとかなります。
なんとかなるのです。
生きていれば。
この話が、誰かの役に立てれば幸いです。